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誘拐犯とひきこもり  作者: 00
終章
27/27

僕、誘拐しました。

「――ってことは、星見さんは現人神なの?」

 野々崎さんがバカのように呆然とした表情で言う。

「まあ、そう言うことだね」

 僕はリビングのソファに座って、そう答える。

「……どういうこと?」

 お姫様がテレビから眼を離し、僕を見て首をかしげる。

 僕らはあの後、無事家に帰ってきていた。

 本来なら学校に戻らなくてはいけないんだろうけど、今日は休むことにした。

 野々崎さんもなぜかいた。謎だ。早く消えて欲しい。学校に行っていればよかったのに。そうじゃなくても僕の家にいなくても良いじゃないか。今日はお姫様といちゃいちゃするつもりだったのに。

 というか、野々崎さんは何もしていないじゃないか。したことと言えば、僕とお姫様を風で運んだくらいじゃないか。

 ……ああ、そうそう、結局、野々崎さんは何もしていなかったらしい。

 僕らが屋上に行ったときには既に姉さんの姿は見えず、野々崎さんが風でふわふわと浮きながら『どう? これが私の真の実力よ? ……うーん、ちょっと違う。なんか変。……さっきの人? ああ、それなら私の力に恐れて逃げたわよ? ……うん、これだ。これを言ったら、冴輝君も私を見直す。ふっふっふ、あの人が勝手にどっか行ってくれて助かった。これで、冴輝君も……ふっふっふ。後は冴輝君が来るのを待つだけだね』とかブツブツ言ってた。

 僕はそれを見てなんか苛ついたので『やあ野々崎さん。そんなところでふわふわ浮きながら何を言っているんだい?』って尻を思い切り蹴ってから訊ねてあげた。

 野々崎さんは涙目になりながら『誰――って……冴輝君。それに、星見さんも。……え、もしかして、さっきの、全部――』と言いながら顔を真っ赤にして、両手で顔を覆ってた。

 まあそれから野々崎さんに話を訊いたところ、姉さんは僕がビルの中に入るのを見ると、すぐにどこかに行ってしまったらしい。その時、姉さんは野々崎さんに『愛する者は、しっかり守れ、とあいつに伝えておいてくれ。……それと、弟を、これからもよろしく頼む』と優しく微笑みながら言ったらしい。

 野々崎さんには『こわいと思ったけど、良いお姉さんだね』と言われた。僕としては、回りくどいことをしないで欲しい、だ。今思えば、わざわざ『他人』とか『罪人』とかって呼び方をしたのは僕のトラウマを刺激したり、僕と姉さんは他人であると言うことを僕にしっかりと教え込むためだったんだろう。野々崎さんには僕のことを『弟』と言ったことからも、これはわかる。

 やっぱり姉さんには敵わない。それが身にしみてわかった。

「現人神っていうのは、人の姿をしてこの世に現れた神のこと。なんだけど、久遠の式の用語ではちょっと意味が違っているかも。……そっちの意味では、人の身から神に至った者。で、合ってる?」

「合ってる合ってる」

「二回言われると、なんか癇に障るよ」

「気のせいだよ本当に短気だね野々崎さんは。鬱陶しくてバカで図々しくてその上短気、ってどこまで最低な人間なんだ。ほんと、お姫様は野々崎さんだけは見習っちゃいけないよ。こんなのになったら、道を歩いているだけで現行犯逮捕だからね」

「……ここまで言われると、いっそ清々しいよ」

 野々崎さんは項垂れながらそんな言葉を漏らした。今の言葉を受けて清々しいって……野々崎さんにマゾヒストの称号が追加されました。

「今なんか、すっごく理不尽なことをされた気がする!」

「はあ? 気のせいだから黙れ」

「えっ……はい」

 しゅん、と野々崎さんはその場に小さくなった。邪魔だ。

「……その、誘拐犯は、野々崎さんのことが嫌いなのか?」

 お姫様は気の毒そうに野々崎さんを見ながら、そんな言葉を僕に投げかける。優しすぎるよお姫様。まさに神の慈悲だね。実際に神様だし。

「いや、好きだよ。野々崎さんのことは」

「……そうか」

 僕の言葉を聞いて、お姫様は一度すごく複雑そうな表情をして、そう言った。

 そんなお姫様を見たら、僕は抱きつかずにはいられない。

「うにゃっ!」

 僕がお姫様に抱きついて、頬をお姫様の頭に擦り付けると、お姫様はそんな声を上げた。髪の毛が僕の頬を撫でるような感触。うあー、癖になる。気持ちよすぎる。お姫様の髪の毛はどんな動物の毛皮よりも心地良い感触だ。もう、お姫様がいれば、冬の寒さなんてへっちゃらだね。まあ、髪の毛なんてなくても、僕とお姫様の間にはとても温かい愛があるからへっちゃらなんだけどね!

「こ、こらっ。誘拐犯。いきなり、そんなこと、するな」

「じゃあ、いきなりじゃなかったら良いの?」

「うっ……それは、その……いい、ぞ?」

「か、わ、い、いぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいい! ねえ! 野々崎さん! 見た? 今の! 聞いた? 今の! 超かわいいよね! 世界で一番、宇宙で一番、全次元で一番、いや、もう、比べることなんて意味ないか。まあとにかく、やばいくらいに可愛いよね!」

「え? ああ、そうだね。うん」

 なんか野々崎さんが適当に返した! 許せない! だけどお姫様が超可愛いから許しちゃう! ああ、お姫様お姫様お姫様ぁぁぁああああああああ! 可愛すぎる可愛すぎる可愛すぎるぅぅううううううううううう!「愛してるよぉぉぉおおおおおおおおおおおおお! お姫様ぁぁぁああああああああああああ!」

「ふえっ!」

 とお姫様が言いながら、顔を真っ赤に染める。なんだか、途中から声に出しちゃってたみたいだ。まあいいか。本心だし。

「ゆゆゆゆ、誘拐犯。の、野々崎さんもまだいるのに、なななな、なんでそんなこと言っちゃうんだだだだだだ」

「……それって、私がいなかったら言ってもいいってことだよね。あーはいはい、私は邪魔者ですよーだ」

 野々崎さんがなんか頬を膨らませているけど無視。お姫様可憐。

「まあ、お姫様は可憐で、僕の最愛の人であると言うことは当然のことだから置いといて、説明の続きをしよう」

 その言葉になぜかお姫様は顔の赤みが増し、野々崎さんは舌打ちしたが、とりあえず、お姫様可愛い野々崎さんどうでもいい。

「お姫様は現人神。つまりは神様なわけ。それはわかったよね?」

「……まあ、わかったけど、なんか、信じられない」

 不貞腐れていたはずの野々崎さんが余計なことを言う。

「じゃあ、教えてあげるよ。……お姫様。野々崎さんに『命令だ。今すぐ逆立ちしろ』って言ってみてくれ」

「……最愛の、人……」

 お姫様は、ぽーっ、としていた。可憐だからオッケー。だけど、甘やかしているだけではいけないから、現実に引き戻すために、僕はお姫様の耳を噛む。

「はぅっ!」

 お姫様はそんな声を上げた。よし、現実に戻ってきた。

 僕は耳から口を離して、さっき言ったことを言う。さっき言ったことと同じだから省略。

「……わかった」

 そう言って、お姫様は野々崎さんのほうを向き、

「野々崎さん。『命令』だ。今すぐ逆立ちしろ」

 そう言った。

「……いや、それで?」野々崎さんは逆立ちしながら言った。「……って、なんで逆立ちしてるの私!」うるさい。

 僕は野々崎さんに説明してあげる。

「それがお姫様の力ってわけだ。神とは司る者。野々崎さんの式神である風神。あれは風を司っているだろう? それと同じように、お姫様は『人間』を司っているんだよ」だから、お姫様は『命令』という単語を言わなくても、命令することはできる。だけど、そうすると危険なので、僕が『命令』という単語を言わないと発動しないよう調整している。

「……まあ、今ので神であると言うことは信じたよ。だけど、なんで星見さんは神なの? それが全くわからない」

 逆立ちしながら真剣に言っている野々崎さんを見ていたら、笑いそうになった。

 僕はそれをこらえながら言う。

「禁術。久遠では習得するだけで追放されるほどの術だよ。それを使って、僕が、お姫様を神にしたんだ」

 本来はすぐさま処刑か監禁なんだけど、姉さんが庇ってくれて、僕は追放と言う形でここにいることができている。姉さんにはいくら感謝してもし足りない。

「なんで、禁じられているの?」

 野々崎さんもといなんか面白い人に訊かれて、僕は答える。

「強すぎる、というのもあるんだけど、本当の意味では、世界のバランスが崩れると思われているから、かな」

 なんか面白い人は逆立ちしたまま首をかしげる。意味がわかっていないようだ。

「……世界には一定の神がいて、それは増えることもなく、減ることもないんだ。神が新しく生まれると言うことは、バランスが崩れると言うことに他ならない。だけど、この術は神を生み出す式。そんなものは、禁じるべきだ。そう思われたからじゃないかな」

 僕が言うと、お姫様がショックを受けたような顔をして、

「それじゃあ、私は、世界のバランスを崩しているのか……!」

 と言った。いやいや、それについてはそれから話すから待っていてくれ。

「……わかった。それで、今は世界のバランスが崩れているの?」

 と面白い人の鋭い指摘。もう野々崎さんはわかっているみたいだ。なんか面白くて鬱陶しくてその他色々な人だけど、こういうところでは役に立つな。

「いいや、崩れていないよ。だって、お姫様は現人神なんだから。野々崎さんにわかりやすく言うと、完全に実体化している神なんだから」

「っ! 言われてみれば、星見さんは完全に実体化している。ファルセでも、髪飾り程度の大きさなのに。……そうか、そういうことか。完全に実体化しているということは、神の世界のバランスには関係ないんだ」

「そう。そういうことだよ、野々崎さん。やっぱり君は、鬱陶しいだけじゃないね」

 だからこそ、お姫様がいれば、お姫様を取り戻すことができれば、目的はすべて達成できたのだ。完全に実体化するということは、できるということは、それだけ格が高いということ。それだけ強いということ。『人間』である姉さんは、それに逆らうことはできない。人間を司る神で、それだけの格。そんな神に、『人間』は抗うことなんてできない。だから、お姫様がいれば、それだけで僕らの『勝ち』だった。それまでに野々崎さんが死んでいなければ、それで僕らの『勝ち』だった。……野々崎さんは、そんなこととか関係なく生きていたけど。

「……どういうことだ?」

 お姫様はまだわかっていない様子だった。

「えーと、僕らの考えでは、神とはこの世界とは異なる世界に存在する生命体の一種であり、この世界に干渉できるもの、なんだ。まあ、式者以外からはその力の弱いものは霊、強いものは神というふうに区別されているらしいけど、まあその話はどうでもいいか。……その神は僕らが今いるこの世界とは別の世界に存在していて、世界のバランスが崩れると言うのは神がすむ世界のバランスのことで、この世界のことじゃないんだ。そして、お姫様は完全にこの世界に実体化している。つまり、神の世界にはいないんだ。だから、世界のバランスを崩すこともないんだよ」

「……つまり、私は世界のバランスを崩していないと言うことか」

「うん、まあ、端的に言うとそういうことだね」

「なら良い。……良かった」

 そう言って、ふふっ、とお姫様は微笑んだ。かわいい。

「……それじゃあ、つまり、久遠の人たちは、そんなことも知らないで冴輝君を?」

「そういうことになるね」

「……なんて、ひどい」

 僕はその言葉に閉口する。僕自身、久遠に対して恨みがないわけじゃないから、久遠を弁明する気にはなれない。だけど、姉さんには恨みがないし、次期当主が姉さんであることを考えると、弁明しておいたほうがいいと思い直す。

「そんなことはないよ、野々崎さん。僕以外の久遠は、禁術が使えなかったんだから。禁術を使えたのは、初代久遠と僕だけで、もう現在では、禁術の危険性がどんなものか、知ることができる人はいなかったんだ。僕がもし使って、それでもし世界のバランスが崩れれば、どんなことになるかはわからない。一パーセントでも可能性があるのなら、その対策はしておいて当然だと思うな」

 と、そこまで言って、僕は自分がそのことを今までわかっていなかったことに気付いた。そうだ。久遠の人間は、禁術が世界のバランスを崩すものではないことを知らなかったんだ。知ることができなかったんだ。だけど、知らなくても、神を新たに作り出すことは、世界のバランスを崩す可能性がある。だから、僕が追放されるのは当然で、というか、追放程度で済んだことは、ありがたく思わなければいけないのかもしれない。

 まあ、追放しても、僕は禁術を使ってしまったわけなんだけど、そこら辺はどうなんだろう。というか、追放したくらいではいけないと思うんだけど。常に監視下に置かなければいけなかったと思うんだけど。そう考えると、なんで僕を追放したかはわからなくなってくる。

 姉さんに何かを言われたとしても、その最大の妥協案は追放することではないはずだ。追放することは、逆に絶対してはいけないことなんじゃないか?

 追放すると言うことは、久遠の眼から逃れられると言うこと。実際、僕は久遠から完全に逃れることができて、禁術を使った。

 ということは、だ。

 久遠は、本当は禁術を使われて欲しかったのではないか?

『世界のバランスを崩す』なんてことが嘘であることなど知っていて、何か他の目的があって、僕に禁術を使わせようと思ったのではないか?

『世界のバランスを崩す』ということが嘘であることを知っていた人間が、追放というかたちの罰を僕に与え、そのことにより、僕に反感を持たせ、使ってはいけないとされる禁術を使わせるよう誘導したのではないか?

 考えれば考えるほど、謎は深まる。

 嘘であると知っていた人物は誰か。姉さんはそのことを知っていたのか。その知っていた人間がどういう目的で禁術を使わせたのか。知っていたのなら、なぜ禁術は禁術であるのか。禁じる意味などないのではないのか。それとも――

 ――……いや、どれもこれも推測の域を出ないんだ。これ以上、考えることはやめにしよう。僕は、もう、久遠とは関係ないのだから。

「……まあ、冴輝君が言うなら、それで良いけど」

 野々崎さんはまだ納得していない様子。だけど、これ以上追求されることはないと思われるのでこの話は終了。

「こんなことを言ってはいけないのかもしれないが、私としては、誘拐犯が追放されて良かった」

 突然、お姫様がそんなことを言った。

「なんで? 自分の家から追放されたんだよ? ……星見さんは、その悲しさを知らないから、そんなことが言えるんだよ。追放されるということは――その場所から、消えなければいけないってことは、本当に、本当に辛いことなのに。たとえ、その場所が最悪な場所で、離れたいと思っていても」

 野々崎さんが必死にそんなことを言う。野々崎さんにも似た経験があるのかな。というか、今のは僕のことじゃなくて、野々崎さん自身のことを考えながら言ったよね。どうでもいいけど。

「そうかもしれない。……だけど、誘拐犯が追放されなかったら、私は誘拐犯と会うことはなかった。だから、私は、誘拐犯が追放されて良かったと思っている」

 はっきりとした声で、お姫様はそう言った。

 それを聞いて、野々崎さんは眼を見開かせて「……そうか。そんな、考え方も――」とか呟いていた。これで野々崎さんの辛い経験は無くなったのかもしれない。正確には良いように解釈したことにより、『辛い経験』が『良い経験』に変わった、ってことだけど。まあ、そんなものだよね。辛い過去って。たった一言で、その見方が完全に変わる。そして、見方を変えれば、それは良い過去だったのかもしれない。……そんなものだ。

 僕は最初から追放されて良かったと思っているけどね。だってお姫様に会えたんだもん。それこそが僕の人生の中で最大の幸運だし。

「この話は終わろうか。せっかくお姫様を取り戻したんだから、こんなどうでもいい話は止めて、パーティーでもしようよ。……あ、野々崎さんは帰ってもいいよ」

「ひどいよ! そもそも、私がいなかったら星見さんのところに行くことすらできなかったでしょ!」

 野々崎さんに怒鳴られ、僕は頭に疑問符を浮かべる。

「いや、ただ帰ってもいいと言っただけで、別に、参加してくれるのならそっちのほうが良いよ。せっかくのパーティーなんだし、人は多いほうが良いじゃないか」

 さすがの僕でも、野々崎さんに全く感謝を覚えていないわけではない。それに、野々崎さんは鬱陶しいけど、いると楽しいし、盛り上がるし、お姫様もどこか楽しそうに見える。

 ただ僕は、野々崎さんに何か用事があったらいけないな、と思って訊いただけだ。なにもそんな反応しなくてもいいじゃないか。

「え? そうなの? ……えと、その、参加してもいいのなら、喜んで」

 野々崎さんは勢いを落として、そんなことを言った。

 ……あ。そういえば。

 そう思って、僕はちらりとお姫様のほうを見る。もしかしたら、お姫様は僕と二人きりでラブラブなパーティーをやりたかったかもしれない。それなら、悪いことをした。大丈夫だよお姫様。野々崎さんが帰ったあとで、いちゃいちゃしまくろう。

 そして、僕の視線の先のお姫様は、

 思い切り笑顔だった。

「参加しても良いに決まっている。野々崎さん、私は大歓迎だ! というか、いてほしい! そっちのほうが、私は嬉しい!」

 やべえ。今までに見たことがないくらいテンションが高い。なんだ野々崎さん。もしかして僕の恋敵なのか? ……。

「野々崎さん。やっぱり今すぐお引取り願います。本当、お願いします」

 僕は土下座をした。

「……えっ? いや、なんで土下座してるの?」

 野々崎さんは困惑。そんなの関係ない。

 僕は額を床にこすりつけながら続ける。

「お願いします。何でもするので僕からお姫様を取らないで下さい」

「いや、そんなことを言われなくても君から星見さんを取るなんてことはしないし、そもそもできないよ」

「いや、だって……ひぅっ……お姫様が、あんなに……ぐすっ……楽しそうなの、初めてなんだもん……ぃっく……だから、お姫様はきっと、野々崎さんのことが……ひっく……僕より、きっと、僕よりも、好きなんだ……ぅぅっ」

「泣くほど私を危険視!? いや、心配しなくても、明らかに星見さんは君のことが好きでしょ! 私なんか入る余地もないくらいにラブラブだよ!」 

 その言葉を聞いて、僕は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。野々崎さんが僕を見て、かわいそうなものを見る目をしながらティッシュをくれた。優しい人だ。

 僕は、ちーん、と鼻をかみ、涙や鼻水を拭き取った。

 そして、僕はお姫様の方を向き、

「……お姫様、僕のこと、好き?」

 嗚咽を漏らしながら、そう訊ねた。

「……ぅ」

 お姫様は顔を赤らめ、僕から眼を逸らして、

「……ま、まあ、どちらかといえば、好きだな」

「どれくらい?」

 僕が訊ねると、お姫様は恥ずかしそうに顔を腕に埋め、

「………………とっても」

「やったぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ! 超嬉しいぃぃいいいいいいいいいいいいいい! ああ、僕もお姫様のこと好きだよ大好きだよ狂えるほどに愛しているよ! ああ、もう僕らは相思相愛だね! 結婚式挙げちゃう? いやいやまだ結婚はできないか。それなら婚約は? 婚約ならできるんじゃなかったっけ? そうだよ婚約しよう! 婚約しちゃおう! ああ、婚約指輪はどんなのにする? やっぱりダイヤモンド? 良いよ! そんなお金ないけど、式の力を存分に使ってダイヤモンドを採掘してあげるよ! 宝石の神とか、探せばいるかもしれないしね! というか、いざとなったらお姫様との契約によって使えるようになったのを使っても良いかもね! 僕とお姫様が手を取り合って協力して二人のダイヤモンドを取る! これ良いね! いやだけど、二人の初めての共同作業はやっぱりウェディングケーキのカットのほうが女の子には良いのかな? それなら僕一人で取りに行くけど、お姫様はどう思う? あ、ちょっと結婚式は気が早いか。それなら今できることとかをしようか。何をしようか。いちゃいちゃラブラブなことといったら、やっぱり二人で手を繋いで遊園地とか? いやいや、腕を組むくらいはしなきゃダメか。あああああ、でも、いきなり腕を組むなんてはしたないか。まずは小指を結ぶとこから始めなきゃだね。うん。清く正しいお付き合いをしたほうが良いに決まってるもんね。まあでも、いつかは腕を組んで街中を歩き回りたいよね。って、そういえばお姫様はひきこもりだったね。そのことを考えたら、家の中でできるほうが良いか。家の中で出来るいちゃいちゃ行為か、なんだろう? いちゃいちゃでラブラブな行為か。二人で徹夜とかどうだろう? トランプで神経衰弱とか? でもお姫様はインドア関係ならパソコンとかのほうが好きか。おのれパソコン、お姫様に好かれるとか羨ましすぎるぞ。まあけどとてもとても癪だけど無機物だから許してやろう。お姫様の可憐さと優しさは神をも越えるからね。いやまあお姫様自身が神であるんだけど、それはまあ置いといて、何をするかだ。家の中で、お姫様と、うーん、思いつかない。清く正しくて、いちゃいちゃで、ラブラブな行為。難しい。まあ、僕はお姫様と一緒の空間にいるだけで至福なんだけど、お姫様を見ているだけで究極の癒しなんだけど。――まあ、その話はおいといて、お姫様、パーティーで、何か欲しいものある?」

 僕はお姫様に訊ねる。なぜかお姫様は顔を真っ赤にして、野々崎さんは「うわぁ」とか言ってる。謎だ。僕はお姫様に対して思いの丈を七百分の一ほど言っただけじゃないか。それで、なんでそんな反応になるんだ。

「……いやー、冴輝君。なんか、君には色々と完敗だよ。私、君には一生勝てない気がする。前にも言ったと思うけど、君って本当、狂ってるよ」

 負けず嫌いの野々崎さんにそんなことを言われ、僕は驚愕。そして困惑。え? どうしたの野々崎さん。熱でもあるの? とか訊きたくなってしまう。だけど、おかしい人には話し掛けないのが得策だから、僕はお姫様にもう一度訊ねることにする。

「お姫様、どうかな? お姫様のパーティーなんだから、欲しいもの、何でも言ってくれてかまわないよ?」

 まあ、高価すぎるものとかはちょっと無理だけど、と心の内で漏らしながら、僕は訊ねた。

「……婚約、婚約って……というか、ラブラブな行為……いやでも、そんなこと、まだ早いというか……清く正しく、って言ってたし、そんなこと、ないよね……あ、でも、誘拐犯になら……」

 お姫様はまだ落ち着いていないようで、なにかブツブツと呟き、顔を真っ赤にさせたり、口を尖らせたりして、僕の話は聞こえているかわからない。

「お姫様。聞こえてる?」

 僕はお姫様の肩を指先で突っついた。

「ひゃっ」という声を上げながら、体がビクンと跳ね上がる。そして、僕のほうを向き、顔を赤らめたり頬を膨らませたり、色々な表情をして「……なに?」

「えっとね、パーティーで、何か欲しいものはない? って訊こうと思ったんだよ」

 僕のその言葉にお姫様は驚いたように数回パチパチと瞬きし、

「……いや、何もない」

 微笑みながらそう言った。

「いや、遠慮しなくても良いんだよ? まあ、星見のクオリティには負けるだろうけど、僕も愛の力でなんとかするから」

 僕のその言葉に「愛って……」とお姫様は少し顔を赤らめたが、こほん、と一回咳をして、僕を見た。

「だって、欲しいものは、もうもらっているからな」

 そうお姫様に言われて『それって何』と訊ねるほど僕も野暮ではない。

「そうか。ありがとう。お姫様。そう言ってもらえて、すごく嬉しいよ」

 僕はそうお姫様に笑いかける。すると、お姫様も優しく笑う。

「……なんか、すっごく甘ったるい」

 野々崎さんが甘すぎるものを食べてしまったというような表情をした。

 野々崎さんは、わざとらしく手で口の辺りを押さえ、

「耐えられないから、ちょっと、外に出てくるよ。ついでにパーティー道具も買ってきてあげる。感謝してね」

 そう言って、野々崎さんはテーブルの上に置いてあったカバンを取り、「うぇー」と項垂れながら部屋から出る。

 とたとたとた、一定のリズムが刻まれ、止まる。数秒の沈黙。靴を履いていたりしているのだろう。そして、きぃぃ、と鳴きながら玄関の扉が開き、ばたんと音を立てて扉は閉まる。

 鍵を閉めなくちゃいけないかな、と一瞬考えるが、結界を張ってるし、大丈夫だろう。……いや、結界って姉さんに破られたっけ? ……まあ良いか。

 とりあえず、今は野々崎さんの気遣いに感謝しておこう。

「ねぇ、お姫様」

 僕はお姫様を呼ぶ。

「なに? 誘拐犯?」

 お姫様は首を少し傾けて言う。

「好きだよ。本当に。狂えるほどに、愛してる」

 僕のその言葉に、お姫様は顔を赤に染めながら、

「私も、好きだよ。誘拐犯。……愛してる」

 そう言って、お姫様は朗らかに笑う。

 それを見て、僕も笑う。


 ――僕、誘拐しました。

 何よりも大切な、愛しい愛しいひきこもりを。

構想はあるが、続編は未定。

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