Case:002 帰還拒否 - 001/004
「センパーイ、この書類、確認もらっていいですか?」
「おー、見るわ。
あー……うん、いいと思う。
ノア、魔法の使用履歴とかは?」
『はい、あなたと違ってとても真面目な構成ですので、報告もものすごくやりやすいと連携を受けています。』
「さよか。」
後輩である佐伯 悠真から送信された書類の内容に目を通し、テンプレートを外れた記載がないことを確認し、実態内容としての確認を神谷は最後にノアに対して行う。
実働部隊一人一人にサポートとして分けられているノアの子機同士でもそれなりに情報のやり取りはしているようで、神谷の業務報告に比べ、随分とテンプレート的な分かりやすい報告にまとめることができるようだ。
「一人で案件抱えられるようになって、しばらく経ったな。
どうだ、調子は。」
「いやー、簡単って言われてる案件ばっかりなのは分かってますけど、やっぱりちょっと怖いのはあるっすね。」
薄く色の抜けた茶髪を掻きながら、佐伯はタブレットの送信ボタンを押す。
事務所の内々での報告書ではない、外部へのガチガチの報告書はこれだけで元請けであるリ・リアンス保険機構へと送信される準備が完了し、もう手を加えることができなくなる。
「あっちでもノアさんに何回か耳打ちしてもらって、おかげで現地の人にバレなくて済んだりして……」
「まぁ、そんなもんだよ最初は。
むしろ帰ってきた時に落ち込んでないことの方が多いんだ、良くやってるよ。」
「うっへへ、あざっす。」
「ま、まずは経験積むといいさ。
丁級の試験を受けて合格すれば、もうちょっと入り組んだ仕事もすることになるだろうしな。」
『そうですね、複数人での仕事にはなると思いますが、そのあたりから人命を直接的に背負うことになりますから。』
「うっす!
……そういえば先輩、この仕事長いんすよね?
甲級だし。」
「あー、俺は第一次の頻発期被害者だったからなぁ。
助けられて、一念発起して、高卒で入ってそれからだから……十五年くらい?」
『十九年と六ヶ月です。
四捨五入してギリギリ同じ範囲ですね。』
「あー、そっか、もう仕事してる方が長くなってんだな……
んで、どうしたよ。」
ぎし、と椅子のバネを軋ませながら神谷が佐伯を見る。
すでにベテランの域にいることは知っていたが、思っていた以上に年月を消化していることに驚き、佐伯も改めて神谷を見返した。
若造、とか、まるで学生、何ていうふうには見えない、それなりに成熟した男性のそれだ。
ただ、四十を超えるか超えないかとまでは思っていなかったというのはある。
エスコーターの等級を上げ、魔力の運用に精通した人間は老化が遅くなるという言葉を聞いたことを、佐伯はふと思い出した。
「いやあ、俺は人を返したことはないし、先輩にくっついて勉強した時しか人を助けに行けませんけど、今んとこ、みんな連れ帰れてるじゃないですか。」
「おう、そうだな。
そんだけやりやすい仕事を選んでるってのもあるけどな。」
「うす。
んで、帰りたがらない人とかって、今までいたんすか、ってのを知りたいなって。」
その佐伯の言葉に、神谷はあぁ、と言葉を漏らした。
ご老人、若いカップル、学生。
色々なタイプの人の帰還を補助したが、確かにそのような事態は直近数年で珍しいものだったな、と思い至ったのだ。
『そういえば、最近は起こっていませんでしたねそういうの。』
「そうなぁ。
最近は保険自体も廉価になってきてるし、会社だの地域だのがしっかり最低限とはいえ保険を選んでくれてるからなぁ。」
「ってことは、前はいたんすか?」
「そりゃ居たよ。
けど、そういう奴ってさっき言ったみたいに大抵保険に入ってなかったり、家族特約つける家族も居なかったりだからな。
俺たちみたいなエスコーターじゃなく、何かのついでで戻される、みたいな感じで、この業界の人間は逆に目にすることもないんじゃないかね。」
『インフラとしての帰還事業が浸透してますからね、今は。』
苦笑しながら答える神谷の言葉に、佐伯はほええ、とため息を漏らした。
帰還を依頼する保険に入る、帰還を家族から依頼される。
その流れがあまりにも当たり前で、それ以外の異世界召喚者も自分達の業務範囲であると、自然に考えていた佐伯にとって、自分達の手の届かない範囲で帰れない人もいる、というのはちょっとした衝撃だった。
「そっかぁ。
俺たちって依頼ないと助けに行けないんでしたっけ。」
「正確には、救助対象になってもらえないと助けられない、だな。」
『保険に入るという時点で先に依頼をしていると、そう言えなくもないですけどね。』
なるほど、と頷き、ふと思いついた疑問を佐伯は口にしてみた。
「でもほら、「あっち」で家族できたり、英雄になっちゃったり、ハーレム作っちゃったり何かしてたら。」
最後の部分で少しばかりだらしなく顔を歪めたことに、神谷の目が温度を失う。
ノアも、佐伯のその緩んだ顔を撮った画面を空中に投影してきた。
間抜けにもほどがあるその表情に自分のものながら引いてしまい、強制的に鎮静された佐伯はわざとらしく咳をして、冷ややかな目を向けられる現状をリセットしようとする。
「まぁ、いいけどな。
一応、そんなふうにあっち側で変に立場作ったり、繋がり作ったりする前に対処できるように、俺らは迅速対応してんだろ。
帰りは兎も角、行きに関してはある程度時間弄れるようになってるんだから。」
『キャットウォーク、ですね。
観測時点を曖昧にすることで異なる時間の流れの相似性を確立させず、召喚時点へできるだけ近づけるようにする技術。
悠真さんの対応案件ではあまり意識したことはないと思いますが、これ、本当に画期的なシステムなんですよ。』
「ほんと、黎明期はそんなふうなシステムがソフトもハードも組まれてなくて、さっき言ってたみたいな理由で残るのを選んだ人も多かったみたいだけどな。」
いい時代になったもんだよ、何て続ける神谷のどこか疲れたような笑顔に佐伯は、はぁ、と気の抜けた言葉を返すだけだった。
帰還を選ばない人の話、それを最近はめっきり聞かなくなり、エスコーターの尽力で減少したのだ、ということだけは話として聞いてはいても、二十年弱前線に立つ人の言葉で改めて話されると、聞き流したニュースの言葉以上にずっしりと、佐伯の胸に溜まる気がした。
「とはいえ、それも完璧ってわけじゃない、ごく最近だと……」
「神谷さぁぁぁぁん!!! 」
いつも佐伯が勢いよく開ける入り口のガラスドアが、いつも以上に元気よく開かれる。
そこには、髪を短く刈り込み、ちょっとだらしない体型を制服に包む男子高校生がいた。
「あいつがそうだったな。」
『あぁ、居ましたね。』