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第7話:越後の龍、来たる(上杉謙信との会談)

村上勢三千をわずか五百で灰塵に帰した『蛇の口の戦い』。その衝撃的な勝報は、春の嵐のごとく越後全土を駆け巡った。

そして、その報に最も早く、最も鋭く反応した者がいた。

「——父上。越後の龍が、動きました」

二歳の俺は、不知火家の広間で静かに告げた。

数日後、街道を埋め尽くすのは、整然と並んだ白地に『毘』の旗印。上杉謙信——当代随一の戦術家にして、義に生きる軍神が、自ら五百の騎馬を連れて不知火領の境界に現れたのだ。

「鋼、いかがする。あのお方は、村上のごとき小物とは格が違う。戦うか、それとも……」

鉄山の声に、かつてない緊張が走る。

「いえ。今はまだ、この不知火のうつわを世に晒すべき時ではありません。今は龍の翼に隠れ、牙を研ぐべき『潜伏のとき』。軍神の保護を受け、その傘下で領内の造作を盤石にするのが最善です」

俺は父に説いた。

武力で抗うのではなく、圧倒的な「価値」を示して対等に近い盟約を結ぶ。

それが、しがない事務屋から転生した俺が導き出した、最も生存率の高い経営戦略だった。

【龍との対峙】

不知火家の屋敷、その最奥の間に、冷徹なまでの静寂が満ちていた。

上座に座すのは、透き通るような肌と、すべてを見透かすような鋭い眼光を持つ男。長尾景虎——後の上杉謙信である。

「不知火鉄山。……そして、その膝元におる幼子よ。面を上げよ」

謙信の声は、鈴の音のように清らかでありながら、抗いがたい威厳に満ちていた。

俺は父とともに顔を上げた。謙信の視線が、俺の瞳に真っ直ぐに突き刺さる。

「蛇の口での戦、聞き及んでいる。五百の兵で、三千を戦死者なく退けたとな。……あれは人のわざではない。天の配剤か、それともあやかしの仕業か」

「いずれでもございません、上杉殿」

俺は父の言葉を待たず、幼い声で、しかし堂々と答えた。

「あれは、ことわりに基づいた当然の結果にございます」

謙信の眉が微かに動いた。

「……ほう。二歳の童が、理を語るか」

「御実検ください。これが我が不知火の示す『理』にございます」

俺は権蔵に合図し、一振りの刀を差し出させた。

弥助が鍛え、俺が図面を引いた、不知火鋼しらぬい・はがねの最高傑作。

謙信がそれを抜き放った瞬間、部屋の空気が一変した。

「……なんと」

謙信の目が驚愕に見開かれる。

名刀を数多所持する軍神が、その刃に宿る異常なまでの「純度」と「強靭さ」を一目で見抜いた。

さらに俺は、懐から一枚の書状——この地を起点とした、越後全域の「新田開発と水利の設計図」を差し出した。

「我が不知火は、上杉殿の『義』の戦を支える工廠こうしょうとなりましょう。折れぬ刀、尽きぬ兵糧、そして負けぬ城を、我が図面が提供いたします」

【盟約の儀】

謙信は刀を鞘に収め、深く、長く息を吐いた。

そして、突如として天を仰ぎ、声を上げて笑った。

「ははは! 越後の北端に、これほどの宝玉が眠っていたとは! 景虎、不明を恥じるばかりよ!」

謙信の瞳から、警戒の光が消え、代わりに深い興味と歓喜が宿った。

彼は俺の前に歩み寄り、その白く細い手で、俺の肩に触れた。

「鋼と言ったか。お前の瞳には、この乱世の先が見えているようだな」

「……はい。私が描く図面には、平和しずかなる日の設計図も含まれております」

「良かろう! 不知火家は本日より、上杉の特別な寄騎よりきとして扱う。領内の差配はすべて鋼、お前に一任する。その代わり、我が軍にその知恵を貸せ」

こうして、俺は最強のパトロンを手に入れた。

父・鉄山と家臣たちは、軍神を言葉一つで心服させた二歳の我が子を、もはや畏怖を通り越して「神の落とし子」として崇めるようになった。

(よし。これで『外敵』のリスクは最小限になった)

俺は謙信の背中を見送りながら、密かにほくそ笑む。

最強の盾(上杉軍)を手に入れた今、俺がやるべきことはただ一つ。

(さあ、本格的に始めようか。この戦国時代に、千年前倒しの『産業革命』を叩き込んでやる)

軍神の加護を得た不知火鋼。

その知略は、越後を越え、やがて日の本全土を揺るがす巨大な潮流となっていく。


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