005/008 「貴方がメインです」
帰還用の準備はあっさりと決まった。
神谷たちが時を過ごした小部屋はあと数時間は人が入らないようにと強く沙也加が申請したようで、邪魔は入らないだろうということだった。
そのおかげか、佐伯のマニュアルを確認しながらの手順でも問題なく落ち着いた期間準備を行うことができた。
「送還機構、OK。
ラインは確認。
”三枚のお札”、問題なし。
後は俺の容量は……ノアさん。」
『確認、完了。
鹿野友樹、一文字沙也加の運搬は許容範囲に余裕を持って納まります。
帰還確率は100%です。』
「うス。
ってことで、準備完了です!」
「うん、良し。
見た感じ穴はない。
ノアは?」
『はい、こちらでも確認できました。
問題はありません。』
神谷とノアのチェックでも問題がないということに、佐伯はやっと安心した顔をする。
二度のチェックと、先輩でもある神谷の問題ないという言葉に、沙也加と鹿野の顔にも安心感が浮かんだ。
「あの、神谷さんは一緒に行かないんですか?」
「あぁ、まずは君たちを帰すことが優先だからな。
佐伯の帰還をギリギリまで確認しながら、安全第一で君らを送る。」
質問してくる鹿野に、神谷はそう返した。
佐伯は新人としてはそれなりに場数もこなしているが、どうも頼るべき相手が一緒にいると頼ってしまい、本人の持つ頼り甲斐が漸減している気がする。
そう心の中のメモ帳に書き、神谷は沙也加と鹿野の目を見て頷く。
「あの、私、本当に帰っていいのよね?」
一頻り感情が巡り、落ち着いた沙也加が改めて神谷に問いかける。
銀の髪を触り、不安そうにいじる姿はまさに令嬢のそれなのだが、神谷の目には黒髪の一文字沙也加が透けて見えた気がした。
「流石に一文字家に戻る、というわけには行かないかもしれないけど、日本に帰ることは確定だと思っていい。
佐伯と一緒に帰ったら、保健機構の担当部署が段取りを整えてくれる。」
安心しろ、と、そう伝える言葉に沙也加は目を伏せる。
親に会えるのか、「私」は誰なのか。
色々な疑問があるだろうが、それでも帰りたいという心だけは本物なのだろう。
帰還者の保護と、メンタルの保養、色々なサポートは制度として確立されており、沙也加の望む助けは必ず得られるはずだ。
「色々と、考えることもあるだろうし悩みもこれから出てくると思う。
だけど、それを助ける制度も、今はしっかりと整っている。」
落ち着いた口調で、明るく励ますように神谷は言葉をかけた。
決して君は見捨てられないと、そう伝える。
「だから、大丈夫。
君がそうしたいと願うのなら、今の社会は必ず君を助けてみせる。」
強く言い切る神谷の言葉に、沙也加の目からほんの少し迷いが消える。
感心した顔で神谷を見る佐伯に、本来はお前がいうべきなんだぞと神谷は目線で責めた。
そんな思わぬタイミングでの睨みに、佐伯はバツが悪そうに頭を掻く。
「あのー、一文字さん。」
「……何よ。」
「俺、友達とまたUSJ行こうぜって、二回目の予約入れてたんですよ。
その……一緒に行きましょうよ、良かったら。」
励ますつもりでの鹿野の言葉なのだろう。
いきなりな言葉、計画性のない言葉。
それでも、沙也加にとっては間違いなく救いになる言葉だった。
「えぇ、良いわよ。
銀髪美少女なんだから、それに合うコスして一緒に行ってあげるわ。」
「本当!? 俺のダチも喜ぶよ!」
召喚被害者二人、似たような状況にいる二人だからか、精神的な距離は近いようだ。
「あれがモテる男の第一歩だぞ。」
『エスコーターたるもの、救助者の精神状態もしっかりと保護してあげるべきなんですよ?』
「す、すんませんした。」
ただでさえ一歩目が遅かった上に、一般人である鹿野にまで先行された佐伯に神谷と神谷のノアがダメ出しをする。
エスコーターとしての技術ではなく、純粋な救助者としての寄り添うためのメンタルケア。
良い機会だと神谷は少しウザ絡みしながら佐伯にあっという間に仲良くなり始めている二人を示した。
『悠真、準備を。
神谷さん、私、監視は任せます。』
「了解だ。
佐伯。」
「あ、はい。
二人とも、俺の手を掴んで。
感覚としては一瞬だし、別に近くにいれば問題ないけど、気持ち的にね。」
佐伯の言葉に、鹿野と沙也加が両側に立ち、それぞれ片手を握る。
「あの、神谷さん。」
「二人とも、安心しろ。
日本に帰ってから、話は聞くから。」
『そうですね、早めにしないと、どんな妨害があるか分かりませんから。』
神谷に声をかける鹿野の言葉を切るように神谷が被せる。
その神谷の行動に、少し緊張した面持ちで佐伯が一つ咳払いをし、宣言をした。
「クロネコ運輸、佐伯悠真。
帰還術式稼働を申請します。」
『承知いたしました、各種ステータスオールグリーン、術式、開放。
帰還術式実行準備完了。
ユーザー名、佐伯悠真、実行を宣言してください。』
佐伯付きのノアがサポートを行い、実行直前までの準備を整えた。
佐伯の声一つ、承認の言葉一つで術式は起動する。
うまく行っている救助作業に、救助者二人がほっと息を吐いたその瞬間。
「っ、ノアぁ!」
『緊急展開!』
神谷が表情を険しいものに変え、柏手を打った。
すでに発動していた防音の結界に内側からさらに一枚、救助の際によく使われる距離をごまかすための結界が貼られた。
同時に、全員の体に骨が軋むような正体不明の圧力がのしかかってくる。
「ヒィっ!」
「ャ、ぁああっ!」
手を離し、うずくまりそうになる鹿野と沙也加を、佐伯は両手に力を込め、手を握ることで堪えさせた。
佐伯自身も一人だったら身を竦め、蹲ってしまったかもしれない。
ほんの少しの職業倫理、自分が助ける立場なのだというプライドが、佐伯の膝を最後まで折らせなかった。
『悠真、メンタルを強く持ってください。
私はあくまでサポート、貴方がメインです。』
佐伯だけに聞こえるように設定されたその声に、なんとか答えようと腹に力を入れる。
しかし、うまく力が入らない。
どうしよう、そんな言葉だけで思考が埋め尽くされ、膝が震える。
その瞬間だった。
「佐伯ぃ!!!」
神谷の叫びに、佐伯の顔から焦りと迷いが消える。
いつも言われていたことで、いつも褒められていたこと。
図太く、適当に、しっかりと。
制御がぶれそうになる帰還術式の手綱はノアが握り、佐伯自身が揺るがなければ何も問題はない。
震えていた唇を強くひきしぼり、焦りと恐怖で叫びそうになる喉を無理矢理に抑え、佐伯は神谷を見る。
まだまだ未熟、しかし、神谷が見せ、会社が教え、現場が育てた佐伯は、確かにエスコーターなのだ。
かちあう目線に頷く神谷。
佐伯は自分を掴む二人の要救助者に声をかけた。
「二人とも、安心してください。
この術式は、大丈夫! っす!!」
いつもなら少しは引き攣っていたはずの佐伯の笑顔、だが今回だけは、しっかりと自信に満ちた、信じられるものだった。
鹿野と沙也加、二人の震える手が少しだけ緩む。
その光景に、神谷の口元が少しだけ緩んだ。
「行け!」
「はい!」
『承認、移動開始します。』
叫びと同時に魔法陣が発光し、その場から佐伯と鹿野、沙也加が消えた。
神谷とノア以外に誰もいなくなった部屋。
びりびりと肌に来る振動の様な圧迫感だけが部屋に充満し、部屋から音が消える。
耳が痛くなるような静寂、それを破るように光が走った。
眩しい光だったが、あくまで物理的なそれは、ノアが神谷の目の前に偏光用のシールドを貼ることで目を瞑ることなくやり過ごせた。
「人、じゃあねえな?」
『はい、人間の形をしていますし、その機能はおそらく持っていますが、生命体として保持しているエネルギーがいつものアレですね。』
「なるほど、つまり……」
光がおさまり、部屋の中を見えない重圧が満たす。
存在の巨大さを物語るような、全ての生命体を跪かせるような物理的にまで昇華した威圧感は、確かに、ただ人の放てる物ではなかった。
「一文字さんの魂をこの世界に転写した、神と呼ばれる存在で間違い無いわけだな。」
「いかにも。」
四文字の言葉をつぶやく、ただそれだけで空気が一段重くなるのを、神谷は感じた。




