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誘拐犯とひきこもり  作者: 00
第二章
15/27

4



 結論。

 全然OKじゃなかった。

「はい、あーん」

 頬に思いっきり卵焼きを押し付けれられる。微妙に箸が突き刺さって痛い。

「もー。冴輝君、口を開けてよー」

 僕の目の前には、上目遣いで口を少し尖らせている野々崎さんの顔があった。

 僕は自分の席に座っている。

 野々崎さんの前、僕の机の上には、僕のものではない弁当、野々崎さんの弁当と僕の弁当が置いてあった。

「もしかして、恥ずかしいの? かわいいなぁもう」

 うざい。

 ……今は昼休み。僕がいつも弁当を食べる時間。目の前には僕に箸を突き刺してくる野々崎さん。周りには僕たちを見ているクラスメイト。「うらやましい」「冴輝ホント死んでくれねぇかな」「その幸せの十分の一、いや百分の、いや一万分の一でも良いからオレにくれよ」「これが、リアル主人公か……。やべぇ、プレイしているときは自己投影しているからわからねぇもんだが、実際にこんなやつがいたら本当に殴り殺したくなるもんだな」こわいからもうやめて。

 ……まあ、そういうことだ。

 野々崎さんは、負けず嫌いだ。

 野々崎さんは、朝の僕とのやり取りで、恥ずかしがって怒って逃げた。それを『負け』と認識した。

 だから、僕にも同じ思いをさせようと思った。というか、勝とうと思った。

 それと、野々崎さんの考え方では昨日の『負け』と今朝の『負け』は違うものらしい。『昨日のは、式での負けだけど、今朝のは、精神的な負け。式ではまだ勝てないから、昨日のはやり返しはまだしない。だから、今でもできる、精神的な勝ちを、する』とか言ってたし。

「食べてよー冴輝君―」

 缶コーヒーくらい甘ったるい声で言われる。虫唾が全身の血管を走りぬける。『虫唾が走る』の良い例だなこれ。

 ……そして、野々崎さんが取った行動が、これだ。

 ラブラブアピール。

 ……いやこれが本当に辛いんだよマジでホントに冗談とか一切合切なしに。

 あの後、僕は宿題とか予習とかを一通り終えたころに、野々崎さんは帰ってきた。そして、僕に抱きつきだした。僕は当然ながら殴ろうと思った。そんな時、誰かの足音。僕はすぐに『野々崎さん、誰か来たよ。だからすぐに離れた方が良いよ』と言った。だけど、『どうせ嘘なんでしょ。だから、信じない。嘘をついた君が悪いんだからね』とか言われて、扉が開いて、クラスメイトで、驚かれて、『おおおおおお前らななななな何してんののののの』と言われ、野々崎さんが、『あっ……人が来ちゃったから、続きはまた、ね』とか言いながら僕の唇に人差し指を当てて、それを見たクラスメイトが放心して、それから次々とクラスメイトが来たわけだけど、その度に野々崎さんが何かしてきて、クラスメイトはその度に放心して、僕はその度にうんざりして、朝のHR中にも野々崎さんは僕のほうをちらちらと見てきて、木原君がその度にシャーペンで消しゴムを突き刺して僕のほうをにらんで、野々崎さんは授業中もちらちら僕のほうを見てきて、休み時間には僕の席にまで来て、『……えへへ』とか言いながら頬を少し染めて微笑まれたり、『もう。君がいるから、授業に集中できないじゃない』とか頬を少し膨らませながら弾んだ声で言われたり、『……授業中、さ。君のことばっかり考えていて、集中できなかった。どうしてくれるの』とか、『冴輝君。……何でもない。呼んでみただけ』とか、『冴輝君。手を出して。……いいから! …………手、つないじゃった』とか他にも色々と鬱陶しすぎることをやられた。

 そのせいで、クラスメイトの誤解はすごいことになった。そういえば昨日、僕たちを尾行しているつもりだった人たちの認識では僕たちは付き合っている、ってことになったんだったなー、とか思ったのは二時限目の途中だ。

 そして、そんなことがあった結果、今になる。

 いちゃいちゃらぶらぶばかっぷる、の女性の方。それが今の野々崎さんが演じている役。僕がどれだけ鬱陶しそうにしても無視しても関係なしに、というかそれを照れ隠しと断じて僕に色々してくる。体中に鳥肌が立つ。ぞわわー、って感じが体の表面を、体の内側を通り抜ける。あー、全身の毛穴からうじ虫が顔を覗かせるくらい気持ちが悪い。 

「冴輝君。あーん」

 と、しつこいまでにずっと僕に対して『あーん』と言いながら箸を僕に向かって向ける野々崎さん。箸を持っていないほうの手は箸の手で皿を作っているような感じ。あれって、確かマナー違反じゃなかったっけ? と思う。

 ……。

 あ、もう面倒くさくなった。

 そっちがそうするなら、僕もそれに適応すればいいんだ。

「あーん」

 と言って、僕は目の前にあった卵焼きを口に入れる。野々崎さんは驚いたような顔をする。というか、とっさの出来事に対応できていない。箸で卵焼きをつかんでいるままだ。箸をちょっと噛んでしまった。ガリッ、と音がした。なんか気持ち悪い。

「……や、やっと食べてくれたね。うれしいよ」

 なんか演技がぎこちなくなっているような気がする。そんなんじゃ女優になれないぞ。もっと練習をしろ。そのために芸能事務所にでも何でも行け。そしてそんな感じの学校に行って、もう永遠に帰ってくるな。君の事は嫌いではないけど、鬱陶しい。だから、そうしてくれると助かる。僕の精神とかが。

「そうかい? なら、僕も嬉しいよ。野々崎さんの幸せは、僕の幸せでもあるんだから」

 きざっぽいセリフ。歯の浮くようなセリフ。人生で一度は言ってみたいよね。実際言ったら、喉を締めつけられるような錯覚に襲われたけど。

「やだ、恥ずかしいよ。そんなこと言われたら、君のこと、もっと好きになっちゃうよ」

「ははは」冗談きついよ。「まあ、僕はその数倍、君のことが好きだけどね」

「そんなことない。私の方が、もっと好き」

「それは嬉しいな」ほんと、頭がどうにかなっちゃいそうなくらい嬉しいよ。

「えへへ。ありがと」

 ごめん何がありがとうなのか全く全然少しもわかりませんでした僕の理解力が足りないせいでしょうかそうなんでしょうかとりあえずどっちでもいいのでこの茶番を終わらせたいです。

 ……。

 ああ、一刻も早く、お姫様に会いたいなぁ。


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