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誘拐犯とひきこもり  作者: 00
第一章
9/27

8


 ということで、カラオケに来ましたー。いぇーい。

「いぇーいじゃないよ」

「どうしたの?」

 やべっ、声に出しちゃった。

「?」

 僕の隣の女子生徒が首をかしげて僕を見つめる。どうしようか。とりあえず、何でもないと言ったらいけるかな。うんいけるな。「何でもないよ」言った。言えた。たったこれだけのことを言うことに達成感。

「そう? ならいいけど、もっと楽しもうよ。一回も歌ってないじゃん」

 だって、歌とか全然知らないし。本当に全然知らないし。

 どう返そうか、と僕が悩んでいると、

「サキー」

 と誰かを呼ぶ声がした。

「なにー?」

 と言って、僕の隣の女子生徒がそっちの方に行った。助かった。

 僕らはカラオケに来ている。親睦会って言うのかな? そんな感じらしい。僕はちびちびとウーロン茶を飲んでいるだけなんだけど。

 時間は午後七時を回っている。二時間がどうとか言ってた気がするから、もうそろそろ終わりだろう。多分。

 ぷるるるる、と電話の音。ほら、やっぱりもうそろそろ終わりだ。

 一人の女子生徒が電話を取る。

「はい、はい。……いえ、もういいです。……はい。わかりました。……みんな、もう終わり。荷物畳んで帰ろう」

 と言われたので僕は通学カバンを持ってそそくさと部屋から出るああ本当に楽しかったマジ楽しかったまさに気分はチョべリバだ、って一瞬本音が出たやべーやべーまあこれからのことを考えると気分が高まって仕方が無い心臓の鼓動も心なしか早くなっているしねあはははは。

「っと」

 危ない危ない。お金を払ってなかった。さすがにそれはまずいだろ。

 ということで、僕は……カウンター? だったっけ。レジ、って言うのもなんかおかしい気がするし、カウンターか。うん、カウンター。カウンターで待つことにする。

 わいわいがやがやと騒ぐ声が聞こえてくる。他のお客様の迷惑になるかもしれないじゃないか。それは駄目だぞ、と思うだけ。言ったらなんか駄目な気がする。

 すると、どたどたどた、と足音が聞こえた。僕がそっちに振り向くと、タックルされた。

「冴輝君! 無銭飲食は駄目だよ!」

「……」

 だからここで待っていたんじゃないか、と思う。けど、忘れかけていたから反論することも出来ない。でも、タックルすること無いんじゃないかな。それと、無銭飲食か? これ。……いや、僕はウーロン茶を飲んでいたし、一応は無銭飲食か。

 というか、誰だこの人? 多分クラスメイトだとは思うんだけど、名前が思い出せない。全く思い出せない。僕って、薄情者なのかもしれないなあ。

 それから一分くらいかな。ずいぶん長いけど、一分くらい経って、クラスメイトの全員が来た。多分全員。

「ちょ、フミ! 何してんの!」

 女子生徒が僕の上に乗っかっている女子生徒を……って、タックルされてそのまま馬乗りされていたみたいだ。なんで気付かなかった僕。それは考えごとをしていたからです。なら仕方ない。

「え?」と、抜けた声。僕に馬乗りしている女子生徒は下、つまり僕のほうを見る。驚愕の表情。飛び退く。「ごめん! 冴輝君! 気づかなかった! でも、無銭飲食は駄目だよ!」「してないよ」いや、しそうにはなったけど。

「冴輝……お前、無銭飲食したのか!」してない。「犯罪者じゃねえか。つうか野々崎さんに続いて村瀬かよ。うらやましい。……この犯罪者が!」犯罪者なのは否定できないけど、今のは私情がかなり含まれていた気がする。「お前はどんだけフラグを立てれば気がすむんだよ!」木原君。だからフラグってなんですか。

「まあまあ。みんな抑えて。彼は無銭飲食をしていないと言っているじゃないか。だから、さっさと代金を払ってさっさと帰ろう」

 と、女子生徒が言う。名前はわからないけど、感謝感激だ。本当にありがとう、なんとかさん。これからは君の事を……長身の女子生徒と呼ぶことにするよ。心の中で。

 ついでに描写でもしておこう。長身の女子生徒は、長身だ。スレンダーだ。髪は黒。そこまで長くは伸ばしていない。しっかり者というイメージ。あれだ。できる女。そんな感じか。

「はーい」

 と言って、僕の上から女子生徒が……小柄な女子生徒。小柄な女子生徒が僕の上から退く。重くは無かった。柔らかかった。心地よいものではなかったけど。

 そう言えば、この女子生徒はあの漫才さんじゃないか、と思う。割とどうでもいい。

「じゃあ、千円ずつ出して」

 と、野々崎さんが言う。カラオケで千円とは高いのかどうかはわからない。来るの初めてだし。あと、おつりは返ってこない。クラスの何かに使うらしい。僕は、そんなのどうでもいいからおつりを返して欲しいけど。

「冴輝君」

 呼ばれた。そういえば、千円を出してなかった。出す。渡す。渡した相手は、女子生徒。野々崎さんじゃない。別に意識的にそうしたわけじゃないけど、結果的にそうなった。そして、女子生徒は野々崎さんに僕の千円を渡す。野々崎さんは枚数を数える。うなずく。そして、カウンターに行って、お金を出して、おつりが返ってくる。僕には返ってこないけど。そして、「ありがとうございました」とカウンターにいた人に言って、こっちに来る。こっち、というのは僕一人の方という意味ではなく、クラスメイト全員の方という意味だ。

 そして、カラオケから出て、

「じゃあ、解散っ」

 そう、野々崎さんがそう言って、直後、みんなどんどん解散していく。楽しかったねー、とか談笑しながら帰って行く。僕と野々崎さんを除いて、だけど。

「……」

「……」

 僕は野々崎さんの方をちらと見る。目が合った。野々崎さんは微笑む。僕もぎこちなく微笑む。そして、歩き始める。

「どこにする?」

「どこでも」

「人が少ないほうが良いよね」

「それは当然」

「そんなところあるかな?」

「知らない」

「じゃあ、君が張ってくれない? あれが張れるんだし」

 僕の家に来たことがある、か。初めて結界を張っておいて良かったと思う。

「良いよ」

「ありがとう」

「場所は?」

「広い方が良い?」

「どちらでも」結果は同じだし。

「私は広い方が良いから……この辺だと」

 言いながら、携帯をいじる。何をしているんだ? 『この辺だと』って言葉からして、この辺から広い場所を探そうとしているのはわかる。それで携帯を使っているって言うことは。携帯ってそんなこともできるってことか? すごいな携帯。今の今まで知らなかったよ。

「あった。……十分くらいかかるけど、良い?」

 十分か。結構歩くな。まあでも、それくらいあったほうが嬉しいな。

「良いよ」

「そう。良かった」

 野々崎さんは微笑む。まだそれか。もう本性を現して良いんじゃないだろうか。

 ――と、そんなことを気にしている場合じゃない。

 僕は携帯をポケットから取り出す。

「どうしたの?」と言って、野々崎さんが覗き込んでくる。手で払う。「あう」うざい。

 メール機能。新規作成。

 題名は……『ごめんね。お姫様』でいっか。

 僕は、ぽちぽちと文章を打っていく。「遅いね、メール打つの」放っておいてほしい。

「あのさ、冴輝君」

 僕は文章を打ち続ける。……難しい。

「ねぇ」

 と言って、僕の耳元に口を近づける。息が当たっている。くすぐったい。

「……今から、私があなたのことを好きだから付き合ってくれ、とまあまあ大きい声で言うから、それに対して良いよ、と言って」

 小声でそんなことを言われた。意味がわからない。意味がわからないので、

「何で?」

 僕は野々崎さんと同じくらいの声量で言う。理由はわからないけど、一応こうしておくのが得策だろう。

「すまないけど、私が今朝あんなことをしたせいで、あいつらがまだ私たちのことについて探ろうとしているみたい。今も、尾行されているし」

 ……これ、尾行だったんだ。偶然同じ道を行っているだけだと思っていた。

「それで、何でそんなことを?」

「わからないかなぁ。本当に馬鹿だね。オランウータンでも君よりは理解力があるよ」

 それはないと思う。

「あいつらは、私たちが結ばれることを望んでいるの。だから、望みどおりにしたら、すぐに帰ると思わない?」

「さあ?」

「……とにかく、頼むよ。私も、一般人は巻き込みたくないから」

「それは同感」

 僕は文章を打つのをやめる。携帯をパタンと閉じて、ポケットに入れる。これだけで、打った文章って消えないよね?

 野々崎さんが僕から離れて、僕の前に出る。そして、僕に向かって、

「あのさ、いきなりこんなこと言うと変に思われるかもしれないけど」

 野々崎さんは少し顔を赤らめながら言う。演技派だ。まあ、学校での生活は全てが演技だろうから、そうなるのは自然か。

「私、冴輝君のことが好きです。付き合って、ください」

 顔を真っ赤にして、少し目に涙まで浮かべながら……って、本当にすごいな。女優になれば良いと思うくらいだ。

「なんで僕なの?」

 ということで、そんなことを言ってみた。

「っ……」

 野々崎さんは表情を一瞬固め、少し息を呑む。……うわ、これも演技か。なんか、自然な流れっぽく見える。アドリブすげー。僕の言葉にショックを受けているように見える。実際は違う意味でショックを受けているんだろうけど、それすらも演技に取り入れる、か。……女優にでもなれよ本当に。

「わからない。わからないよ。だけど……だけど、私の君が好きな気持ちは本当。この気持ちは、本当なんだよ! ……こんな理由で良いかわからないけど、これが、私の、本当の、本当の気持ち。私は、君のことが好きだから、好きなんだよ。この思いは、変わらない。だから……付き合って、下さい」

 目の端に涙をためながら、全身を使いながら言う。それっぽい。すごいそれっぽい。実際、理由は一切言っていないわけだけど、納得できてしまう。そんな感じ。

 僕はそんな演技なんてできない。だから、

「良いよ。付き合おう」

 と、野々崎さんの目を見て言った。これでオッケーだろ。

「……私なんかで、ほんとうに、良いの?」

 うわ、嫌がらせだ。ひどい、ひどすぎる。さっき僕が、『なんで?』とか訊いたからだ。絶対そうだ。根に持つタイプかよ野々崎さん。くそぅ、あんなこと言わなければ良かった。普通に、良いよ、って言っておけば良かった。

 どうする? 僕。

 ……。

「ああ。良いよ。だって、僕も、君のことが――」やばいやばい鳥肌立ちそう。だけど、我慢して、「――好きだから」

「っ……」

 野々崎さんは口元に手を押し当てて、目から少し涙を流して、

「……これから、よろしく」

 涙を片方の手で拭き、笑顔になって、もう片方の手を僕に差し伸べる。握手しろって? うぇー。だけど、しなくちゃいけないなあ。

 僕は握手して、

「こちらこそ」

 と言って、微笑んだ。これは僕も結構上手かったんじゃないだろうか。

 ……。

 で、これからどうするんだ?

 まだ気配がビンビンなんだけど。視線が背中に突き刺さりまくりなんだけど。帰るんじゃなかったのか。話が違うぞ。

「……チッ。早く失せろよ」

 野々崎さんが今すごく小さい音で舌打ちした。表情そのままで。こわいんだけど。超こわいんだけど。というか、野々崎さんも予想外なの? どうするんだこれから。

「……今から目を瞑ってちょっと顔を上げるから、キスする振りをして。そうしたらさすがに『これ以上は見てはいけない』と思って、帰るでしょ」

 野々崎さんは小声でそう言って、目を瞑って、顔を少し上げ、唇を少し突き出した。顔を赤らめているのは言うまでもない。というか、ずっと顔を赤らめているよね。どうやっているんだろう。気になる。

 僕は野々崎さんに近づき、肩を抱く。テレビドラマとかでは、こんな感じだよね。

「ん……」

 野々崎さんの顔の赤みが増した気がした。演技、だよね。

 僕は顔を野々崎さんの顔に近づける。五センチ。……もうちょっと近づいた方が良いかな? ……当たるか当たらないかのところまで顔を近づけた。あと少しでも近づくと当たるかもしれない。

 ピク、と野々崎さんの身が震えた。動かないでほしい。当たってしまうじゃないか。

 ……。

「よし」

 僕はそう呟いて、野々崎さんから離れる。

「……ん」

 野々崎さんは目を開いて、髪飾りに手を当てる。そして数秒。「さすがに帰ったようだね」

「そうだね」

 式を使ってそれがわかるってことは、予想通りか。

「じゃ、行こうか」

 言って、野々崎さんは歩き始める。

 僕は携帯をポケットから取り出す。良かった。そのままだ。また打つのは嫌だったから。良かった。

 ぽちぽちと文章を打っていく。歩く。前方不注意。仕方ない。


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