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穢鬼ノ記  作者: 月神 皇夜
第一章 邂逅
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六、屋敷



 緩やかな登りが続く山道をしばらく歩き、ふと少女が馬を止めた。


「客人。あれが我が屋敷だ」


 そう言って少女は下り坂の下にある場所を指差す。男は示されるまま、少女の指の先を追った。

 茅葺の屋根の、簡素な屋敷だった。ここから見る限り決して手広くなく、必要最低限といった様子で装飾なども一切施されていない。庭には畑があり、葉が青々と伸びていた。のどかで平穏な空気が流れている。屋敷の主である少女は穏やかな眼差しを向けていた。

 この少女は何者なのだろう、と男は思った。一軒の屋敷の主であり、黒耀という男を従者とし、狩人を軽くあしらうことのできる少女の装いは飾り気のない、動きやすさを重視した簡素なものだ。おおよそ貴人らしくもない上に、女らしいものでもない。しかし、その表情や振る舞いからは気品のようなものを感じる。


「どうだ?」


 その少女が微笑みかけながら問いかけた。男は少し考えてから、その答えを導き出す。


「似合いの屋敷だと思う」


 飾り気のない、そのままの様である屋敷はその主である少女によく似合っていた。まるで、主に似せて作ったかのように思える。

 男の言葉に少女はからからと笑った。


「似合いの屋敷か! それは嬉しいな」


 その表情は心の底からそう思っている様子だった。満足げな表情で笑みを浮かべている。


「では、行くか。緋衣(ひい)の奴が待っているはずだ」


 そう言って少女は手綱を引いた。慣れた様子で坂を下る馬に続いて、男も歩き出した。


 年季の入った門を潜り抜けた先、屋敷の玄関口には一人の女が主の帰りを待っていた。その帰着に恭しく頭を垂れると、緩く束ねた赤茶色の髪がさらさらと流れる。白い肌に小袖の紅がよく映えていた。


「戻ったぞ、緋衣」


「はい。お帰りなさいませ」


 女、緋衣は花が綻ぶような微笑を浮かべる。少女はひらりと馬から降りるとその手綱を黒耀(こくよう)に預けた。黒耀は心得た様子でそれを取り、馬を(うまや)へと引いていく。


「緋衣、疾風(はやて)から聞いているな。この者が件の客人だ」


 少女がそう、男を示すと緋衣は微笑を浮かべたまま、流れるような所作で一礼した。


「ようこそいらっしゃいました。当家の家事一切を取り仕切っております。緋衣と申します」


 黒真珠のような瞳が男を見つめる。ただ歓待と好意の色しか伺えない、今まで向けられたことのないその目に居心地の悪さを感じ、男はすいと視線を反らした。


「……穢鬼(えき)だ」


 そう名乗ると少女はやれやれと首をすくめる。


「それはお前の名ではないだろうに」


 その言葉に男は眉根を寄せた。男が知っている、自身を指し示す言葉はこれだけだ。他に名乗りようがない。

 その表情を見た緋衣は険しい顔を作ると苦々しく口を開いた。


「姫様。あまりお客人を困らせてはいけませんよ」


 すると、今度はたしなめられた少女が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「緋衣、姫は止せと言っているだろう。私が当主の座についてどれだけ経ったと思っている」


「当主であろうと、隠居なさろうと、姫様は姫様です」


 そう断言する緋衣の表情は(したた)かで、絶対の自信に満ちていた。それに対して少女は言うだけ無駄だといった様子で脱力する。そんな中、男は口の中で小さく呟いた。


「……当主」


 この少女が一つの家を背負う当主なのか、と男はそれを見つめ、そして納得した。まだ見た目には幼くとも、纏う雰囲気は正しく何かを背負うもののそれだ。


「……まあいい。緋衣、客人を風呂へ案内しろ。宴は身綺麗になっていただいてからだ」


 主人の言葉に緋衣は一つ頷いた。


「承知いたしました」


 それから、にこりと笑って男を見る。


「ご案内します。こちらへどうぞ」


 そう促して、緋衣は背を向けて歩き出した。男は一瞬躊躇(ちゅうちょ)してその背中を見つめる。


「どうした、客人。酒の前に気分を変えてくるといい」


 見れば、少女が笑っていた。その目からは喜色が見てとれる。


「……久々に上物の酒が飲めるからな。とっとと身綺麗になってくれよ」


 そう言って少女はけらけらと笑った。喜色の理由はそれか、と思いながら男は一歩を踏み出す。その先では緋衣が立ち止まり、こちらを振り向いていた。


「……すみません。姫様がまたご無礼を」


「いや、構わない」


 しゅん、と肩を落とした緋衣に男は答えながら、その姿をまじまじと見つめる。


(この女も……)


 そう思った瞬間、視線が交錯した。緋衣は戸惑ったように目を見開き、小首をかしげる。


「何か?」


 困惑したような微笑に男は自分の無作法に気付いた。


「いや、なんでもない。……すまない」


 視線を反らし、謝罪を口にする。すると緋衣は小さく微笑み、


「いえ、お気になさらないで下さい。行きましょう」


 と歩き出した。しかし、男は足を止めたまま、後ろを振り返る。そこに若い当主の姿はなかった。


(……何者だ)


 その疑問だけが胸に残る。それを抱えたまま、男は緋衣の背を追った。

名前だけの登場だった緋衣がついに登場です!

作者的にはお気に入りのキャラクター。これからの活躍にご期待ください。

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