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とかなんとかそんなことがあったりなかったりしちゃったりして、HRだ。
あの後は木原君の言葉を適当にあしらって、授業を受けて、木原君をあしらって、ご飯食べて、木原君をあしらって、授業受けて、木原君をあしらって、授業を受けた。
HRが終われば木原君はまた話し掛けてくるのかなあ、とか思いながら担任の先生の話を聞く。この先生は話が長いときと長くないときで差がある人のようだ。長くないときは数秒で終わるけど、長い時は十分くらい話す。今日は長い日らしい。まあ、色々な連絡とかがあって長いんだろうけど、それにしても十分は長すぎだ。ちゃんと話を聞いていないからわからないけど、よくそれだけの時間話しているな、と思う。台本とかあるのだろうか。案外、あるのかもしれない。
先生が話すことは深いような浅いような、どうでもいいことだ。連絡に自分の心情を混ぜて話している感じだ。結論を言うと、何を言っているかわからない。だから、気にしないことにする。と思ったけど、連絡事項を聞き逃したら駄目だから一応聞いておく。
……。連絡が終わったようだから、聞くのをやめる。少し隣を見る。木原君。先生の話を聞いている。ちょっと角度を変え、野々崎さんの方をちらと見る。何をしているかわからない。先生の話を聞いているわけでもなさそうだけど、って感じだ。まあ、一応警戒しておこう。他の人は知らないから見ない。今はただ、話が終わるのを待つだけだ。
だから、その間にできることはしておこう。
そう思ったけど、何をするかは決まっていない。というか、今できることなんてあまりないし。できることなんて、こうやって思考することとかしかないんじゃないかな。じゃあ、今から思考しようか。いや、今思考しているよね。このまま思考すればいいのか。けど、なんか違う。ああ、内容だ。内容が大事なんだ。うん。じゃあ。何を思考しよう。……。そんなこと、決まっている、か。
僕は野々崎さんについての思考を始めることにする。彼女の髪飾りから、風の神を式神にしていると思う。そして、髪飾りという実体であることを考えると、神格は高い。そのことを踏まえて、戦闘シミュレーションでも行おう。……。一応やってみたけど、わからないな。野々崎さんがどれくらいの式者なのかわからないし。今の時代、式神の格からは式者の格はわからないからなあ。どんな要因かわからないけど、今は普通の人間がいきなり式者になる時代だから。
ということで、戦闘的な思考は終了。次の思考は……彼女の目的についてにしよう。
普通に考えれば、僕のこと。だけど、普通に考えれば、僕のことの可能性は無い。だから、今の僕の状況で考えると、お姫様のこと、って可能性が結構高い。どこでどうやって知ったのかはわからない。けど、僕のことよりは可能性がある。長年色々な秘密を抱えてきた僕の実家と、誘拐なんて始めてやった僕。どちらがわかりやすいか、なんて明白すぎる。だから、多分、お姫様のことだろう。
だが、それでは疑問が残る。それと僕が式者であることに何の関係があるのか、だ。お姫様を誘拐していることはわかっても仕方が無い。だけど、僕が式者であることは何でわかったのだろうか。野々崎さんは神の宿る髪飾りを僕に見せ付けて、その反応から僕が式者であることを確信したんだろう。だけど、それ以前に僕が式者であるとは予測がついていたんだろう。その予測を確信に変えるために、あの髪飾りをつけてきたのだから。
僕は自分が式者だとばれるようなことはしていないつもりだ。少なくとも学校では。
……。
考えても仕方が無い。そんなことはどうでもいいんだ。僕がすることは単純にして明快。降りかかる火の粉は払う。ただそれだけだ。
と、そう結論したところで先生の話も終わりそうだ。グッドタイミングだ。日本語で言うと、良いタイミング、かな? まあ、そんな感じだろう。
「起立」
と聞こえたので、起立する。今、先生の話が終わった瞬間に言ったよね。しかも、声が苛立っている。何か急ぎの用事でもあったのだろうか。
「礼」
と言ったけど、礼はせずにそのまま帰る準備をする。というか誰も礼をしていない。悪い人たちだなー、と思う。僕以外は適当でも「さようなら」とは言っていたけれど。
帰る準備は完了。ってことで、帰ろう。「冴輝」あちゃー忘れてたー。
「野々崎さんが呼んでる。……チッ」
木原君が苛立ちを隠さない表情で、そう言った。舌打ちもしたし。
いや、そんなことはどうでもいい。そっちかよ。そっちなのかよ。木原君に言葉責めされるのも嫌だけど、こっちはもっと嫌だよ。今すぐにでも逃げ出したい。逃げ出しでも良いかな? 良いよね? そんな感情をこめて周囲を見る。はね退けられた。良くないっぽい。そんなことは無視して、なんてことはできない。いや、無視しても良いんだけど、どちらにせよ、いつかは話さなければならないんだし。これは僥倖と思っておこう。面倒くさいことが先にできたと思っておこう。まあ、この後にもっと面倒くさいことが待っていないかどうかはわからないけど。というか、そう思ってないとやっていけない。「冴輝君」呼ばれた。あー、もうどうにでもなれ。
「何かな?」と、僕は笑顔で返す。引きつってはいないと思う。
「え、と、さ。今日の、ことなんだけど、やっぱり、用事はあるの?」
何のことだ? と思い、考える。……そういえば昨日、明日のことがどうとか言っていたような気がする。それで僕は私用があると断って、用事がなくなったら来てねとかなんとか言われた。でも、結局何のことなのかは、わからない。
どう答えようか。昨日と同じように私用がある、と言ってしまえばそれまでだけど、だけど……。
よく考えろ、僕。これは、考えないといけない。この選択は、重要だ。どちらにするか、考えろ。安易に断って良いのか。これを、チャンスだとは思わないのか。
……。
「いや、無くなったよ。だから、今日は行けるよ」
僕は一応、そう答えた。瞬間、後悔する。だけど、この選択は正しかったはずだ。この後悔は、ただの個人的な感情だ。感情だけで、後悔している。理性は後悔していない。だから、これでいい。いい、はずだ。
「そうなの? ……良かった。クラスの全員が集まらないと、意味が無いもんね」
ほっ、と軽くため息をつきながら野々崎さんは言う。このため息は、嘘じゃないのかも、と思う。本当に安心した気持ちが伝わってきた。どういう安心かはわからないけど。
「じゃあ、これから一緒に行こう。千円あれば足りると思う。持ってきてるよね?」
ちょっと考える。僕はいつも何かお買い得なものがあったときのために五千円は常備している。ということは、持っている。
「うん」
何に使うかはわからないけど。
「……そう。良かった」
野々崎さんは微笑む。どういう意味で微笑んでいるのかはわからない。
「楓―、早く行こうよー」
教室の扉付近で女子生徒がこちらに向かってそう言う。
「あ、うん。すぐ行くー」
野々崎さんはその方を向いて言う。
「ちょっと何邪魔してんのよ」
「あ、そうだった。ごめんね、楓」
「だーかーらー、そんなんじゃないってー」
野々崎さんは、もう、と頬を少し膨らませながら言う。
「はははー、じゃ、先に行ってるよ」
「うん、わかったー」
「おっさきー」
女子生徒はこちらに手を振りながら行った。どこにかは知らない。
教室をちょっと見回してみると、もう人は僕たち以外いなかった。話の流れから考えると、みんな同じ場所に行ったのだろう。クラス全員がどうたら言ってたし。
と、そこで、思う。
僕たち二人しかいない。その意味を。
「……」僕は少し野々崎さんを見る。微笑んでいる。というよりは、不適に笑っている、って感じだ。
どうする? 先手必勝、って言葉もあるし、今のうちにやっておくか?
僕がそう考えていると、野々崎さんが、不適に笑って、僕に近づき、
「冴輝君。まあ、まだいいじゃない。クラスメイトのみんなを待たせちゃ悪いし、ここでするのは君にとっても望ましくないはずだよ」
僕は息を呑む。
「早く行こう。君はもしかしたら、どこに行くのか、何をするために行くのかすら知らないかもしれないけど、私と一緒に行こう。そして、みんなと別れてから、話し合おう。もしくは、争おう」
野々崎さんはそう言いながら荷物を持って、教室の扉に向かう。
「……わかった」
僕はそう答えて、通学カバンを持って、野々崎さんに付いていく。彼女の提案は僕にとっても好ましい。
僕らは教室から出る。施錠しないでいいのかなー、と思っていると、「施錠はしなくていいよ。多分」と言われた。僕の心でも読んでいるのか?
階段を降りて、玄関。僕はロッカーから靴を取り出し、履く。そして、玄関を出る。
「あれ?」
僕は首をかしげる。いつもなら運動部が部活動に励んでいるのに、今日は誰もいない。その代わりに、いつもより多くの生徒が玄関前でがやがやしている。何でだ? と僕が思っていると、「今日は部活動が無い、というか禁止されているんだよ。その今日だからこそ、親睦会なんてものにクラスメイトが全員集まるわけだけど」やっぱり心を読んでいるんじゃないのかこの人。
僕たちは通用門から出て、駅に向かう。多分、駅に向かっている。
「冴輝君」
顔だけこちらに向けて、野々崎さんが言う。
「何?」
「もう少し社交的になった方が良いよ」
嫌味か。精神的ダメージで僕を貶めようという魂胆か。
「だから、今日に何があるかがわからなかったんだよ。普通に社交的に生活していれば、誰かが伝えてくれたはずだよ? まあ、今日のは君のような人もクラスメイトと打ち解けるための会なんだけど」
……。今はまだそっちか。本性を現したかと思ったけど、今はまだこっちらしい。式者としてじゃなく、同級生としての野々崎さんらしい。
「といっても、君以外のクラスメイトはかなり打ち解け合っているんだけどね」
うるさい黙れ。