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異世界帰還事業、今日も稼働中。  作者: ウタゲ
Case:005 沼人転写
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006/008 「効率的」

「なるほど、見えづらい。

 わしのそれによく似た加護を得ておるか。」


 白髪の老人、沙也加が言ったようなギリシャ神話に出てくるような布で身を覆う、厳かさを感じさせる立ち姿。

 もしもどこぞの神殿にでも姿を現せば、即座に信徒たちが膝を折崇め奉るだろうその存在感は、確かに神と呼ばれる存在だと神谷に思わせた。


「聞こえぬし、掴めぬ。

 何より、書き換えが効かぬ。

 ヒトよ、随分と無礼なことをするのだな。」


 ほんの少し不機嫌そうな色を声に乗せる老人、異世界における「神」は、自らの意にそぐわない存在である神谷を不愉快に思っていた。


「転生ごっこのためにヒトん家の女の子を勝手に違法コピーしといて、よくもまあしゃあしゃあと言えるな。

 俺たちの世界の神様は、あんたのことなんざ目にも入らなかったみたいだが。」


 飄々と、威圧感を受け流し、いつでもどうとでも動けるように脱力をさせながら神谷は立っている。

 話の節々で神谷に視線をやる老人、その真っ白な眉の下の目が神谷を見る度にほんの少しの苛立ちを募らせていくのが神谷には分かった。


 エスコーターであるということは、基本的には帰還のみを目指すため、異世界の法則に従いすぎることを避けることに繋がっていく。

 酸素のない世界で呼吸ができるように。

 紫外線の代わりにガンマ線が飛び回る世界で問題なく生きれるように。

 分子間力の安定しない世界で、その体を保持できるように。

 郷に入り、郷に従わないための加護が、エスコーターという職種には適用されている。

 故に、神谷は現在存在している惑星上において、神である老人の意のままにならない唯一の存在であると言える。


 適応という概念による保護。

 たとえ星が砕け、宇宙空間に放り出されようとも神谷は生きているだろうが、飛び交う岩塊に挟まれれば普通に死ぬ。

 例えば、深海や超高重力の星の上にいきなり出現したとしてもエスコーターは死ぬことはない。

 だが、魔法や機械により、大量の水を高圧で叩きつけられたり、重力を増やされ、押し潰されたりしても死ぬことになる。

 害意を持つ現象に対しては適応能力は働かない。

 どれだけ理不尽でも、「そういうもの」なのだ。


 ゆえに。


「死体にすれば、使えるのか? 」


 無意識の反射、右腕を振り下ろした神谷の足元に一枚の鉄片が叩き落とされた。

 刃がついただけの極薄の鉄の板。

 鉋の刃を薄くしたようなそれは大した重量ではないにもかかわらず、床にその身のほとんどを切り込ませている。

 もしも人体に突き刺さっていれば、肉も骨も貫通、切断することは容易だっただろう。

 鋭さだけでなく、さらに驚くことにその刃はノアの警戒をすり抜けてさえいた。

 瞬時に二人は警戒のレベルを上げる。

 神谷は視界にとらえる神の姿を中心に置きつつも、肌に感じる空気を警戒しだす。

 ノアも叩き落とされた鉄片の構成などを瞬時に調査、次回の攻撃を感知できるように修正を行う。

 注がれる視線の重さが変わったことに気づいたのか、神が髭を撫で、笑みの形に顔を崩す。


「ほう、いいぞ。」


 地面が水面のように揺らぎ、水滴が落ちる映像の逆再生のように宙に地面だった物が球となり、いくつも神の周りに浮いた。

 見せつけるようなわざとらしいその一連の流れを周辺視で知覚しながら、神谷は薄く踵を上げ、構える。


「ほれ、増えたらどうなる?」


 虫ののたうつ様を楽しむ子供のように、自分には害が届かないことを確信した優越感を滲ませた声が発せられる。

 宙に浮いた無数の床だった球体が刃のついた鉄片に変形、変質し、射出される。

 神谷を覆うように、上下左右から降り注ぐ鉄の板。

 二本しかない神谷の腕でどう対処するのか、何処でミスをするか、神はそれを楽しんでいる。


 だが、すでに一度偶然で防ぎ、もう二度目。

 さらに、今度は神の力の情報不足により上手く認識できなかった存在をノアがしっかりと認識できるようになっている。

 神谷は虚空から抜き取った鉄の棒を振り、当たらないことが予想される刃は無視し、間違いなく当たるものだけに意識を向ける。

 防御用の鉄棒は右手一本で振り回せる重さと頑丈さ。

 万が一を考え、左手はフリーに。

 バトンというよりは長く、棍というには短い、杖術の杖のような長さの鉄棒。

 膂力に優れる神谷にとっては振り回しやすい長さのそれは、宙を舞う刃をいなし、叩き、地面に弾き落とす。


 神が神谷の足掻きを楽しそうに見る目を切らせないために、壁や爆発による仕切り直しを神谷は意識的に避けていた。

 神の視界から外れることによる癇癪が怖いことと、明らかに感情が滲んでいるせいで攻撃の軌道が幾らかは読めるからだった。

 体の末端を狙う視線、隠そうとすることが見えているまわりこみの一撃、指先の動きからの速度制御。

 視界の中に入れたまま、視線を向けない神谷にとって、相手の鷹揚さは自身の生存確率に直結していた。

 そんな状況の中数十秒、気付けば神谷は鉄棒一本で鉄刃の雨を捌き切った。


 ノアの予想では数発は緊急用のノアによる防御が必要なはずだったが、神谷一人、いや、腕一つで切り抜けたことに相対する神だけではなくノアも驚愕する。

 棒を振る動きが早かっただけではない。

 途中から空を舞う白刃が神谷の振る鉄の棒に沿うように動き、鱗のように連なった鉄片がその流れに刃を巻き込んでいたのだ。


 薄く水が張る神谷の足元と、パチリと鉄棒と神谷の手のひらに火花が散る光景。

 それを知覚し、ノアはないはずの機能、ため息を吐いた気になりながら神谷の行動を評価した。


『何をどうやれば自分で磁場を作り出そうって気になるんです?』

「効率的だろ?」

『規定されていない術式です、お説教物ですよ。』

「聞き流してる間用のオーディブル選びをタスクに入れといてくれ。」


 ノアの軽口に、準備が整いつつある事を感じ、神谷は薄く口角を上げた。

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