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第9話:職人の都(不知火工業地帯の誕生)

上杉謙信との盟約から三。不知火鋼、数えで五歳。

かつて「越後の最果て」と蔑まれた不知火領は、今や日の本全土から職人と商人が吸い寄せられる、異形の「機巧からくりの都」へと変貌を遂げていた。

「——弥助。炉の温度が三度低い。風送りのふいご、歯車の噛み合わせを調整しろ」

五歳になった俺は、大人用の羽織を肩にかけ、巨大な熱気を放つ鉄打ち場を歩いていた。

俺の背後には、もはや俺を「若君」ではなく「工師様こうしさま」と呼び、神仏のごとく崇める技術者集団が控えている。

「はっ、直ちに! 鋼様の図面通り、一分の狂いもなく直させまする!」

弥助は今や、百人以上の鍛冶師を束ねる「工頭」だ。だが、五歳の俺が発する一言には、戦場での下命以上の重みがあることを、彼は身を以て知っていた。

【不知火の産業革命】

俺がこの三年間で、軍神の加護のもとに築き上げたのは、単なる村ではない。

【不知火工業地帯】——そう呼ぶべき、高度な分業制を用いた「工廠こうしょう」である。

水力による自動化:

山からの急流を利用し、巨大な水車を設置。その回転動力を歯車で伝え、巨大な「自動槌つち」を動かす。人の手では不可能な均一な力で、鉄を叩き、不純物を排する。

高炉の完成:

俺の図面により、耐火煉瓦を用いた縦型高炉が完成。これまでの「たたら製鉄」を遥かに凌ぐ生産量と純度を誇る鋼が、滝のように流れ出している。

規格化された量産:

「刀」や「槍」の部品を共通のテンプレートで作り、誰が組み立てても最高水準の武器になる「規格化」を導入。これにより、不知火軍の武具はすべてが「名刀」に匹敵する性能を持つに至った。

【父・鉄山の驚愕】

「鋼よ……。これが本当に、わしの知る不知火領なのか?」

視察に訪れた父・鉄山が、呆然と立ち尽くしていた。

目の前には、整然と区画整理された職人街。そこには煙突から煙が立ち昇り、絶え間なく金属を打つ音が心地よいリズムを刻んでいる。

領内の田畑は、俺が設計した「自動揚水機」により、日照り知らずの青々とした海となっていた。

「父上。これはまだ、基礎工事の段階に過ぎません。越後の龍に捧げる『義の武具』を作るには、さらなる精度が必要です」

「……お前は、この国をどこへ導くつもりだ。五歳にして、天下をその掌で転がしているように見えるぞ」

鉄山の言葉に、家臣の権蔵が深く頷く。

「殿。若君の描く図面は、もはや現世の理を超えております。……昨日、若君が設計された『遠くを見る筒(望遠鏡)』を覗きましたが、数里先の敵の顔まで見えましたぞ」

「……望遠鏡、か。それがあれば、戦の概念が根底から覆るな」

鉄山は、もはや驚くことにも疲れたようで、自慢げに笑った。

かつて「飢え」を心配していた小領主は、今や「日本一の軍需産業」を抱える大名へと、知らぬ間に格上げされていたのだ。

【新たな火種:堺からの客】

だが、不知火の噂は、上杉の領内だけには留まらなかった。

ある日、屋敷の門前に一人の商人が現れた。

「……堺の商人、今井宗久と申します。不知火の『鉄』と『機巧』、ぜひともこの目で拝見したく」

俺は応接の間に座り、五歳児特有の無垢な笑顔(という名の仮面)を浮かべて彼を迎えた。

手には、俺が暇つぶしに改良した「南蛮渡来の火縄銃」の図面を携えて。

(……来たか。物流の要、堺の商人)

俺は心の内で不敵に笑う。

上杉謙信という最強の盾を得た今、次に必要なのは「経済のネットワーク」だ。

「今井殿。不知火の鉄は、金より重く、金剛石より硬い。……さて、貴殿の持つ『情報』と、どちらが価値があるか、取引(商談)を始めましょうか」

五歳の軍師・不知火鋼。

その野望は、ついに越後の山を越え、大海へと漕ぎ出そうとしていた。


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