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誘拐犯とひきこもり  作者: 00
第二章
19/27

8


 僕は家事。お姫様はテレビ。それが僕らの日常風景。

 たまに僕からお姫様に話し掛けたり、稀にお姫様が僕に話し掛けたり。

 僕らがそんな、幸せに満ちた時間をすごしていると、

 ピンポーン

 と、インターホンの音。

 僕は顔をしかめて、無視する。どうせ、新聞の勧誘か何かだ。放っておこう。

「誘拐犯。鳴ってる」

「どうせ新聞勧誘だよ。無視だよ無視」

「でも、さっきの、誘拐犯のクラスメイトだとかいう美人さん。あの人かもしれないだろう。何か、忘れ物をしたとか」

「ああ、そうか」野々崎さんか。それは考えていなかったな。「じゃあ無視だね」

「えっ。なんで」

 お姫様が戸惑った声で言う。

「お姫様。……野々崎さんだよ?」 

「そう、なのか。そんな名前なのか。……それが?」

「つまり、そういうことだよ」

「うん。……うん?」

 首をかしげて考え込むお姫様。スペシャルべリーワンダフルソーキュートだ。英語が苦手な僕でも、思わずちゃんとした英語で表してしまった。ほんとにスペシャルベリーマッチモアーモーストオブベストキュートだ、お姫様は。

「……よくわからないが、とりあえず、出ていった方が良いんじゃないのか?」

「えー」

「いや、だって、クラスメイトなんだろう? なら、それが普通じゃないのか? もしかして、私、また、常識はずれのことを言ってる?」

 落ち込んだような声で言われて、僕は慌てる。ミスった。この選択は間違いだったか。くそっ、素直に玄関に出て行けばよかったと後悔する。後悔先に立たず。とりあえず、真っ先にすることは、

「そんなことはないよお姫様。それが普通だ。今のはジョークだよジョーク」

「そ、そうだったのか。……だ、騙したな誘拐犯!」

 お姫様が怒ったような口調で言う。怒っているけど、いい。さっきの状態になるくらいなら、怒ってもらっていたほうが何倍もいい。

「ごめんごめん。じゃ、僕は玄関に出るよ」

「さっさと行け!」

 僕は微笑みながら廊下に出て、微笑みが消えた。これから野々崎さんに会うのだ。気分は憂鬱になっても仕方がない。どうやって虐めてやろうか、と思案する。僕とお姫様の時間を奪ったんだ。その罪、万死に値する。……ああ、わかった。罪とは何か。それはこれだ。これこそが罪だ。絶対そうだ。野々崎さん。君のおかげで長年の答えが出たよ。本当にありがとう。そして永遠にさようなら。

 思いながら、僕は玄関のドアノブに手をかけ、開けた。


 姉さんがいた。


 肩にかかる程度で切られた黒髪。僕より少し高い背。

「よお。久しぶりだな、『他人』。星見ヒメを回収しに来た」

 不適に笑いながら、姉さんはそう言った。

 ゾクッ、と背筋に悪寒が走る。口を数回パクパクと開閉させてしまう。

 それに、数瞬。

 僕はそれだけの時間を無駄にしてしまったことを悔やみ、式の構築、展開を急ぐ。

「久遠の名において命ずる――」

 そう口にしたとき、姉さんは未だに不適に笑っていて、それを確認して、僕は安堵する。姉さんが油断していてくれて助かった。そう思う。式には詠唱が必要だ。そして、僕と姉さんは同じ久遠。扱う式にそれほどの差異は無いはずだ。だから、僕の方が先に詠唱が終わる。そう思った。

 ――だけど。

 姉さんは口を開いた。

「従えクズども」

 その言葉だけで、周囲の神は姉さんの手中に落ちた。

「っ……そん、な」

 僕は呆然として、そう呟いた。そんな、ふざけた詠唱で。そんな、短い詠唱で。どうして、そんなに強い式ができるんだ。天才と言えば簡単だけど、これは余りにも。

「……む。結界か」

 姉さんが少し顔をしかめて呟く。そうだ。結界。結界があったんだ。いくら姉さんと言えど、結界を破るには多少の時間が必要のはずだ。その間に、僕は式を構築する。結界には念のために僕の式を増幅させるような式も織り込んだ。それを含めて考えると、姉さんと僕の力は互角くらいにはなるはず。

 そう考えた。だけど、

「四柱結界か。それも、まあまあ良い出来だな。――だが」

 姉さんは手を伸ばして、そっと、結界に触れた。

「この程度ではまだまだ」

 瞬間、結界が完全に消えた。破れたわけではなく、消えた。

 僕はそれに声も出せず、驚くこともできず、ただ立ち尽くした。こんな、ふざけたこと、あるはずがない。

「おいおい。対応が遅れているぞ。そんなにちんたらやっていたら」

 僕はその言葉に突き動かされるように、姉さんに飛びかかるために、足を一歩、踏み出した。

「こうなるぞ」

 その言葉が、なぜか後ろから聞こえて、目の前には、姉さんがいなくて、僕の視界が、ぐるりと回転した。

「鍛錬を怠っているな。散々言っただろう。『どんなことが起こるかわからないから、常に鍛錬は怠るな』と。だから、こんなことが起こったときに対応しきれないんだ」

 みしっ、と頭を踏みつけられる。

「……さすがに、こんなことが起こるとは思わなかったんだよ」

「それはそうだな。私も全く予想していなかったさ。依頼のターゲットがお前の家にいるなど、考えられるはずが無いだろう」

 めりっ、と頭に加えられる力が増した。

「それはそうだ。僕だって、まさか姉さんが来るとは思ってもみなかったよ。というか、姉さんがこんな仕事をするなんてね。驚きだよ」

「私だって、久遠の一員なんだ。普通の仕事もしていないと、示しがつかないだろう」

 僕は右手で地を押して、思い切り身をひねる。姉さんの足がその勢いに押されて、少し浮く。

 その隙に僕は脱出。そして、玄関の前に立つ。顔を上げ、前を見る。予想通り、姉さんはいない。

 感覚を研ぎ澄ます。ゆらりと、何かが近づいてくる。「久遠の名において――」僕は式でそれを従わせようと思ったが、やめる。その隙に、姉さんが何をするかわからない。

 僕は姉さんを探して、首を回す。首が回そうとした反対側に回った。ゴキ、と首から音が鳴る。横目で姉さんを見る。右足を上げている。

 右足で蹴られたのか。のんきにそう思っていると、姉さんが僕の頭を掴んだ。僕はとっさに左手でそれを払おうとする。だが、それをする前に姉さんは僕を片手で真上に放り投げた。

「久遠の名において命ずる神よ我に従いて彼の敵を打ち滅ぼせ」僕は早口でそう言った。姉さんは微動だにしない。と思ったら、僕の目の前に飛んだ。

「私の式が、その程度の式で破られるとでも思ったのか?」そういえば、最初にこの周囲の神を従えさせていたっけ。失念していた。そしてやばいな。さっき言った、ゆらりとした何かがすぐそこにいるのが感覚される。ミスった。さっさと式でどうにかしておくべきだった。この神は、有象無象の神じゃない。姉さんの、式神。

「そちらに気を取られていて、良いのか?」言われて、頭上を見る。地面。落ちるまでは、あと三秒と言ったところか。頭から落ちたら、さすがに死ぬかも。

「そちらではない」直後、背中に衝撃。僕は玄関の扉に向かって飛ばされる。両手を伸ばして、扉に当たった瞬間に縮める。顔が少し当たった。ごつん、と鈍い音がする。気にしない。

 後ろを見る。姉さんが塀に立っていた。「……もう飽きたな。さっさとお前を退けて、星見ヒメをいただくか」姉さんに殴りかかる。受け流される。じゃあ頭だ。僕は思い切り姉さんに頭突きをする。受け流される。じゃあ足だ。僕は体をひねって、姉さんを蹴る。両腕は受け流した直後だから使えないはず。そこは塀の上だから身動きも取りづらい。だから、避けれないはずだ。

「退け」

 直後、僕の体は吹っ飛ばされた。いや、吹っ飛ばされたのとは違う。自分から行ったような感覚だった。まさか、式で……? いや、だけど、自分から行った感覚はあったけど、あの体勢から吹っ飛ぶのは不可能だ。空中で、しかも頭と腕が右と左に伸び、足だけが姉さんに向かっている。無茶な体勢だ。そんな体勢から、吹っ飛ぶことなんて出来るはずが無い。

「いや、式だよ。これは」姉さんが僕の心を読んだようにして話す。「さきほどのはお前だけじゃなく、私の眼前にあった空間。それに対しても言ったんだよ」

 言われて、愕然としかけるが、思い出す。今、僕が戦っているのは、姉さんだと。久遠家次期当主であり、久遠史上最高の天才。久遠深夜だと。

 どんなことが起こっても不思議ではなく、当然。世界最強で、世界最高の式者。

 その者の前に道は無く、その者の後ろに道は無い。そこには、ただその者だけが存在する。足下にすら届かないのではなく、その者がいる世界にすら届くことは無い。

 そんな天才と戦っているのだ、と。僕とは正反対の天才と戦っているのだ、と。

「そろそろ使ったほうが良いんじゃないのか? 禁術を」

 まだ根に持っているのかな。と、僕は思う。僕が使えて、自分は使えない、禁術を。そもそも、僕はあれを習得しちゃったから追放されたのに、それの習得を羨ましがられたら、こっちもたまったもんじゃない。

 陽の象徴である姉さんと、陰の象徴である僕。天才と、罪人。

 天才である姉さんが、ただ一つだけ持っていないものがある。

 それは持っていないほうが良いもので、持っていることが悪いもの、すなわち、罪。

 それを持っている僕を、姉さんは羨ましがっているのかもしれない。自分が持ってないものがあることが、許せないかもしれない。

 だけど、それを僕にぶつけるのは、お門違いじゃなかろうか。

 というか、禁術にも色々と条件があるのを、姉さんは知らないのか? ……いや、知らないはずが無い。もしもあの人たちが、僕の両親にあたる人物や、祖父母にあたる人物がそれを知らせないように細工をしていたとしても、姉さんはそんなことは関係なく、情報を手に入れることが出来るだろう。なんたって、天才なのだから。あんな人たちに止められるほど、姉さんは無能じゃない。あんな、僕のことを姉さんと比べて、無能と罵り、禁術を習得したら、僕を恐れて、追放してしまうような連中に、姉さんは止められない。止められるはずが、ないんだ。

 だから、姉さんはわかっている。

 僕が、禁術を、もう使っていることを。

「早く見せろよ。この私に。この私ですら会得できなかった禁術を」

 言いながら、姉さんはすたすたと、音を立てて歩み寄ってくる。

「いや、使えないよ。使えたとしても、使わないけど」

 と、嘘をつく。僕はもう禁術を使った。だけど、使えない。それだけだ。

「ほう、まだ式神にしてないのか」

 いとも簡単に見破られた。僕の嘘は姉さんには通用しないみたいだ。

「さっさとしてしまえばいいのに。久遠の式者なら、通常の式者よりも圧倒的に早く式神にできるだろう。たとえ、最高神だとしても」

「ははは。できないんだよ。僕は久遠から追放された人間だよ? そんな人間が、あそこまで格の高い神を式神にできるわけが無いだろう」

「そうか。なら契約をすればいいではないか。さきほどまでお前の家にいた少女。あれは契約の良い例だろう。力任せではなく、同意を得て、神を式神とする。久遠以外では、それが最近の主流らしいしな」

「それが、できるのなら……」

「何を言っている? ……お前、まさか」

 姉さんが笑みを消して、少し考え込むようにして立ち止まる。その間に殴りかかろうとしたけど、まだ体が動かない。ちょっと、ダメージが大きいな。

「……いや、お前だったら、ありえるな。その性格からして、な」

 そして、姉さんは僕の足を掴み、持ち上げた。

「なあ、他人」

 姉さんは、僕を弟と認めないという意味をこめた言葉で僕を呼ぶ。

 そして、言った。

「お前、星見ヒメのことを、どう思っている?」

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

「大切に、思ってるよ」

 僕は爽やかな笑顔で返す。

「そういうことじゃない。お前が星見ヒメに、どういう感情を抱いているか、だ」

「だから、大切に思っているんだって」

 僕はこの晴れ渡った青空よりも爽やかな笑顔で返す。

「……そうか」

 姉さんは納得したようにそう言って、

「なら不可だ」

 僕を思い切り地面にたたきつけた。ぐはあ。ちょーいてー。

「星見ヒメは回収する。取り返したくば、その答えを、よく考えるんだな」

 お姫様を回収されるわけにはいかない。僕は精一杯手を伸ばし、姉さんの靴を掴む。

「じゃあな、罪人。一生そこで這いつくばってろ」

 けられた。いてー。

「……ああ、そうそう。私の依頼人は、星見ヒメの親だ。家出した娘を連れ戻してほしい、といった内容でな。まったく、そんなことで式者を呼ばないでほしい。まあ、お前の家にいたわけだから、式者に依頼して結果的に正解だったんだがな。つまり、何を言いたいかというと、だ」

 姉さんは家に入ってく。そして、僕の方を振り向いて、

「安心しろ。星見ヒメは、自宅へ帰る。幸せな生活に戻る。だから、お前はもう良いよ。今まで、星見ヒメを保護してくれて、ありがとう」

 そう言って、姉さんはリビングに向かっていった。

 多分、姉さんはお姫様が姉さんのことに気付く前に気絶させて、その場所まで連れて行くつもりだろう。お姫様の両親がいる場所に。

 かといって、僕は何もできない。お姫様が幸せなら、それでいいから。

 ……というか、僕がしたのは、家出少女の保護だったのか。

 ははっ、お姫様だけじゃなく、誘拐犯という肩書きまで奪われちゃったぜ。

 これで、僕の罪は一つ減ったな。はっはっは。万事解決だー。

 そう思っていると、姉さんがお姫様を抱えて、こっちに向かってきていた。

「そういえば、お前に昔、罪とは何か、と問われたことがあったな。あの時の答えでは満足していなかったようだから、教えてやろう。星見ヒメを保護していてくれた礼だとでも思え」

 姉さんは、僕を見下して、

「罪とはお前だ。お前こそが、罪なんだよ」

 そんな、わかりきったようなことを言った。

 そして、姉さんは僕を通り過ぎて行った。だから、僕は姉さんの方を見ようとする。

 すると、姉さんの式神がすぐそこに見えた。

 くはは、すっかり忘れてたぜー。まあ、今となっては、どんとこい、だ。

 そして、神が僕に覆い被さる。

 うぎゃー。

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