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異世界帰還事業、今日も稼働中。  作者: ウタゲ
Case:003 修好規約
7/21

001/016 「お付き合いいただくことになりそうです」

 召喚事変。

 人々の目の前で、とある少女が消える、当時の感性から言えば大規模なマジックにしか思えなかったとある事件。

 それに端を発した騒動と、そこから得られた知見により、異世界召喚が現実にあり得るものだと証明されてしまってから、凡そ四半世紀。

 社会システムの改造に、政治形態の変化。

 経済や資源管理手法に至ってはもはや再構築とすら呼べるほどの変化を遂げた。

 日常によく起こり得る事態というわけではない、しかし確かに起こり続けている災害、強制召喚。

 それでも人々は日々を連ね、変容をしつつも日常を構築し直し、ついに安定した社会を取り戻していた。

 今日もまた、呼ばれるつもりのない人たちの召喚が国内のどこかで発生し、世界を渡って迎えにいく人間がいる。

 

「はい到着……うっわ。」

『これはまた。』 

 

 青く、抜けるような高い空。

 酸素濃度、重力、必須元素に問題は無し。

 フィルター越しに漂ってくる匂いにも特に危険を感じなかった神谷は、環境そのものには安心を感じつつ、それ以外の部分に疲れたような色を見せた。

 

「皆の者、もう安心だ! 巫女様の星申の述べるがままに我らの祈りが救い主様をこの地に導いたのだ! 」

 

 リーダー的立ち位置なのだろう、大きな羽飾りを頭に戴いた大柄な男性の声に、二〇メートルほど下に控える数多の人々が歓声を上げる。

 チラリと背中を見れば、茫然自失の女子高生。

 身に着けた制服には汚れ一つない。

 時間追跡は正確に作動したようで彼女の召喚とほぼ誤差なく神谷たちは到着ができたようだ。

 

「ぬ? 神さまが……二人? 」


 振り返る男、神谷には大柄なその体にそぐわぬ落ち着いた知性と純粋な感情がその目からは読み取れた。

 言葉はやはり他世界言語、しかし、似たような文法と単語はすでにノアの中に学習済みであるはずだ、と、軽く男に頭を下げた後、腕時計状態のノアに問いかける。


「えーっと、ノア、言語は? 」

『Fー2系統ですね。文法も単語も近いので、高精度翻訳は可能です。』

「ならいいや、素でやっとく、その間に湊さんに説明頼む。」

『承知いたしました。

 何か、気になることが? 』

「あぁ、色がな。

 ま、彼に聞いてみるさ。」


 早口でのやりとりの後、神谷は男に、ノアは救助者の対応に、と、分担を決定する。

 ポケットから取り出したボールを女子高生、みなと 早苗さなえに放り、神谷は困惑の表情を隠そうともしない大柄な男性に歩み寄り、話しかける。

 いまだに困惑から抜け出しきれない早苗の前に転がってくる真っ白なボール、石畳の上にも関わらずまっすぐ転がってくるそのボールは早苗の目の前50cmほどに来ると、ぼふっ、と音を立てて狐のぬいぐるみに変化した。

 

「わ、うわ、え、え? 」

『初めまして、湊 早苗さん。

 私、多層統合管理人格知能ノア、と申します。

 今の私は子機の様な物ですので正確な自己紹介とは言えませんが、どうかよろしくお願いいたします。』

「え、あ、はい、こちらこそ。」

 

 深々と頭を下げる狐のぬいぐるみに答礼をする早苗。

 群衆に囲まれた祭壇の上とはいえ、下を覗き込もうとせず、座り込んだままならば人々の視線に晒されることもないが故の安心なのだろう。


『こちら、私の名刺になります。』

「あ、ご丁寧にどうも。

 えーっと、クロネコ運輸。」


 ぬいぐるみのような短い手が差し出した、カラフルな和紙の名刺。

 それに書かれている社名を読み上げる早苗に、ぬいぐるみ姿のノアは満足そうに頷いた。


『はい、早苗さんの学校と親御さんの保険の兼ね合いもありまして、今回このような速やかな対応をさせていただくこととなりました。

 見たところ言語も日本語のままですし、変化も外見からは見受けられませんね。

 念の為、尻尾を握っていただけますか。』

「尻尾。」

『はい、こちらを。右手左手、どちらでも構いません。』


 背中をむけ、尻尾部分を早苗に向けるノア。

 ふかふかとしているように見えるそれを無遠慮に握るのは気が引けるようで、もらった名刺をポケットに仕舞い、両手で優しく挟むことにしたようだ。

 早苗の両手に柔らかな毛皮の感触が伝わってきて、思わず毛の流れに沿って手を動かしそうになる。

 ちなみにこの毛並みに関しては社内の女性社員たちによる監修が繰り返されており、現在バージョンで表すなら二〇は軽く超えている。

 

「えっと、こう、ですか? 」

『ありがとうございます。スキャン開始--完了。

 変異、変化、罹患無し。

 詳細な検査は必要ですが、おそらく隔離と洗浄だけで早めに日常生活へ戻れますね。』

「あ、はい、ありがとうございます。」

 

 くるりと佇まいを正し、正対するノア。

 早苗は結果として尻尾が両手から逃げ出してしまったことを少し残念そうにしながら、ノアの言葉に感謝の言葉を返す。

 

「それでえっと、私はすぐに帰れるんでしょうか? 」

『それがですね。

 私も彼もそのつもりだったのですが……』

 

 ノアが口を噤んだ瞬間、大柄な男が何かを叫び、同時に人々が沸いた。

 耳をつんざくような大歓声に、大柄な男は泣きながら右腕を高く突き上げていて、少し高い肩に、神谷が手を置いている。

 神谷の背中しか見えないが、それでもノアはその背中から感じるかすかな徒労感が神谷の確認した答えだと確信した。

 

『少々、お付き合いいただくことになりそうです。』

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