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異世界帰還事業、今日も稼働中。  作者: ウタゲ
Case:005 沼人転写
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004/008 「記憶が無いのよ」


「一文字、沙也加。

 父は敏徳、母は菫。

 私の両親は、今もその二人よ。」


 よく聞いた、そう佐伯に見えるように唇を動かしながら、神谷はノアに指令を出す。

 一文字沙也加、その名前を持つ人間の保険解除の決定は出ているか。

 また、沙也加の両親の名前を持つ保険契約者はいるのか。

 検索は一瞬。

 主キーを利用した検索は何億件という事例の中でも一瞬で結果を導き出した。

 一文字沙也加は、神谷たちが本案件に関わった時点で、『未だに保険契約を継続中』である。


(面倒なことになったかもしれんな。)


 現在は神谷たちの地球と接続された連絡経路がないため、リアルタイムで情報を集める手段がない。

 しかし、ノアの中に保存された各種情報は膨大だ。

 何か手掛かりはないかと、神谷の網膜にも各種情報を投影させながらノアに検索をさせる。

 と、沙也加の顔写真に違和感を感じ、神谷は一つの写真を呼び出させる。

 鹿野の個人確認のため、ご両親からコピーさせてもらった写真。

 それの背後に、沙也加が居た。


「レイディ、いや、一文字さん。」

ふぁに()よ。」


 怒りと涙で赤くなっている鼻と、そこから垂れる鼻水をそのままに口いっぱいにチョコ味のブロックを頬張るクラリッサ、いや、沙也加に神谷は保湿ティッシュを差し出しながら問いかけた。


「ここに来る直前の日付とか、覚えてるか?」

「二十三年の、六月八日だったわ。」


 鼻をかみ、すっきりした顔で日付を答える沙也加に、佐伯と神谷が目を合わせる。

 神谷たちの居る時間軸から見ておよそ一ヶ月前。

 クラリッサの年齢が、神谷の調べた召喚を行う年齢である十六だとして一年の日数がそう変わらない今居る世界との差異を考えるに、計算は合う。


「一文字さん、落ち着いて聞いてほしい。」

「何よ。」


 神谷の指示の元、テーブル中央上空に一枚の写真が映る。

 鹿野が遊園地で友人と写真に写っている。

 その背後、一文字沙也加が間違いなく写っていた。


「六月二十三日、大阪のとある遊園地での写真だ。」

「あ、これ。」

「そう、鹿野君のお母さんから最新の写真ということでもらった写真だ。」

『一応提示する許可は頂いてますよ。』


 日付と時刻、それも合わせてノアが表示する。

 それは沙也加の認識している「死んだ」時期よりも未来の日付。

 沙也加は口を開けたまま投影された画像を見つめている。


「君は、おそらく死んでなんかいない。」


 神谷の言葉に、三人が口を開けて呆然とした顔を晒す。

 佐伯は考えもしなかった事態に。

 鹿野は世界の狭さに。

 そして、渦中にあたる沙也加は――


「何で……」


 震えながら、宙に投影された過去の自分を睨んでいる沙也加。

 悔しそうに唇を開いた。


「何で私の記憶に!

 この三次元版サトルとのツーショ記憶が無いのよぉ!!!」


 心からの、今日一番の慟哭を発した。

 ノアが投影中の写真を拡大する。

 鹿野達の背後にいた沙也加は、一九〇を超える高さのスマートな男性と話していることが見て取れた。


「あ、この人知ってます。

 学校の友達もよく追ってる、イケメンすぎる異世界人のコスプレイヤーさんですよね。」

「髪の色変えたり、ある程度顔と身長いじれる人種っスからねー。

 コスイベの日なんかはよく盛り上がるっぽいすね。」

「実際にはそんなに便利な人種じゃ無いはずなんだけど、オタ活への意欲は全ての面倒をネジ伏せるんだよな。」

「何なのよ白髪なのに艶やかで! 天国まで伸びてんのかってくらいに腰高くて! 誘ってる感抜群の腰ぃ!

 何で私この人とツーショしてんのに記憶ないのぉ!?

 どんな匂いだったのよぉ!!」

「多分公式のキャラ香水だと思うぞ、プロだし。」

「く………かっ………!!! ガァァァァ!!!」

「うわ、社交界追放されそうな顔してる。」


 鹿野の言うように、半分白目を剥きながら泡でも吹きそうな、控えめに言ってイカれた顔、まさに薔薇の間に挟まる女を見つけたような表情をする沙也加に、神谷はそっとカモミールティーを差し出した。

 三五〇mlジョッキに並々と注がれた人肌のハーブティーを喉を鳴らしながら一気し、テーブルに空になったジョッキを叩きつけると、地を震わすようなため息を吐いて沙也加は顔を上げた。


「ふ、ふふふ……あのキトンとヒマティオンつけた白髪ジジイ……

 私を謀ったばかりか、三次元の推しとのツーショットという記憶を消すなんて……」

「消す、というより、その前に引っ張ってきた感じなんスかね?」

「いや、どっちかというより転写だな。」

「転写、ですか?」


 身を乗り出し、鹿野が神谷に質問を投げかける。

 どうもSF染みた事態には、鹿野の方が佐伯よりも瞬発力があるようで、目を輝かせながら神谷を見ている。


「あぁ、あんまり起こらないような事態だし、厳しく取り締まってるはずなんだが……」

『いわゆる転生、魂魄の流入は、魂というものをこう言っていいのかはわかりませんが、物理的に移動するということです。』


 宙に浮かんだ写真が一時的に小さくなり、ノアの説明のために一つのボールと網戸のようなものが表示された。


『これが今回の話に出た魂と、監視用の網みたいなものです。

 これを移動させると……

 こう、引っかかって魂が移動したことがわかるわけですね。』


 ボールが移動し、網の壁に触れるとアラートの文字がわざとらしく表示される。


『一方、転写、というのはレーザー計測器を使って情報を取得、3Dプリンターで製造するようなもので、こう……』


 今度は網の隙間から細い糸のようなものがボールに触れ、網を挟んだもう片方の空間にすこしずつボールが作られていく。

 数秒もすれば、同じようなボールが網を挟んで二つ並んでいた。

 

『――こんな感じに、世界間移動を張っている網にかからない事もあるんですね。

 結果、私たちの世界には何ら影響がないせいで場合によっては知覚もされないと。』

「だ、だから私にはこのサトルとのツーショ写真の記憶がないのね!?

 そもそも、あの遊園地なんか予定しか立ててなかったのに!!」

「はー……すっげ。」


 悔しがる沙也加と、口を開けて感心しきりの鹿野、そして何度も首を縦に振っている佐伯。

 唐突に始まった神谷のノアによるわかりやすい転写と転移の違いに、三者三様の反応を返していた。


「しかし、ふむ。

 これは鹿野君を助けるつもりだったが、ひょっとすると……」

「センパイ?」

「佐伯、事例検索してみろ。

 スワンプマンのタグがついてるやつだ。」

「了解っす。

 えっと、お願いします、ノアさん。」

『依頼了解しました。

 検索完了、提出します。』

「どうもっす。」


 佐伯付きのノアが、デフォルトで保持する事件録の記録から神谷が指定したタグを持つ事件の情報を佐伯のみに見えるように表示する。

 神谷にも覚えがある、一度酒の席で軽く話に登ったことのある事例。

 人は、記憶に宿るのか魂に宿るのか。

 魂という物理的に知覚できない存在を知覚できるようになってしまったことで、この哲学的疑問は温度感を持って日本に於いては論ずられる様になった。


「ちょっと、わたしたちほっぽって何してるのよ。」

「すまんな、一文字さん。

 国産蜂蜜あげるから少し待っててくれ。」

「まぁいいわ、って甘っ! 美味っ!! 何よこれ、三十年もののマモノバチの蜜より美味いわよ!!」


 蜂蜜は優秀なカロリーと栄養を持つということで持参品に許可をもらっていたため、神谷の一存で出し入れが可能な資材である。

 誰が食べたか、まではなかなかに審査がされないと言うことで神谷としても気楽に与えられる甘味ではある。


「スワンプマン……でも、死んでないんですよね? 一文字さん。」

「え? うん、私死んでないって言ってたわよね……あれ?」

「お、鹿野君、君中々博識だな。」

『えぇ、現状と知識のすり合わせがとてもお上手です。』


 問いかける鹿野と、実は騙されていたことに気づき始めた沙也加を視界に収め、楽しそうに神谷が返す。

 学生によっては全く聞いたことのない思考実験の題名で的確に疑問を投げてくる姿は神谷にとって結構好印象だった。


「似たような感じってことですか?」

「おう、今の日本の上層部ではそう言う認識ってことだ。」

『まぁ、記憶とか魂とかの重みどうこうよりも人倫優先の決定という感じですね。』


 ステンレスのカップに紅茶を注ぎ、スコーンを添えて鹿野と沙也加に差し出す。

 ギリギリでカンパンと言い張れなくもないそれには蜂蜜を使ってくれと鹿野用の匙も渡した。


「一応、俺と佐伯の仕事の都合上鹿野君を連れかえればそれで終わり、だったんだけど。

 一文字さんの話を聞いた以上、少し確認しなきゃいけないことができてな。」

「え、私帰れないの?」

「帰りたいの?」

「帰りたいわよ!」


 テーブルを叩き、鹿野の疑問を断ち切る沙也加。

 鹿野の紅茶とスコーンが少し揺らされるが、すでに空になっていた沙也加の紙皿とマグは全くの無事だった。


「あ、こう言うことか。」

『はい、特異な事例ではありますが、前例として存在していたと言うことですね。』


 鹿野に愚痴り始めた沙也加を尻目に、資料に目を通していた佐伯が声を上げる。

 ぶつぶつと自身のノアとだけ話していたが、事態と事例で得心がいったのだろう。


「説明できるか?」

「はい、大丈夫っす!

 えっと、一文字さん、明らかに日本の記憶がある場合、コピーだとかの考慮は一旦置いといて。

 日本以外での生活が難しそうなら日本に連れ帰ることも許可される、っていう事例がある、らしいです!

 ……ですよね?」

『はい、問題ありません。』

『日本人の感性があれば、郷に従うのも期待できますからね。』

「それな、社会としては問題ないってことで目こぼしの形だな。」


 佐伯の言葉に、口を閉じ、目を見開いて沙也加が佐伯を見る。

 信じたい、欲しかった言葉が間接的にだが提示されたことが、嬉しくて信じきれないのだろう。

 それを感じた神谷がテーブルを軽く指で叩き、沙也加の意識を自身に向けた。


「そういうわけだ。

 色々と問題はあるけど、帰れるよ。」


 神谷が改めて伝える。

 望郷の念、というには長すぎる時間を費やした沙也加の涙がクラリッサの瞳からこぼれ落ちた。

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