第1話:お前の友達はどこだ? 〜エロン・ユウシンの異世界冒険譚〜
エロン・ユウシンの夢は、幼い頃から「異世界に召喚されて最強の力を手に入れること」だった。どこにでもいる普通の高校生だった彼は、ついにその夢を叶え、異世界へと放り込まれる。
だが――それは彼が望んだような輝かしい冒険ではなかった。彼が背負わされたのは、いかなる聖職者の光をもってしても、決して消し去ることのできない絶望の呪いだった……。
エロン・ユウシン、17歳。彼は駅のホームで友人を待っていた。
ここに立ち尽くして、すでに少なくとも6分は経過している。彼のような怠惰な若者にとっては、これだけでも大仕事だった。
「ったく、糞が! ハカリの奴、どこにいやがるんだ? 自分の方が先に来るって言ってた癖に……。もう帰りたくなってきたわ」
エロンはポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。
しかし、電波は圏外、バッテリーはわずか23%。友人に連絡することすらできない。このペースではすぐに充電が切れるだろう。画面に表示された時刻は、きっかり午後12時32分だった。
「うわ、最悪。頼むから早く来てくれよ! あいつが現れるなら、1秒に1000回だって神に祈ってやるよ!」
ため息をつきながら、辛うじて残った忍耐力でスマホを仕舞ったその時――突然、奇妙な頭痛と激しい眩暈が彼を襲った。
「な、なんだこれ……。クラクラする……。大人しく家に帰った方が良さそうだな……」
ゆっくりと目を擦るが、視界は急激に暗転していく。
後ろによろめきながら、彼は強く目蓋を閉じた。叫び声を上げることすらできず、仮に叫べたとしても、周囲には彼を助けてくれる者など誰もいなかった。
「なんなんだよ、これ……。神様……誰か、助けてくれ……」
掠れた声でエロンは呟いた。
ようやく目を開けることができた時、彼の目は限界まで見開かれた。
そこにあったのは、もう見慣れた駅のホームではなかった。
「は?……」
目の前に広がっていたのは鉄道の線路ではなく、見たこともない見知らぬ異国の村だった。
濃厚なスパイスの香り、煤煙、埃、そして独特な香水の匂いが鼻腔を突く。彼は瞬時に一つの結論に達した――ここは間違いなく、異世界だ。
「ちょっと待て、ここはどこだ!? 俺は一体どこにいるんだよ!?」
エロンが立っていたのは、石造りの立派な橋の上だった。
彼はその公共の建造物を降り、戸惑いながらもゆっくりと周囲を見回して歩き始めた。哀れな少年はガタガタと震え、声もうまく出ない。
「どこなんだよ、ここは……。何が起きてるのか、さっぱり分からない!」
今にも溢れ出しそうな涙を堪えながら、放心状態で歩いていたその時、彼は身長2メートルはあろうかという筋肉隆々の大男と激突した。
「おい! どこ見て歩いてやがる、この泣き虫が!」
男はエロンの顔面に容赦なく肘打ちを食らわせ、彼を地面に吹き飛ばした。そして、忌々しそうに舌打ちをすると、そのまま歩き去っていった。
少年は震えながら、どうにか立ち上がる。
「痛えなぁ、糞が! ここの連中、民度が低すぎるだろ! あの電柱みたいな大男に、いきなり殴られるなんて理不尽すぎる!」
立ち上がり、ズボンの埃を払う。一撃を食らってプライドを傷つけられた彼は、不承不承ながらも痛む頬をマッサージした。
再び歩き出すと、エロンの目に飛び込んできたのは、多くの「竜」が引く馬車(地竜車)が行き交う賑やかな大通りだった。彼にとって、それはあまりにも奇妙で現実離れした光景だった。
「あれ、何なんだ? トカゲみたいだけど……不気味だな……」
彼は歩き続けた。しばらく進むと、露店が立ち並ぶ市場のような通りに出た。
そこには多くの人間、亜人、半獣、そして空気中を漂う、キラキラと輝く小さな菱形のような存在――精霊たちがいた。
「うわぁ……。恐怖が吹き飛んだわ……。この世界、めちゃくちゃ最高じゃん!!!」
彼は大袈裟なポーズを決め、天に向かって手を突き上げた。
「ステータス・オープン!!」
――何も起きない。
エロンは姿勢を崩し、呆然と自分の手を見つめた。
「嘘だろ!? クソつまんねぇ! 俺の超絶チート能力は、まだ覚醒してないってことか!? ははっ!」
彼は両手で頬を押さえ、興奮気味に喜び始めた。
「でも、すげぇ! 最高だ! 異世界転移なんて、ずっと俺の夢だったんだよ! 人生で最高の出来事だわ!」
しかし、その興奮は急激に萎んでいく。
「でも……。俺の両親は、どうなるんだ?」
頭を振り、この次元を超えた旅につきまとうネガティブな思考を振り払おうとした。
「ダメだ、今はそんなこと考えちゃいけない。メンタルが崩壊する。母さんもいつも言ってた、完全に道に迷った時こそ、前に進み続けろって」
エロンは街を歩き続けた。すると、通りの喧騒に掻き消されそうな、鈍い音が路地裏から響いた。
好奇心に駆られ、彼は近づいていく。
路地裏に足を踏み入れた瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、地面に転がる人間の『死体』だった。そしてその前には、蜘蛛の意匠があしらわれた衣服を身にまとった男が立っていた。
白髪の男は、驚く風でもなくエロンを真っ直ぐに見つめた。
「な、なな、なんだこれ……っ!?」
少年の目はこれ以上ないほどに見開かれた。死体を前にしてガタガタと震えながら、3歩後ずさる。悲鳴すら上げられない。トラウマのあまり、身体が完全に硬直していた。
男は狂気的な笑い声を上げ、エロンに近づいてくると、彼の首に向けて触れることなく開いた手をかざした。
「おや……可哀想に。あの男の首にはかなりの賞金がかかっていてね、何事も金が一番だ。君も消えてもらわなければ困る。僕の計画の障害(お荷物)になられてはね……」
男の指先から、糸の魔術が展開され始める。
「や、やめろ……。お願いだ……殺さないでくれ……」
恐怖で声が出ない中、エロンは懇願した。
脳は「動け」と必死に叫んでいるのに、身体が拒絶する。完全に凍りついていた。
一瞬の攻撃だった。
エロンの首は刎ね飛ばされた。少年の頭部が地面を転がり、鮮血が床に広がっていく。
その瞬間、エロン・ユウシンは、ただの『死体』と化した。
――だが。
突如として、彼は目を開けた。
気づけば、彼は先ほどと全く同じ、石造りの橋の上に立っていた。
「は?……」
まだ身体が震えている。周囲を見回すと、自分がこの世界での旅を始めた、まさにその正確なスタート地点に戻っていることに気づいた。
「あぁっ!?――」
彼は叫び声を上げた。掠れた声のまま、何歩も後ずさる。
「何が起きたんだ!? し、死体はどこだ!? あの白髪の男は!? い、今の、夢だったのか!?」
エロンは恐怖に支配され、激しく呼吸を乱していた。
再び混乱しながら街を歩き始めると、先ほどと全く同じ、馬車を引く竜たちが視界に入り、同じ人々が行き交っていた……。
精神的に追い詰められ、この状況に対する準備など何一つできていない彼は、今にも涙を流しそうだった。
その時、彼は一人の男と激突した――あの、身長2メートルの筋肉隆々の大男だ。
「おい! どこ見て歩いてやがる、この泣き虫が!」
男は全く同じ肘打ちをエロンの顔面に食らわせ、彼を地面に吹き飛ばした。そして、舌打ちをしてそのまま歩き去っていく。
エロンは泣き言を言いながら立ち上がったが、ある法則に気づいた。同じセリフ、同じ行動。何が起きているのか理解できなかった。
「あいつ……またあいつか!? 答えが必要だ!」
彼は男の後を追いかけ、その肩を掴んだ。巨漢は軽蔑の眼差しで少年を振り返る。
「何の用だ、ガキ? 用があるならさっさと言え、俺は忙しいんだ!」
少年は生唾を飲み込み、肩から手を離して話す準備をした。
「あんた、質問に答えてくれ……。一体何が目的だ!? 今日だけで俺に肘打ちを食らわせたのは、これで2回目だぞ! 失礼すぎるだろ!」
男は舌打ちをし、激昂した。
「何が目的だと? それはこっちのセリフだ、このクソガキが! 俺はお前なんて今初めて会ったし、人生で見るのも初めてだわ、無礼者が! 失せろ、頭の狂った奴に付き合ってる暇はねぇんだよ!」
男は拳を握り締め、エロンの顔面に拳を叩き込んだ。エロンの身体は後ろへ吹き飛ぶ。
涙を流しながら、少年はゆっくりと立ち上がった。
「初めて、だって? 頭が狂ってるのはあいつの方だろ……。なんなんだよ……」
行く当てもなく、彼は再び街を彷徨い始めた。
この不可解なミステリーの構造も、先ほど目撃した死体の意味(それが「先ほど」と呼べるものならだが)も分からぬまま、少年はまだ知る由もなかった。
自分が、これから絶対に遭遇するはずのない『ある人物』と出会うことになるということを。
突如としてループに巻き込まれ、混乱の極みに達した少年・エロン!
あの路地裏で見届けた白髪の男に対し、彼は奇妙な「既視感」を覚えていた。どこか見覚えがある、しかし、同時に会うのは絶対に初めてのはずなのだ……。
果たしてエロンは思考を巡らせ、彼を助ける(あるいは事態を打破する)ことができるのか? それとも、何が起きたのか理解できぬまま翻弄され続けるのか――!?




