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異世界帰還事業、今日も稼働中。  作者: ウタゲ
Case:006 安常処順
34/34

002/002 「ありがとう、神谷君」

「神谷君。」


 かけられた声に、後ろを見上げる神谷。

 栗色の髪と、鋭く伸びた耳。

 引き締まった体に、生命力に満ちた美貌の女性がそこに居た。

 姿としては、最近都会では見かけることの多くなった異世界人の姿。

 名を、ミリエル=ハルドーン。

 神谷が三年ほど前に救助した、とある世界の難民の女性だ。


「お久しぶりです、ミリエルさん。」

「うん、久しぶり。

 神谷君はここにはあんまり来てないよね?」

「まぁ、はい。

 今日は何となく体を動かしときたくて。

 一応、免許の更新も近いですし。」


 ミリエルのいる場所見上げながら近づき、レーン外壁を飛び越えて人が座るための芝生敷きのスペースに飛び上がる神谷。

 改めて、ミリエルと顔を合わせる。

 救助の後も何度かリ・リアンスの人間を含んだ難民としての申請内容との齟齬が無いかの確認など、会話の機会を持っていた。

 一つの共同体の中で、唯一人、長と呼ばれる地位にいた人間の家族だったミリエル。

 彼女は集団のリーダーとして、各種の折衝を請け負い続けている。


「ミリエルさんは、最近は落ち着きました?」

「えぇ、リアンスの、天秤組の方だったかしら?

 みなさん本当によくしてくださって。

 最近はコミュニティのみんなもずいぶん馴染んだと思うわ。」


 どこか遠い目をしながら、日々を思い出すようにミリエルは言う。

 この地球に逃げてきて、集団のリーダーとして振る舞い、いることを知らなかった腹の子を地球で産み落とした。


「娘もね、最近は好き嫌いするようになっちゃって。

 私の料理よりも保育園のご飯が美味しい、なんて。

 ……ほんとに、なんてワガママなのかしら。」


 言葉とは裏腹に、嬉しそうな笑みを隠さずにそう愚痴を言う。

 ミリエル達の逃げてきた、地獄のような世界からしてみればあまりに眩しいワガママだった。


「ミリエルさんも、休みなのに運動されてるんですね。」

「うん、あの子ももうヘルパーさんに任せられるようになったから……

 だから、ね。

 どうしても体を動かしてしまうの。」


 自分の手のひらを覗き込むミリエル。

 その姿に、神谷は分かっていながら声をかける。


「やっぱりその傷、治さないんですか?」

「うん、こんなに良くしてもらった世界だもの。

 私たちが見せられる、唯一の教訓がこれだけだから。」


 ごつごつとした皮膚はいくらか柔らかくなったが、その手のひらに刻まれた何重もの傷跡と手術痕は、彼女達の意思によってそのままになっている。

 もちろん、リ・リアンス上層部もそこまでは望んではいない。

 彼女達の集団はとても理性的で、各種作業への従事も、魔法による制御も受け入れている。

 理想的な隣人であり、来訪者でもあるのだ。

 だからこそ、彼女達は平和な日本に、そうではない世界を示すために自らの傷跡を隠さない。


「わかってるの、戦に備える必要なんかない。

 この日本は平和だって、わかってはいるんだけど、ね。」


 つい戦を思考に入れてしまう。

 そんな自分を嘲笑うように力無い笑みを浮かべるミリエルに、神谷は視線を外し、近くに腰掛けながら口を開いた。


「まぁ、そういうもんですよ。」


 軽い言葉に、虚を突かれたようにミリエルが神谷を見る。

 薄く陰になっている神谷は、ミリエルではなくコースを走る四足の獣人を眺めながら言葉を続けた。


「他の世界から難民申請してきた人達も、何処か平和が落ち着かないって言ってました。

 きっと、皆さんの子供たちみたいに平和しか知らない世代になるまで、変わんないと思います。

 だから……」


 神谷はミリエルの目を、しっかりと見上げた。


「今は、お母さんとして、あの子達にできるだけの愛情を注いであげてください。

 この星は、この国は、きっとそれができる場所です。」


 資源なんかも人のいない世界からなら最低限取っていいですし、と、冗談めかして神谷が言う。

 日本が望む望まぬに関わらず、広くなってしまった世界。

 国民を奪おうと召喚を続ける国、世界はそれこそいくらでも存在し、その穴を塞ぎ、似たような事例を防ぐ防波堤を幾重にも築いてきた。

 そんな苦しみだらけの世界との交流の中で、ただ少し、ほんの少しだけの利点も生まれた。


 人のいない世界での小規模な資源採掘許可。

 全くの別系統で育った文化の見取り。

 1の利点と9の害悪。

 その利点を最大化することで、日本という国は強くなった。


「だから、えぇ、大丈夫です。

 ミリエルさん達が育てた子達が、きっとミリエルさん達を癒してくれます。」


 神谷の言葉に、ミリエルの瞳が滲んだ。 


「そう……そうね、ありがとう、神谷君。

 あの時助けてくれて。 」


 思い出すように空を見上げるミリエル。

 眼にためた涙をこぼさぬように目を閉じ、太陽を浴びていた。

 そよぐ風に神谷の体から熱が引く。


「今日は、会えてよかったわ。

 今度家に来てね、ご馳走するわ。」


 立ち上がり、神谷に改めてそう言うミリエル。

 彼女に合わせて動く空気に、神谷はクスリと笑った。


「ははは、そん時は会社全員でお伺いしますよ。」

「もう!

 ……ふふ、それじゃあね。」


 レーン外側の休憩地からレーンに降り、走り出すミリエル。

 綺麗に絞られた肉体が躍動する姿は、理想的な走りだった。

 彼女の行くさきにいた人たちがそばにより、彼女を先に行かせる。

 と、言うのも……


「やっぱ、一〇M超えの人型異世界人の足音はすっげえな……」


 ずしんずしんとリズムよく微震する地面に揺られながらポツリと呟く神谷。

 首を回して見てみれば、先ほどまでミリエルが座っていた芝生は彼女の形にうっすらと凹んでいた。

 施設の機能によりじんわりと凹みは直っているが、やはり巨人の重さは支え切るにはきついのだろう。


 市によって運営される運動公園。

 そこは日本に土着する神様たちの不思議パワーと魔力により守られていて、全ての異世界人が本来のサイズに戻って運動できる場所。

 家の中ではオリジナルサイズでも、一歩外に出れば日本の平均体長に合わせるための収縮、拡張魔法を付与したアクセサリーの着用が義務化されている。


クロネコ運輸(異世界帰還実働部)

社内回覧(生活関連連絡)


 発起者 神谷隼


 休日にお会いした、巨人族コミュニティのリーダーさんからお食事のお招きを頂き、玉虫色の返答をしたところ何度か催促されてしまいました。

 来週土曜、コミュニティの発足周年記念でバーベキューをなさると言うことです。

 問題なのは各種食材を巨大化させて彼女達本来の大きさでの食事会をするということです。

 一〇Mクラスの人たちに囲まれて座布団以上にでかいステーキを食べる羽目になるのは一人だと怖いので、誰か一緒に参加してください。

 (※:佐伯は以前有休二日分都合してやったので強制参加です。)


 ~


[参加]シュナウファー

 おっきくするのってお菓子も良いんですよね!?

 今からお願いしてお菓子を選んでもらっても良いですか!?


[参加]山内

 酒


[不参加]鬼塚

 ごめんなさい、その日は別に用事あるので行けません。


[参加]津田

 神谷君の上司として参加します。

 巨人の人と会わせたいのですが、妻と娘を連れて行っても良いか聞いてもらえますか。


[参加]ノア

 なんですかその面白そうな企画。

 私をハブろうなんて良い根性です。


 …

 …

 …


[−]社長より

 楽しんどいで。

 あと、お中元でもらったお酒とか保存食とか、二番倉庫のやつは持ってって良いよ。

(追記:ミリエルさんによろしく)

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