婚約破棄を突きつけてきた王太子と浮気相手に、前世の弁護士知識で慰謝料ごと吹っかけてやりました
## プロローグ:夜会の断罪劇
「リーゼロッテ・フォン・アーベント。お前との婚約は、本日この場をもって破棄する」
王城の大広間、着飾った貴族たちの前で、王太子オーウェンは芝居がかった仕草で私を指差した。隣には、頬を赤らめて涙ぐむ男爵令嬢メリッサ。
(また、これか)
三度目だ。婚約破棄の宣言を、こんな公衆の面前でされるのは。
「オーウェン様、理由をお聞かせいただけますか」
私は淡々と尋ねた。動揺していないわけではない。だが、感情を表に出すのは悪手だと、体のどこかが知っていた。
「決まっているだろう。お前は冷たく、氷のような女だ。メリッサのような温かい心を、お前は一度でも見せたことがあるか」
(温かい心、ね。それを判断するのがお前なのか)
会場がざわめく。メリッサが「オーウェン様……」と潤んだ瞳で彼を見上げる、その様は絵に描いたような被害者面だった。
「婚約破棄の手続きは、婚約契約書第七条に基づき、両家の合意と国王陛下の承認を経て行われるものと記憶しておりますが」
私が淡々と口を挟むと、オーウェンの顔がわずかに歪んだ。
「今この場で、私が宣言した。それで十分だろう」
「十分ではありません」
私はそう言い切った瞬間――頭の奥で、何かが弾けた。
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## 第一章:蘇る記憶
視界が真っ白に染まり、次の瞬間、脳裏に見知らぬ光景が流れ込んできた。
蛍光灯の光。分厚い契約書の束。「甲は乙に対し」から始まる無機質な条文の羅列。徹夜明けの珈琲の匂い。依頼人に頭を下げられ、勝訴の報告をする自分――。
(私は、前世で「契約不履行」を専門にする弁護士だった……?)
流れ込む記憶は膨大で、しかし驚くほど鮮明だった。契約の瑕疵の見抜き方、口頭合意の法的拘束力、手続き違反による無効化の理論。それら全てが、たった今、目の前で交わされている「婚約破棄宣言」に、恐ろしいほどぴったりと当てはまっていく。
視界にステータスのようなウィンドウが浮かび上がる。
```
┌───────────────────────────────┐
│ リーゼロッテ・フォン・アーベント │
│ │
│ 覚醒スキル:【契約審問】(EX) │
│ 効果:あらゆる契約・宣誓・ │
│ 公式手続きにおける法的瑕疵を │
│ 即座に看破する。 │
│ 副次効果:看破した瑕疵に基づき、 │
│ 正当な対価(違約金・賠償)を │
│ 法的強制力をもって請求できる。 │
└───────────────────────────────┘
```
(……これは。使えるぞ、これは)
私は口元が緩みそうになるのを、必死に抑えた。今、目の前で行われている茶番――婚約破棄の宣言には、致命的な瑕疵がある。三度目の記憶を辿るまでもなく、私はそれをずっと前から「なんとなく」感じていた。今、それが確信に変わっただけだ。
「オーウェン様。もう一度伺います。国王陛下の承認は、いつ得られたのですか」
「そ、それは……追って手続きする」
「両家の合意は?」
「これから、私が父上に――」
「つまり、まだ何も成立していないということですね」
私は一歩前に出た。
(さあ、ここからだ)
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## 第二章:契約審問、開廷
「皆様にお聞きいただきたいことがございます」
私は声を張り上げた。夜会の喧騒が、水を打ったように静まる。
「本日、オーウェン殿下は私との婚約を破棄すると宣言されました。しかし、王国婚約法第七条に基づけば、婚約破棄には両家当主の連署と国王陛下の裁可が必須です。殿下、その手続きは完了していますか?」
オーウェンが顔を青くする。
「そ、それは些細な手続き上の問題で……」
「些細ではございません。手続きを欠いた婚約破棄宣言は、法的には『無効』です。つまり――私とオーウェン殿下の婚約は、現時点でも継続しております」
会場がどよめいた。
「な……!」
「加えて」
私は続ける。頭の中で、前世の記憶が次々と武器を差し出してくる。
「メリッサ男爵令嬢。あなたは先ほど、殿下と『愛し合っている』と公言されましたね。それは、婚約者のいる殿下との不貞行為の証明に他なりません。王国貴族法第二十二条、婚約者による不貞行為は、被害者側に対する慰謝料請求権を発生させます」
「そ、そんな……!」
メリッサの顔から血の気が引いていく。先ほどまでの被害者面はどこへやら、今にも泣き崩れそうだった。
「さらに」
私は懐から一枚の書類を取り出した。事前に準備していたものではない。今この瞬間、記憶の中の知識が「証拠として何が必要か」を的確に教えてくれる。侍女に頼んで急ぎ持ってこさせたそれは、王家との婚約契約書の写しだった。
「この契約書には、破棄に伴う違約条項が明記されています。『正当な理由なき一方的破棄の場合、破棄を宣言した側は、相手方に対し当該婚約の持参金相当額の三倍を賠償する』――殿下、正当な理由とは何でしょう。まさか『冷たいから』などとは、仰いませんよね」
会場中の視線がオーウェンに集中する。
「く……ぐぬ……」
彼は反論の言葉を失っていた。
(前世の私、あんたのおかげで今、最高に気持ちいいわ)
私は内心でそう呟きながら、表向きは氷のように冷静な顔を保ち続けた。
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## 第三章:断罪、逆転
「殿下。手続きを欠いた婚約破棄は無効。それに加え、婚約者のいる身での不貞行為が公衆の面前で証明されました。これはもはや、殿下側の重大な契約違反です」
私は静かに、しかし決定的な一言を放った。
「よって私、リーゼロッテ・フォン・アーベントは、正式な手続きに則り、こちらから婚約を破棄させていただきます。違約金は、契約書の定めに従い、持参金相当額の三倍。加えて、メリッサ男爵令嬢との不貞行為に対する慰謝料も、別途請求いたします」
「ま、待て、それは……!」
「異論がおありなら、法廷でお伺いいたします。幸い、証人はこの会場に何百人もいらっしゃいますので」
会場からくすくすと笑いが漏れ始めた。貴族たちの視線が、憐れみと嘲りの混じったものへと変わっていく。数分前まで断罪する側だったオーウェンとメリッサは、今や断罪される側に立たされていた。
「そ、そんな……私は殿下に愛されて……」
メリッサが崩れ落ちるように膝をつく。オーウェンは何も言えず、ただ拳を握りしめていた。
その時、会場の奥から拍手の音が響いた。国王陛下その人だった。
「見事だ、リーゼロッテ嬢。……オーウェン、恥を知れ。この件、追って正式に沙汰を下す」
国王の一声で、その場の空気が完全に決した。オーウェンとメリッサは衛兵に伴われ、会場を後にすることになった。
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## 第四章:自由への一歩
数週間後。
婚約は正式に解消され、私はアーベント伯爵家に戻っていた。約束通りの違約金と慰謝料は、王家からきっちりと支払われることになった。オーウェンは廃嫡され、メリッサの男爵家は爵位剥奪の沙汰を受けたという。
「お嬢様、王宮法務院から書状が届いております」
侍女が差し出した書状を開くと、そこには「法務顧問」としての就任要請が記されていた。夜会での立ち回りが国王の目に留まり、王国の法務体制を見直すための人材として、私に白羽の矢が立ったのだという。
(面白いじゃない)
私は書状を胸に抱きながら、窓の外を見た。
(前世の知識、まだまだ使い道がありそうね)
三度も婚約破棄を突きつけられた「冷たい令嬢」は、こうして自らの足で、誰の指図も受けない未来へと歩き出すことになった。
**――完――**
お読みいただき、ありがとうございました。
「前世の専門知識で契約の穴を突く」という、少し変わった角度の令嬢ものを書いてみました。
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