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誘拐犯とひきこもり  作者: 00
第一章
11/27

10


 迷っちゃった。

 駅までの道(だと思っていた道)が思い切り間違っていて、意味のわからないところに行って、かなり時間が経って、ようやく家に着いた。迷った時間は何時間くらいだろうか。携帯を出す。時間を確かめる。……。ハハハ、二十二時だって。携帯が壊れているみたいだ。こんな時間なわけがないじゃないか。いくらなんでも、こんな時間まで迷うなんて、ありえないだろう。逆に、どうやったらこんなに迷うことができるのか訊きたいくらいだよね。ははははははははははははははははは。

「……どうしよう」

 僕は頭を抱えていた。いや、だってお姫様絶対怒ってるよね。僕は怒られるのは嫌いじゃないけど、お姫様が怒ると言うこと自体は嫌いだ。それは、お姫様に不快な思いを与えていると言うことだから。いつも怒らせているのは怒らせているけど、今回の怒らせ方はまずい。完全に僕が悪い。いつもは些細なことで怒っているお姫様だけど、今回は些細なことじゃない。本当に、悪いことだ。

 悪いこと、ってことは、罪か。僕はまた一つ罪を犯した。……いや、今は、罪とは何か、という問いはどうでもいい。そんなことは、どうでもいい。

 ……。

 まあ、悩んでいても仕方がないので、家に入ることにする。

 鍵を取り出し、扉を開ける。電気は点いている。明るい。家の中は静寂。何の音も聞こえない。いつもなら、テレビの音とかが聞こえてくるはずなんだけど。もう寝たのかな。それなら、良いけど。

 お姫様は夕食を食べたんだろうか、それが気になる。ひきこもりのお姫様が、寿司をとることができるかどうかは、わからない。注文の電話すら、できないかもしれない。そう思う。だから、心配。

 僕はリビングに向かう。リビングも電気は当然点いている。何の音も聞こえないから、テレビはついていないようだけど。ということは、お姫様はいないだろう。お姫様はリビングにいるときは基本的にテレビを見ている。お姫様は動物番組を好む。多分。よく見ているのが動物番組で、それを見るときの表情がきらきらとしているから、という理由からの推測でしかないんだけど。動物番組を見ているときのお姫様は本当に可愛い。いや、いつも可愛いけど、なんか、雰囲気が違う。見ているこっちが嬉しくなるという雰囲気。いや、当然いつも見ていて嬉しくなるんだけど。

 そんなことを考えながら、僕はリビングの扉に手をかけ、開ける。

 開けている間、いつもなら怒号が発せられるけど、今日はそれがないのを感じて、やっぱり、もう寝たのか。少し、寂しい。

 ――と、思っていた。

 だけど、僕の眼に飛び込んできた光景は、僕が想像すらできなかったものだった。

 お姫様が、寿司がのったテーブルの前のイスに、体育座りで座っていた。顔はうつむいて、見えない。

 僕は、それを見て、思わず、

「お姫……様?」

 瞬間、お姫様はビクッと体を震わせ、ゆっくりと、こちらに顔を向けた。

 僕は、その顔を見て、言葉を失った。

 お姫様は、悲しげな顔を、寂しげな顔を、僕がお姫様と最初に会ったときと同じ顔を、していた。

「……ゆうかいはん。おそい」

 そう言って、お姫様は表情を変える。怒っている表情。少し頬を膨らませ、文句を言っているような表情。そんな、子供っぽい表情。お姫様の、本当の、表情。

 僕は、それを見て、息が少しできなくなった。

 だけど、それを悟られないように、なんとか口を開く。

「お姫様、寿司、とれたんだ。なんで、まだ、食べていないの?」

 けっこう、自然に言えたと思う。

 だけど、

「それくらい、私にもできる。まだたべていないのは、おまえを、待っていたからだ。一人で食べるのは、嫌だ。私は、お前といっしょに、食べたい」

 その言葉に、僕は泣くかと思った。

 こんなことを言われたら、自然になんて、できるはずがない。

 感動とか、悲しみとか、そんなんじゃない。そんなものじゃない。言葉ではあらわせない。僕は、そんな感情を胸焼けしそうなほどに満たし、もうすぐ吐いてしまいそうだ。お嬢様に向かって、吐いてしまいそうだ。言葉という形で、吐いてしまいそう。

 僕は口を閉じる。口にチャックをつけたくなる。口を縫ってしまいたくなる。

 だけど、そんなことは不可能だ。だから、僕は無理矢理、変質させる。言葉を、ねじまげる。

 僕は式者だ。だから、式で従えることができるはずだ。自分なんて、世界で最も身近な存在だ。そんなものくらい、僕は使役できるはずだろう。そうだろう。冴輝真夜。

 ……。

 僕は、お姫様に近づく。

 それに、お姫様は首をかしげる。いつものような拒絶は、見られない。それじゃあ、駄目だ。僕は罪で、罪じゃなきゃいけないんだから。

「なんで、こんなにおそかったの」

 お姫様、口調が間違っているよ。僕に対しての口調は、そうじゃないだろう。そんな優しげな口調をしちゃいけない。僕なんかに、そんな隙を見せてはいけない。そんな、心の隙なんて、いらない。

「ちょっと、色々」

 事実。僕は事実を言う。

「色々って」

「色々だよ」

 即答する。即答しか、できない。頭を、そんなことに使えない。

 僕はお姫様の前に立つ。手が届くところに、お姫様がいる。

「心配、した。心配、したんだ。もしかしたら、って、思った。私が、そんなに思っているのに――え?」

 その言葉を遮って、僕は、お姫様を、抱きしめた。

「ななななななな、にゃにを」

 お姫様は真っ赤になっている。体温も上がっている。

「は、はなせ。はなしゃないと」

 僕の背中をたたき始めるお姫様。怒っている。照れている。どっちだろうか。いや、どっちも、なんだろう。

「お姫様」

 僕はお姫様に声をかける。

「は、な、せー」

 聞こえているのか聞こえていないのか、お姫様はただそう言いながら、僕の背中をたたく。

 放すか放さないか、そんな問い、答えはもう決まっている。

「放さない」

 言うと、背中への攻撃が止んだ。

「っ……」

 お姫様は、顔をそらす。耳まで真っ赤だ。白い肌の面影がないと思えるほどに赤くなっている。

 僕は、その姿を見て、さらに決意を深くした。

「僕は、君を、絶対に、放さない。絶対に、絶対に、守ってみせる」

 始めて会ったときからそう思っていた。

 そして、今日、それはさらに深まった。

 僕は、彼女を守る。

 この温もりを、絶対に、守ってみせる。

 たとえ、何があろうとも。


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