007/008 「ビバものづくり大国」
降り注ぐ刃鉄の雨をすべて捌き終えた神谷は、静かに鉄棒を握り直す。
次の手を探るように神の視線が彼を射抜いていた。
鉄棒を振り、磁性により張り付いていた刃を振り捨てる。
硬貨を落としたような音が連なる。
その音に、神谷が軽く舌打ちをする。
面白そうに神谷を見る神の目、そこに滲む微かな苛立ち。
もう少しかき回すか、と、神谷は鉄棒をくるりと回し、足元の薄刃を神に向けて弾いた。
鉄の刃は神に向けて飛び、ぶつかる一メートルほど前で慣性に喧嘩を売るような勢いで停止した。
指先の動き一つでいとも簡単に物の動きを止めたその姿に、神谷は内心ほくそ笑む。
(無理じゃあない。)
そう確信し、意識を体の皮膚全体からあたり全てへ向ける。
部屋はすでに様変わり。
床は半ばまで埋まった鉄片でマキビシを巻いたかのようにトゲだらけ。
一辺四から五メートル、神谷からすれば一跳びで外へ出られたはずの部屋は、気づけば神谷の背後に地平線が見えるほどに引き伸ばされている。
息を吐き、おおよその状況を再度知覚する。
神谷から大凡二メートルほどの距離。
そこが神谷にとっての安全圏。
それ以外は、最低でも惑星単位で彼が対峙する神と言われる存在の思うままに変質する。
半径二メートルの陣地、そこで帰還までの時間を稼ぐ。
敵対対象は世界全て。
実に不平等な朝飯前だ。
「なんてわざわざコピーしてきた?」
やばい時こそペラ回す。
自己顕示欲と、語り諭すという行為に快感を覚える。
神谷は相手をそう見なし、その性質に全額をベットした。
賭けは、成功だった。
「この世界は、上手く回っておるだろう?」
手を一振り、それだけで辺りに散らばっていた鉄の刃は土塊に変わった。
床は滑らかな1枚の石材に変わり、神谷の半径約二メートルから外は完ぺきに何もなかったかのように戦闘前に戻っていた。
一言答える、その時間を神谷は勝ち取った。
「わしのみを崇め、その信仰による差異によって人種と大陸に階級をつけ、何一つ問題は起こっていない。」
一方的な言葉に、神谷の目が嫌悪感の色を滲ませる。
なるほど、崇められる立場であれば問題はないのだろう。
しかし、神谷がノアに集めさせた情報は、神谷の倫理観からしてみればあまり褒められるような物ではない。
「失敗を経験しない宗教国家」という、ある意味最もやってはいけない社会実験の実例は、腐臭を撒き散らすのではなく、腐臭そのものを最上のものへと位置付ける、最悪の評価方法を選ぶまでに堕ち切っていた。
「なら、一文字さんのような違法コピーは、余興か?」
「いかにも。
どうせどんな変化も世代を超えることはない。
しかし、一時の無聊の慰めにはなろう。」
焦りが神谷の頭を過ぎた、その瞬間。
手首に巻かれたバンドからノアによるチクチクとした電気刺激が抑えてくる。
事態は正常に進行中、故に、精神構造の違う相手との会話も、今にも嫌悪感で打ち切りそうになるところを必死に抑えていられる。
「あの子の失敗を、望んでいたのか?」
「他の価値観を持つもの、それが折れ、曲がり、準ずるようになる。
効率、馴致、どのような言葉を使おうと、膝を屈するその瞬間よ。」
ニタリと、整った顔が欲と愉悦に歪む。
「わしの世界の優位性を感じられる瞬間だ。」
『神谷さん!』
ノアの叫び、それに合わせ、神谷が地面を踏み砕く。
正しくは、踵に仕込んだとある石を踏み砕いた。
同時に、霧が部屋を、廊下を、建物を埋め尽くした。
結構な手間と力と情熱とあと妥協とかで作られた、日本の神様お手製のそれは、壊す意思をもって踏めば壊すことが可能になる。
そして、石に封じられた権能の一部を何処だろうと暴発させる。
力を借りた神の名は、「アメノサギリ」。
人ならざる世と、霧を司る神の力は目眩ましとしては極上である。
「児戯。」
見下すように吐き捨て、目の前の霧に向け、暴風を起こす。
一辺が二百メートルほどにまで広がった部屋の中、霧を散らすには十分な広さの部屋の中で、最も霧の濃い部分を空気が走る。
白い靄はあっという間に晴れ、神谷達の行動は徒労に帰す、はずだった。
風によって散らされた霧の向こう、そこには誰もいない。
しかし、神谷達がいることは神には感じ取れた。
理解のできない事態に、一瞬思考が止まる。
『発動、及び効果の発揮を確認。
異世界でもメイドインジャパンは健在ですね。』
「ビバものづくり大国、切磋琢磨の多神教万歳だな。」
散らした霧がまた別の場所に集まる、そこから神谷達の声がした。
声がする直前までは目の前にいたという情報は得られたはず、しかし、声がした瞬間からは、霧の塊の中に神谷達を感じるのだった。
理解ができない、霧となったのか、いや、一瞬前までの気配が説明できない。
そのような思考が神の中で渦巻く。
星の中において全知が可能であり、全く能うはずの神が説明のできない事態。
楽しく遊んでいた玩具が、いきなり手から飛び出したような心持ちだろう。
「おのれ……っ! おのれぇ!! 」
霧に押し出された神による、新たな霧の繭に向けての攻撃が断続的に行われる。
しかし、霧の中心にいる神谷には届いている気配がない。
撃ち込んでも、切り刻んでも、霧の繭を超える面積で押しつぶしても、あっという間に何処からか現れた霧がまた繭を作る。
どうも、日本の神々とこの世界の神とでは死ぬほど相性が悪いらしい。
ぶつかり合うことも、削り合うこともせず、お互いに弾き合い、干渉を否定し合う。
『ルート、確立完了。
帰還成功率、99.9999999%、到達確認。
行けます。』
「おう、そんじゃぁ……
お邪魔しましたぁ!!!」
霧の向こう、何かが爆ぜた。
それは害意はなく、神に向けた脅威も感じない物だった。
しかし、それ以上に感じる物がある。
畏れでも、侮蔑でも、嘲笑でもない。
いっそ無関心とすら言えるほどに、何の熱も感じられない声。
神である身を、最後の最後まで敬せず、畏れず、消えてみせた。
「逃げるか人間ごときがあ!」
怒声による喝破、霧を飲み込む洪水のような水が部屋を埋め尽くす。
神谷達に許された極小の生存圏を完璧に圧し潰した形の攻撃は、部屋を満たし、内側から破裂させるように一室からの洪水が学園全体を襲った。
宙に浮く神の目下、ゆらりと霧が解け、神が見ることができるようになった半径二メートルの範囲には、すでに神谷は居なかった。
帰還術式は正常に動作しており、元の世界へと神谷達は到着する。
転がるように、転移のための部屋に神谷は現れた。
蹴躓きそうになる勢いを殺し、静かな稼働音と、見上げるLED照明の明るさに息を吐く。
両の足で踏み締める、慣れ親しんだ感触。
ガラス越しに親指を立てるオペレーター、時計は十時十四分を指していた。
帰ってこれた。
それを理解し、神谷は大きくため息を吐いた。




