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異世界帰還事業、今日も稼働中。  作者: ウタゲ
Case:003 修好規約
8/20

002/016 「ヤバい人です」

 異世界召喚。

 ラノベ、アニメではお馴染みで、現代日本人の感覚を持たせながら、日本以外の場所へと移動することで起きる各種ギャップを利用して話を進めたり、日本とのつながりが無いが故に好き勝手やることもできるという、一大ジャンルである。

 一般市民の目につくことはなくても、自家制作などの草の根活動においては細々と、しっかりと生き抜いていたジャンルであり、それだけ色々な人が触れてきた物語の骨子でもある。

 

 その中で王道と呼ばれる呼び出し理由としては、魔王などの世界の危機が挙げられる。

 一方、社会の成熟とオタク文化の成長により、召喚に様々な理由が考察されるようになり、政争や呼び出し側が悪だった、などのズラしによるフックも数多考えられた。

 

 現日本における召喚理由として大別した場合、前者が二割、後者が七割、残り一割が偶然などのその他要因に分けられる。

 人の欲というものをよく理解した創作への深化を果たしたオタク文化を褒めれば良いのか、ラノベ文化の認識の範囲を越えられなかった異世界に呆れれば良いのか、人によって評価が難しいところだろう。

 

 そして現在、神谷とノア、そして要救助者であるはずの湊早苗の巻き込まれた召喚事案は、珍しく「正当性」のあるものではあった。

 

『……と、こういうわけで。

 本来なら湊さんを連れてそそくさと帰るのがいつものクロネコ便なわけですが、どうも異世界型波及事案の可能性があるわけでして、何度かの行き来の必要性が認められるため、即帰宅、というわけには行かないわけですね。

 ニュースや学校の社会の授業などで軽く教えられたりしているようですが、聞き覚えなんかありませんか? 』

「あ、はい。

 なんか思い出してきました。

 鉄の同位体を取れる世界が何とかとかで、一緒に帰ってきた人たちが有休扱いになってたとか。」


 小狐ぬいぐるみモードのノアを抱きしめながら歩く早苗に軽く現状の説明をするノア。

 その説明に対し、早苗は五ヶ月ほど前にチラッと何かのニュースで流れていた情報を思い出した。

 朧げではあるが、確かそんなに頻繁にあることではないとか何とか騒ぎになっていたな、と思い出すと同時に、製鉄工場に勤務する父がその夕飯で興奮しまくっていたことまで連鎖的に掘り出される。

 

『えぇ、基本的には貿易などの繋がりにはなりますが、それ以外でも倫理的な問題がなければ、基本不干渉としてそれなりに繋がりを持つ、などということは結構あります。

 リ・リアンス配下の「天秤組」、所謂外相に当たるグループなんですが、そこの広報担当、メイリア︎社さんのサイトなんか見ると、誇らしげに異世界との交流に関して書いてますよ。』

「あはは……み、見たことないなぁ。」

『でしょうね。学生さんでそこまで見る人なんて数%もないでしょうし。

 まぁ、そんなわけで、この世界もそれに当たりそうだ、というわけで、話の最初に戻るわけですね。』

「えっと……

 とりあえず、家に帰すのはちょっと待ってね、ってことで良いですか? 」

『はい、その認識で問題ありません。』

 

 じっとしつつ、ノアは自ら作り出したぬいぐるみ型センサーによって収集されるバイタルサインを観察する。

 帰れるとわかっているのに、それが即座に行われないことで暴れ出す救助者の例は資料内にも散見される。

 暴れたり、泣いたりしてしまった場合には即座に沈静化させられるよう、いくつかの事例や褒賞についての説明も行えるが、それは適宜相手側が噛み砕いて理解できるようなタイミングでの話をしたかったため、できるだけ取りたくない手段でもあった。

 ぎゅう、と一度強めにノアぐるみが抱きしめられた時、ノアは感心してしまった。

 早苗の心拍数、発汗などから推測されるストレス値が微小ながら減衰し始めていた。

 自分自身の立ち位置を理解し、助けは必ず行われると理解し、不安を解消してみせはじめたのだ。

 単なる高校生にしては稀有なそのメンタルのリセットに、ノアはご褒美ですと言わんばかりに尻尾でペシペシと腕を撫でた。

 

「あの、ノア、さん? ちゃん? 」

『呼びやすい方で構いませんよ。』

「じゃ、ノアちゃんで。

 えっと、お家には、帰れるんだよね? 」

『はい、間違いなく。』

「うん、そっか、そうだよね。

 エスコーターの人は、すごい人だもんね。」

『ええ。

 すごい人だらけです。

 その中でもあの人は特に……』

「特に? 」

『ヤバい人です。』

「ダメじゃん!!! 」

 

 ▪️▪️▪️▪️

 

 唐突な大声に神谷が振り向く、それに併せ、大柄な、神官のような役目を果たしていた現地の男も振り向いた。

 唐突に大柄な男性二人から視線を向けられることに焦りを覚えてしまったのか、自分の手で口を塞ぐ早苗に、何かのトラブルではなかったか、と確認をするとニコリと笑い、害意がないことを示すとまた前を向いて歩き始める。

 

「黒の人よ、良いのか。

 我が部族では子供の大声は時には問題の前兆であるが。」

「構わない、酋長よ。

 表情に曇りはない。きっと胸に抱く動物がいたずらでもしたのだろう。」

「そうか。」

 

 ゆっくりと頷き、神谷を導くように歩みを進める。

 190cm弱はあるはずの神谷が、目線を合わせるためには見上げる必要があるほどに大きなその体は、日に焼けた褐色の肌で太陽の光を照り返し、大小の傷を誇らしげに輝かせていた。

 

 本来は戦士なのだろう。

 しかし、その振るう腕だけではどうしようもない事態がこの大陸に、この星に起こっている、神谷はそう見当をつけていた。

 

 衛星を打ち上げるか、高度な術式でも使わない限り神谷の足元にある星の人型生命がどの程度の存在か詳細はわからない。

 しかし、召喚式と現地の空気、そして何より強めに感知を行った際のあまりにも不自然な、悲鳴にも思える歪な『流れ』に、神谷は異世界接触の際に適用される「緊急避難召喚」に当たると判断した。

 

「酋長よ、あの家か? 」

「そうだ。

 星巫女様は自分で祭壇に行くと言っていたのだが、どうしても動かせないと、我々の懇願で寝床にいてもらっている。

 無礼は承知だが、もう少しだけ歩いてほしい。」

 

 両手の指を段違いに組む仕草、日本ではお辞儀にあたるらしいその作法は、相手を見ることを最上位の敬意と警戒を示すこの部族において、武器を持たないという明示になるらしい。

 その敬意を受け取り、神谷は首肯した。

 案内の間、不躾な視線や不快な光景は無かった。

 一時的とはいえ、しっかりと神谷の目の前の酋長が部族の民を統率できているということなのだろう。

 呼び出した相手を侮らず、敬意を持つ。

 神谷にとってみれば、相手は立派な文明人であった。

 であるならば、交渉は可能で、そのための些少な労苦は負って当たり前のものだった。

 

「湊さん。」

「は、はい! 」

 

 ピシ、と両足をそろえ、神谷の声に早苗が直立する。

 大きな男から、優しく、ゆっくり、苗字で声をかけられたとはいえ緊張してしまうのは目の前の日本人男性が2mをゆうに超える男と何の恐れも見えないように話していたからだろう。

 一般的な女性の身長でしかない早苗にとっては、大きく見上げる男性はそれだけで警戒をしてしまうのだ。

 

「あの丘の上に行くみたいなんだけど、足、大丈夫? 

 何ならノアにもう少し補助の強度あげさせるし、歩きたくないんなら背負っても良いけど。」

 

 神谷の指さす先、少しばかり遠めの丘の上。

 一目見て歩いてきた街中の家よりもしっかりとした装飾のされたそれは、なるほど、歩いて行くには少々苦労しそうな距離にも見えた。

 

「だ、大丈夫です! 歩くの好きですから! 頑張ってついていきます! 」

 

 口角をあげ、笑みの形にしてそう張り上げた言葉に、ふぅ、と軽く息を吐くと、神谷はコート内側から何本かの棒を取り出した。

 それをかちゃかちゃと組み上げ、十秒足らずで背負子を組み上げると自らの背に背負う。

 

「ノア。」

『承知しました。

 湊さん、がっつり目に失礼しますね。』

「え? 」

 

 ノアの返答と同時に、早苗の体が浮き、神谷の背負子に座る形で乗せされた。

 普通に立っているよりも高い視界、それに呆けてしまっている間に、早苗の背中側から後ろ向きに景色が流れはじめた。

 

「君、文芸部だろ。

 子供があんまり遠慮するもんじゃない。

 こっちはただでさえ同行をお願いする立場なんだからさ。」

『そうですね、疲労は溜めないようにしていたとはいえ、使っていない筋肉と骨は、しっかりと影響を受けていますから。』

「え? な、なんで私の……」


 自身の部活まで知られていたことに驚いた早苗が身を捻り、神谷に上半身を向けての質問。

 焦るような早苗の声は、神谷の左耳付近で聞こえてきた。

 

「ご両親とクラスメイトさんからしっかりと湊さんのことは聞いてたよ。

 学校でのこと、家でのこと。

 だから、ほら。」

 

 神谷がどこからともなく紙袋を取り出し、肩越しに早苗に手渡す。

 袋越しの何だか懐かしい香りに、背負子に改めて座り直して、紙袋の口を開ける。

 

「わ、これ……」

『ほう。』

 

 中にはパッキングされた、暖かなままのほうじ茶のカップと、大好きなナッツ類を焼き固めたバーが入っていた。

 ふわりとかおる香ばしい香りと、庭の木の匂い。

 行儀が悪いと分かっていながら、早苗は思わずひと齧りしてしまう。

 カリ、という小気味いい音に、口の中に広がる胡桃やかやの実の味。

 知らず知らず溜まっていた緊張がふっと切れたのだろう、早苗の肩が落ち、神谷の背負う背負子に体重がかかる。

 

「泣いてたり疲れたりしてたら、渡してあげてくださいってさ。」

 

 背中越しに届く神谷の言葉に、早苗はノアと一緒に紙袋を抱きしめた。

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