第2話:納期は明日? 無茶言うな(鍛冶場改革)
「——殿! これでは、これでは戦になりませぬ!」
翌朝、不知火家の屋敷に響き渡ったのは、領内唯一の鍛冶職人・**弥助**の悲鳴だった。
生後数ヶ月、母親の志乃に抱かれた俺の目の前には、ボロボロの鉄屑と、刃こぼれして「鋸」のようになった刀が並べられている。
(……ひどいな。前世の倒産寸前の工場でも、もう少しマシな備品を使ってたぞ)
俺は志乃の腕の中で、冷静に「構造解析」を続行していた。
【対象:不知火領・鍛冶場】
設備状況: 炉の温度不足(送風機能の欠陥)。
燃料: 不純物の多い木炭。
技術力: 経験と勘のみ(再現性ゼロ)。
納期: 隣領・村上家との境界争いまで、あと三日。
(三日でこのゴミの山を武器に変えろ? 現場を知らない営業部でも言わない無理難題だぞ、これ)
父・鉄山が苦渋の表情で腕を組む。
「弥助、なんとかならぬか。村上家は研ぎ澄まされた備前刀を揃えておるというのに……」
「滅相もございません! この北端の砂鉄は不純物が多く、何度叩いても脆くなるばかり。火の色を見ても、どうしても温度が上がりきらねえんです!」
弥助が地面に頭をこすりつける。
それもそのはずだ。俺の【万能図解】には、炉の断面図が「欠陥品」として赤く点滅して表示されている。
(空気の流入経路が非効率なんだよ。あと、粘土の配合が甘いから熱が逃げてる。……よし、修正図面を当てるか)
俺は志乃の胸元から身を乗り出し、弥助が持っていた「粘土を捏ねるための木ベラ」を奪い取った。
「鋼? こら、危ないですよ」
志乃が止めようとするが、俺は必死に手を動かす。
床の土の上に、俺は木ベラで「線」を引き始めた。
ただの落書きではない。精密な二重鞴の構造図と、炉の内部に設けるべき「熱反射壁」の設計図だ。
「……あぅ! あー、うー!」
(おい、髭面職人! ここをこうして、こう叩け! そうすれば温度はあと二百度上がる!)
「若君……? 何を……あ、いや。これ、は……」
弥助の目が点になる。
最初は子供の遊びだと思っていた鉄山や権蔵も、俺が描く「あまりに幾何学的で整った図形」を見て、言葉を失った。
(現代の燃焼工学に基づいた、高効率炉の基本設計だ。文句はあるまい)
俺はさらに、炉の隅に転がっていた「石灰石」の破片を指差す。
砂鉄に含まれる不純物を取り除くためのフラックス(溶剤)としての利用——その投入比率を、指を三回立てることで示した。
(三対一だ。これでリンも硫黄も分離できる。化学の力、舐めるなよ)
「……殿。若君が指し示しておられるのは、まさか……『炉の作り直し』にございましょうか?」
弥助の声が震えている。
「弥助、お前にはこれが解るのか」
鉄山の問いに、弥助はふらふらと立ち上がり、俺が描いた図面を食い入るように見つめた。
「解ります。理屈はわからねえが、この図の通りに風を送れば、火が……火が化けます。若君は、炎の理を書き換えておられる……!」
(よし、話がわかる職人で助かった。現場が有能なら、ディレクションは楽だ)
そこからの不知火家は、てんやわんやの大騒ぎになった。
赤ん坊の指図(?)で、領主自ら土を運び、家臣たちが鞴を組み立て直す。
「あぅ、あー!(納期まであと四十八時間だ! 休憩は交代制! 進捗報告を怠るな!)」
俺は志乃の背中で揺られながら、脳内の設計図と現実の工事を照らし合わせ、ズレがあれば「あぅ!」と叫んで修正させた。
前世で鍛えた「工期管理」のスキルが、戦国時代の鍛冶場を支配していく。
そして翌々日の夜。
不知火領の鍛冶場から、かつてないほど真っ白で、澄んだ炎が噴き上がった。
「出た……出たぞ! 不純物が、泥のように流れ出していく……!」
弥助の歓喜の叫び。
炉から取り出されたのは、月明かりを弾くほどに純化された鋼の塊だった。
それを弥助が渾身の力で叩き、延ばし、焼きを入れる。
完成したのは、一振りの打刀。
見た目は無骨だが、その内部構造は現代の金属工学ですら「理想的」と言わしめる、完璧な炭素配分。
「……信じられん」
鉄山がその刀を手に取り、庭の庭石を軽く一閃した。
キンッ、という軽い音。
硬い石が、まるで豆腐でも切ったかのように、滑らかな断面を見せて両断された。
「……刃こぼれ一つ、しておらぬ。村上家の備前刀どころか、これは……天下の名刀すら凌駕しておるぞ」
静まり返る一同。
全員の視線が、母親の腕の中で「ふぁぁ」と欠伸をしている俺に集まった。
(ふぅ……ひとまず初期納品は完了、といったところか)
俺は満足げに目を閉じる。
だが、これで終わりではない。
(武器が揃ったら、次は『兵站』だ。腹が減っては戦はできん……さて、次は農業の仕様変更といこうか)
生後三ヶ月。
俺の「戦国ハック」は、まだ始まったばかりだ。




