第3話:黄金の田畑計画(土壌改善の魔法)
「……これは、ひどいな。前世の不毛な会議室より不毛だぞ」
生後四ヶ月。俺は母・志乃の背中に揺られながら、不知火領の「メインバンク」である田畑を視察していた。
眼前に広がるのは、ひび割れ、痩せ細った土。稲はひょろひょろと頼りなく、まるでお局社員の嫌味のようにトゲトゲしく逆立っている。
(構造解析開始。……あぁ、やっぱりな)
【対象:不知火領・中央耕作地】
土壌状態: 強酸性(積雪と火山灰の影響)。
栄養素: 窒素・リン酸・カリウム、すべてにおいて欠乏。
水利: 垂れ流しの未整備水路。泥が詰まって循環率20%。
予測収穫量: 例年の半分以下。……餓死ルート確定。
「鋼、見てごらんなさい。今年も、お米が育つのは難しそうですね……」
志乃が悲しげに、俺の小さな手を握る。
隣では父・鉄山と家臣の権蔵が、泥にまみれて絶望していた。
「殿、やはりこの土地は呪われております。どれほど肥えを撒いても、土が力を吸い取ってしまう……」
(呪いじゃない。ただの『pH値(水素イオン指数)』の問題だ)
戦国時代の農民は知らない。雪国特有の酸性土壌が、植物の根を焼いていることを。
そして、それを「中和」する術が、すぐそこにあることも。
俺は志乃の肩を叩き、「あぅ! あーう!」と声を上げた。
そして、あらかじめ用意させていた「石灰石の粉末」と、鍛冶場で出た「木灰」の入った袋を指さす。
「若君? また何か、お考えが?」
権蔵が、鍛冶場での一件以来、俺を「神童」として崇めるような目で見つめてくる。
俺は志乃の背中から身を乗り出し、あぜ道に落ちていた枝を拾った。
そして、地面に「大きな円」と「四角いマス目」を描く。
(いいか、まずは土壌改良だ。石灰と灰をこの比率で混ぜて、土に漉き込め。これで酸性を中和する。……それから、これだ)
俺は次に、複雑な「水路のバイパス計画図」を描き込んだ。
今のままでは、冷たい雪解け水が直接田んぼに入り、稲が「冷害」で死ぬ。
一度、浅い池(温水溜め)を経由させることで、水の温度を上げてから流し込む——現代の寒冷地農業の基礎知識だ。
「……殿。若君が描かれたこの図、もしや水の流れを変えろと?」
権蔵が図面を読み解こうと必死に目を凝らす。
「それだけではないぞ、権蔵。……この白い粉(石灰)を土に撒けと仰せだ。……狂気の沙汰に見えるが、あの刀を作らせた鋼のことだ。何か、理があるはずだ!」
鉄山が決断した。
「よし、全領民を集めろ! 鋼の図面通りに、この田を掘り返すぞ!」
それからの不知火領は、鍛冶場の時以上の騒動になった。
「赤ん坊の言う通りに土を白く染めてどうする」「先祖代々のやり方を変えるなど」と反発する老農夫たち。
(……あぁ、どこの世界にもいるな。新しいシステム導入に反対する現場のベテラン勢)
俺は志乃に抱かれながら、反対派の筆頭である老農夫の前に立ち、じっとその目を見据えた。
そして、彼が持っている「ボロボロの鍬」を指さし、昨日弥助に作らせた「最新型の鋼の鍬」を差し出させた。
(御託はいい。ツールの性能差を体感しろ。それが一番のプレゼンだ)
新しい鍬を振るった老農夫は、その吸い込まれるような土離れの良さに絶句した。
「……こ、これは……力が要らねえ。吸い付くように土が返る……!」
(よし、デモンストレーション成功。次は実務だ)
一ヶ月後。
石灰で中和され、温かい水が循環し始めた不知火領の田んぼは、劇的な変化を遂げた。
稲の緑は深く、茎は太く、まるで別の土地から持ってきたかのように力強く根を張っている。
「……信じられん。土が、生き返っておる」
鉄山が震える手で稲に触れる。
さらに俺は、あぜ道に「大豆」を植えるよう指示した(根粒菌による窒素固定だ)。
これも現代では常識だが、戦国時代では魔法に等しい。
「若君……あなたは、本当に、我らを救うために遣わされたお方だ……!」
領民たちが田んぼに跪き、俺に向かって手を合わせる。
(いや、ただの効率化なんだけどな……。……まあ、いいか。これで冬のボーナス(備蓄米)は確保できそうだ)
だが、不知火領が「豊か」になり始めたという情報は、当然、壁の向こうにも漏れる。
「殿! 隣領の村上家より使者が! 『不知火が隠し銀山を見つけたとの噂あり、直ちに釈明に参れ』とのことにございます!」
権蔵の報告に、屋敷の空気が凍りついた。
軍事介入の口実——。典型的な「強引な買収案件」だ。
俺は志乃の胸元で、ふっと口角を上げた。
(……いいだろう。技術の次は、コンサルティング(軍略)の時間だ。諸葛孔明の兵法、戦国の脳筋どもに叩き込んでやるよ)
生後五ヶ月。
不知火鋼、いよいよ「乱世の交渉術(合戦)」に乗り出す。




