さくっとキャラメイク
「ねえ、これってピンチって奴だよね?」
要所だけ覆った革の鎧を着た金髪の青年が自分の得物である直剣を構えて背中合わせの俺に問いかけてくる
「まあ、そうと言やそうだな」
そう返す俺は黒いコートと黒髪という黒づくめの格好でだらんと両手を脇に垂らして目の前の敵を冷や汗交じりに観察する
鬱蒼とした森のなかで周囲を囲む黒い猿型の格上のモンスターの群れに、格下のモンスターだとしても捌ききれない数に囲まれている
「だから僕はもう少し経験を積んでから来ようって言ったじゃないか」
「は? お前がモンスターの種類ろくに見ないで突っ込んでったのも原因だろ」
「そうだけどそっちの方が先なんだからそっちが悪いだろう!」
「じゃあもうちょい止める言葉かけろや!」
憎まれ口の応酬からついには背中合わせではなく振り返って正面から言い争いを始めた
その大きな隙を相手が見逃してくれるわけなく、そのかぎ爪の一振りで俺たちの冒険は幕を閉じた
「…ふわぁ」
座った状態で大きな欠伸をして嵌めている腕時計を見る
何時の間にか眠っていたらしく目を覚ましたらさっき時計を見たときから短針が一つほど動いており、目的の時間まであと五分という時間になっていた
「そろそろか…」
目的の時間、それは店の開店時間だ
いつもなら寝ている時間に店の前にいるかというと、今日は『Lost of Dieu Ground』というVRMMOの発売日なのだ
さっき夢に見ていた俺の親友(ただしリアルでは会ったためしがない)と絶対に買おうと約束して朝早くにここにいるということだ
――それにしても人の多い事多い事
店の前には目測でも常時の何倍もの人数が集まり今か今かと開店の時間を待っているほとんどの人間が『Lost of Dieu Ground』を買うとみてもいいだろう
数量限定のために争奪戦は必須だが、ある方法を用いて正真正銘先頭にいる俺はある程度余裕がある。…ある方法は詳しくは言わないが皆は徹夜するなよとだけ言っておく
そんな事を考えている内に開店時間まで数分になった。固い地面に座っていたせいで凝った体を解しながら扉の前に待機する
――あと一分
周囲の人が扉に近づいてややきつくなる。走るときに邪魔になりそうなので後ろの人の足を踏んで少しだけ下がってもらう
――あと三十秒
ガラスの向こうの店員が扉を開ける準備を始める。若干顔が引きつってるように見えるがこの人数ゆえにしょうがないだろう
――あと十秒
軽い肘鉄で後ろの客を退ける。そして
「お待たせしましたお客様。開店でございます」
「「「「うおおぉぉぉ!!」」」」
醜い醜いゲーム争奪戦の火蓋が切って落とされた
「よっしゃ。さっそく始めますか」
数日前に無事に手に入れたソフトをVRゲームをする時に使うヘッドギアにインストールし、頭に被ればさまざまなロゴが表示された後、気付けば一面が真っ白な部屋に1人立っていた
『容姿を選択してください』
無機質な声と共にヘッドギアに登録してある初期設定のアバターが表示される。
あまり自分とかけ離れていると感情移入がしづらいので、自分の写真を引っ張ってきてそれを見ながら10分も経てばあら不思議、身長175cm程度のくせっ毛の黒髪ので悪戯そうな目をした青年の出来上がりだ。
「…なんだかなぁ」
会心の出来のアバターだが、苦笑いをしながらそれを眺める。これは俺の本当の姿ではなく俺を模した理想の自分、つまるところ願望の塊だからな。
まあ次はスキル選択だ。アバターの決定を確認した後に事前にβ版のwikiを見て決めておいたスキルをサクッと決めてしまう。
選択内容は 剣 回避 隠密 料理 投擲 影魔法 魔法熟練 隠蔽 罠 盗賊の技術
以上の10個を選択した
ちなみにこのゲームは最初に10個スキルを選択、活性化してスキルLvが上がると他のスキルも覚えていくという具合だ。
もちろん全部のスキルを覚えるのなんて無理だし、上げるとしても10個ずつしか活性化できないので途方もない時間がかかるだろう
俺はプレイスタイルが決まっているために迷わないからあまり気にしてはいないし、だからこそ不遇と呼ばれるスキルもとっているが
その不遇スキルは
回避 回避する行動に補正がかかるらしいが微々たるもの。というかVRだから自動回避とかはないのでそれほど必要がない
隠密 優秀だがコストが馬鹿にできないほどある。さらに見られている状態だと見ている相手から見破られる可能性が激増する。実質不意打ち専用だがとある理由であまりよく思われていない
影魔法 強力だがスキルLvの上りが馬鹿にならないほど遅い。wikiでも強いけどそれに見合わないほど遅すぎると掲示板で散々コケにされていた
罠 序盤は弱いものしかなく、設置のためのアイテムが必要なため金欠に陥りやすい。しかも設置に時間が掛かるうえに設置しても上手くかからないと抵抗されて壊されるためβ版でも使う人は稀有
隠蔽 その名の通り物を隠したりするスキル。ただし何を隠すか、隠す意味が解らないために取る人は皆無だったそうな
とまあ不遇スキルが大半なネタどころか地雷仕様のスキル構成。まあPTはあいつとしか組む気がないからいいんだけどね
『名前を入力してください』
最後に目の前に出てきた窓にレイスと入力して決定キーを叩けばローディングのためにしばらく待たされる
そのゲームが始まるまでのほんの一瞬、興奮とワクワクで思わず叫んだ
「っしゃあ、待ってろ新たな世界!」
『ようこそ、失われた神々の大地へ』
そして無機質な声に送られてVRの世界に降り立った
なお、この小説は鈍足投稿&少ない文字数でお送りします