第4話:諸葛孔明の納期管理(三日で敵を潰す方法)
「——父上。その配置では、三日と持ちませぬ。納期(合戦)に間に合いませんよ」
不知火家の広間に、凛とした、しかしどこか冷徹な幼子の声が響いた。
数えで二歳。ようやく舌が回り始めたばかりの俺——不知火鋼は、広間に広げられた粗末な地図を見下ろしていた。
母・志乃は驚きで口を押さえ、父・鉄山と家臣の権蔵は、彫像のように固まった。
二歳の子供が、淀みない口調で「兵法」を口にしたのだ。
「は、鋼……? 今、なんと申した」
「現状の戦力分析です。敵の村上勢は三千。対する我が不知火軍は、農兵を合わせても五百。正面から当たれば、一時間で事業停止(全滅)です」
俺は小さな手で、地図上の「蛇の口」と呼ばれる狭い谷間を指差した。
そこには、俺が事前に引いた「防衛設備の設計図」が何枚も重ねられている。
「だがな、鋼。この谷に柵を築いても、数で押されれば……」
「父上、今までの私の『仕事』を疑うのですか?」
俺は鉄山を真っ直ぐに見据えた。
鉄山の手には、俺が設計し弥助が打った、一振りで岩を断つ名刀。
その背後には、俺が改良した土壌で育った、黄金の稲穂が詰まった蔵。
そして、目の前には二歳児とは思えぬ知略を宿した、我が息子の瞳。
「……疑わぬ。お前が指し示した『図面』に、間違いがあったことは一度もなかった」
鉄山は深く息を吐き、膝をついて俺と同じ目線になった。
家臣の権蔵に至っては、もはや主君を見る目ではない。神殿の御神体を見るような、崇拝に近い眼差しで俺を拝んでいる。
「教えてくれ、鋼。この圧倒的な戦力差を、どうハック(覆)す?」
俺は不敵に笑い、地図の上に三つの「×」印を書き込んだ。
「戦とは、情報と物流、そして心理の管理です。敵の村上は、我が領に『隠し銀山』があると思い込んでいる。……ならば、それを見せてやりましょう。彼らが喉から手が出るほど欲しがる『偽の金銀』をね」
俺のプランはこうだ。
【偽装環境】の構築: 谷の奥に、さも銀山があるかのような大規模な「偽の採掘場」を建設する。
【動線制御】: 敵が「銀山を独占したい」という欲に駆られ、陣形を崩して狭い谷へ一列に突っ込んでくるよう仕向ける。
【高効率排除】: 谷の両岸に、俺が設計した「連弩」と、爆発力のある「改良黒色火薬」を仕掛けた落石トラップを配置。
「……連弩だと? そんな武器、聞いたこともないぞ」
「諸葛孔明が考案したといわれる、連続射撃可能な弩です。弥助に図面を渡し、既に五十基を『特急納期』で完成させてあります」
俺は権蔵に合図を送った。
権蔵は震える手で、布に包まれた「それ」を取り出す。
それは、複雑な歯車とレバーが組み合わさった、戦国時代には存在し得ない「精密機械」だった。
「これで、一人が十人の働きをします。五百の兵は、実質五千の火力となる」
広間が静まり返った。
鉄山は、二歳の我が子の頭を、壊れ物を扱うように優しく撫でた。
「わかった。不知火の命運、お前の『図面』に預ける。……権蔵! 領民全員に伝えろ! 若君の『設計図』通りに動けとな!」
「ははっ! 若君はまさに、我が領を照らす不動明王の化身……! 命に代えても、完遂してみせまする!」
権蔵は涙を流しながら平伏した。
二歳児の言葉を、大の大人が、一国の武士たちが、一点の疑いもなく信じている。
これが、今まで俺が積み上げてきた「信頼という名のキャッシュ」の結果だ。
(よし、決裁は下りた。……村上家よ、無謀なM&A(侵攻)を仕掛けた代償は、高くつくぞ)
数日後。
不知火領を飲み込もうと進軍してきた村上勢三千は、狭い谷の中で、この世のものとは思えない「計算され尽くした地獄」を目にすることになる。
鋼(二歳)、人生初の「プロジェクト・オーバーキル(殲滅作戦)」が幕を開ける。




