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穢鬼ノ記  作者: 月神 皇夜
第一章 邂逅
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一、穢れの鬼

ちょっと残酷描写入りますー。

と、いうよりこのサイトではどこからが残酷描写の域に入るのかよく分からない月神です。とりあえず、注意喚起!


文章メインの回になります。



 この閉ざされた、暗く古びた堂の中で唯一の光は観音開きの扉の隙間から差し込む僅かな光だけだった。それも今日のように雨が降っていたり、曇っていたりすると望めない。男は壁にもたれ掛かりながら雨音に耳を傾けていた。

 空から大地へと降り注ぎ、滴を散らす音。しっとりとまとわり着く冷たい空気。清浄な匂い。それらは男の最奥の記憶を呼び起こす。目蓋を降ろせば黒い幕の上に色褪せた光景が広がった。


 その時も雨が降っていた。肌寒い夜だった。凍えと飢えで思ったように動かない体に鞭を撃ちながら山の中を駆けてゆく。打ち付ける滴に体温を奪われ、ぬかるむ地面に何度足を取られそうになったことか。しかし、それでも男は走っていた。その足が止まる時、命が潰えると男は知っていた。

 理由は思い出せない。長い時を経て記憶は風化してしまった。それに、理由などさほど重要なことではなかったのだろう、と男は思う。とにかく、男は追われていた。多勢に無勢。捕らえれれば殺される。

 男を動かしていたのは“死”への恐怖と“生”への執着だった。死にたくない。生きたい、生きていたい。ただそれだけだった。生きて為さねばならぬこと、叶えたいことがあった訳ではない。ただ、生きていたかった。

 それが男を救ったかどうかは別として、男は運がよかった。“生”に執着し、辿り着いた古びた社に男は藁にもすがる思いで駆け込んだ。そして、堂の扉に手を掛け、潜り込んだ。それが幸運なことだったかは分からない。しかし、それにより男の命は救われた。

 男は選ばれた。さもなければ堂の扉を開け放った瞬間に気が触れて、狂死していただろう。その社に奉られていたものが男を選び、その身の内に宿ったからこそ、男は生き延びることができた。そして、今に至る。


 男は命を繋いだ。その上、十分な衣食住を得た。引き換えに自由を失った。

 男はその社に奉られるものとなり、堂に封じ込められていた。どんなに扉を叩こうと、壊すつもりで殴ろうとびくともしない。男が手に入れた安住の地は神を囲う出口の無い庵だった。

 ふ、と男は目蓋を持ち上げる。雨粒が弾ける音の中、規則正しい音が混ざっているのが聴こえた。


(……ああ)


 今日も来たようだ、と男は目を伏せる。その来訪者の歩みは男の心に暗澹たる影を落としていた。それは満々と闇を湛えた底無し沼のようで、男にどろりとまとわりつき、呑み込んでいく。


穢鬼(えき)様……」


 来訪者は老婆のようだった。今にも泣き出しそうな声で男に呼び掛ける。


「穢鬼様、娘が川に身を投げました。騙されたのです。あの、憎い奴めに騙され、捨てられたのです……」


 男はその悲愴な声に耳を傾けるのを止めた。ここまで聞けばこの老婆が何を言わんとしているのか分かる。それに老婆の想いが強ければ社の主はその願いを聞き届けるだろう。そこに男の意志などなかった。


「穢鬼様、どうか……!」


 外では老婆がすすり泣いている。男は雨に掻き消されそうなその声を聴きながら再び目を閉じた。今夜は夢を見るだろう。あの生々しい悪夢を。


 悪夢の始まりはいつも闇の中だった。夜の闇より深い闇の中を導かれるように、操られるように歩いている。その時、男の自我は精神の中の狭い檻に押し込められたかのようで、男の体は男のものではなくなっていた。男は己の身の内にある檻の中からこれから自分の為すことを見ていることしかできなかった。

 闇を抜けた先では男が一人、眠っていた。その部屋は広く、飾られた屏風や掛け軸からずいぶんと良い身分であることが分かる。しかし、今はその身分など塵に等しかった。呑気なものだ、と男は思う。これから起きることも知らず、昏々と眠り続ける様を見ているとそう思わずにはいられなかった。

 男の腕がその意思に反して持ち上がる。男は檻の中で目を瞑った。しかし、それは何の意味もなさないと理解していた。男の自我が目を瞑り、耳を塞いだとしても、肉体は全てを見聞きしているのだ。男の小さな抵抗も虚しく、それは始まった。


 それは一方的なものだった。一方的に振るわれる荒れ狂う力に目の前の男は為す術もない。

急襲してきた苦痛によって眠っていた男は目覚め、気道を塞がれたことに苦悶の表情を浮かべると激しく抵抗した。そこに更なる苦痛がもたらされる。すさまじい力でその首を絞める人外の腕を抗うように掴んでいた彼の腕は肩からばっさりと切り落とされていた。血が勢いよく吹き出し、辺りを赤く染める。畳も屏風も、皆等しくそれを浴びた。

男は絶叫する。その時、人外の腕から力が抜けた。

 解放された男は先程まで自分の内に流れていた赤に染まりながら、もはや言葉ではない音を発し、人外から離れようとした。しかし、人外は無慈悲に男の稼いだ距離を一歩、二歩と埋め、その腹部を足蹴にする。くぐもったような呻き声と肉を殴る音が続き、それが一瞬止んだ直後、人外の爪がその肉を抉った。

 虫の息。その男を表現するのに最も適切な言葉だった。むしろ、よく息が続いているものだ。人外はそれを静かに見下ろしている。もういい。何もせずともこの男はもう死ぬ。男はそう何度も思ったが、この人外は止まらないと知っていた。

 血に飢えた獣だと罵倒できたらどんなによかっただろう。しかし、これを動かしているのは血ではない。

 人外の爪が静かに、ためらいなく、その喉を裂いた。彼の目から光が失われる。

 これで気が済んだか。男は檻の中で呟いた。

 人外が求めるのは苦痛。そして、それを動かしているのは人の呪詛だった。


 社の主の名は「穢鬼」。穢れの鬼。人の呪詛を聞き届け、苦痛をもたらす神だった。

 男は安住の地を得た。衣食住を得た。そして、穢れの鬼となった。この悪夢に何度気が狂いそうになったことだろうか。しかし、これは現実なのだ。

 恐らく、男の死を聞き付けた老婆は嬉々として社を訪れるだろう。今まで他の者がそうだったように。

文章びっしりでげっそりされた方、いらっしゃったら申し訳ありません。

しかも、内容結構暗い。もうしばらく穢鬼様のターン続きます。うん、早く進めてちゃんと会話文入れたい。


修正を繰り返しながら投稿しておりますが、まだまだ拙いものと思いますのでお気軽にご意見ご感想をいただけると嬉しいです。

参考と励みにいたします。

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