002/008 「鹿野君の安全を第一に」
一番落ち着いているか、一番焦っているか。
神谷が探しているのはその両方だった。
焦っている、の候補はドア付近に位置を定めている中年の女性。
チラチラと両開きのドアを見ては神谷たちにも目線を飛ばしてくる。
引率、の二文字が神谷の頭に浮かぶ。
いかにも面倒を嫌うようなその行動に、神谷はその女性が召喚を行ったという確率を引き下げた。
次いで、落ち着き払っている者。
落ち着いたフリではなく、できるだけ周りと温度感のある落ち着きをしている人間の場合が多い。
候補は二人。
神谷たちを値踏みし、制圧されている三人を気にも留めていない、ロマンスグレーの老紳士。
それと、一人だけ杖を手にした銀髪の女性。
美しい顔をしているのにどこか意識の外に行こうとするその女性の違和感に、神谷は第一候補としてマークをした。
「で、方針は?」
「え、えっと、鹿野君の安全を第一に!」
『それは当たり前の前提ですが、言い切るのはなかなか良いですよ。』
『はい、加点します。』
「あの……はい、お気遣いありがとうございます。」
鹿野の感謝の言葉に合わせ、弾けるようにドアが両方に開く。
六人の鎧を纏った大柄な人の中、一人だけ兜をつけていない男が居た。
その男の視線は一度部屋の中を眺め、血の色と匂いがないことを確認し、神谷たちを観た。
先ずは鹿野に向く、少しだけ哀れさを滲ませた。
次に佐伯に向く、一気に興味をなくした目をした。
最後に神谷に向く。
獰猛な肉食獣のように、髭面の下の顔が凄惨な笑みに変わった。
「おいそこの黒いやつ、お前が地面に押し付けているのは我が校の魔嬢の騎士となる候補生だ。」
ゆるゆると歩み寄りつつ、男は後ろ手に指示を出した。
二名がドアを塞ぎ、四名が群衆を回り込みながら神谷たちを囲むように足を進める。
「今は候補生だとしても、いずれ正式に成るかもしれん。
つまり、お前はそんな金の卵を足蹴にしているんだ。」
衛兵のことを口にも乗せないのは、つまりそういう社会構造なんだろうと神谷はあたりをつける。
ノアは回り込む四人の位置を神谷に網膜投影で連携し、ついでに辺りの人間の話などから魔嬢の意味を推測したものを投影する。
魔力を持つ貴族令嬢の従僕としての召喚を行事として執り行っており、本来なら別の地方に存在する男子生徒が呼ばれる筈らしい。
なるほど、鹿野の召喚は確かにイレギュラーであろう。
髪が黒というのは今神谷たちがいる大陸においては被支配階級の証明でもあるようだった。
そのようなことを視界に表示された情報を受け取りながら、神谷は叩きつけられる殺気を受け流す。
見た目はぼうっとしているような神谷の姿に、鹿野は安心して殺気を感じてはいないようだった。
一方、それなりに場数を踏んでいる佐伯は肌感覚が向上しているがゆえに髭面の男のわざとらしい殺気に反応してしまっていた。
「つまり、国家に――我が王に楯突くってことで良いんだよな!?」
確認、というより、自身の正しさを辺りの人間に宣言するようなその言葉。
それと同時に、鎧の衛兵達の配置も完了したようだ。
神谷の耳に、槍を構える音が微かに響く。
佐伯の表情が真剣なものに変わり、腰を浮かせ、踵を地面から離してつま先立ちになる。
お前に答えて欲しかったんだがな、と神谷は思いつつ、一瞬だけ目線を切る。
それに合わせ、事態が動く。
「総員! 守れ!」
叫びと同時に髭面の男が神谷に向けて踏み込む。
動こうとしない神谷の姿に焦りを覚えた佐伯は神谷の前に出ようとする。
神谷に向けて放たれる髭面の男によるガントレットに包まれた拳と、支給品のプロテクターで神谷を守ろうとする佐伯の行動。
後者は神谷本人の腕で襟首を掴まれたことで半ば首が締まりながら静止され、前者は別方向からの働きかけで止まることになった。
「警備隊長! おやめなさい!」
凛とした声に、髭面の男が動きを止める。
神谷に向けて拳を固め、今まさに肩口から放とうとしたその姿勢のまま静止した。
拳に込めた力をそのままに、目だけが爛々と神谷を見つめていた。
「此度の召喚の責はこの私の物、収めるべき責任は私にあります!」
神谷と警備隊長と呼ばれた男以外の、室内の全員の視線をその身に集めた銀髪の令嬢。
彼女は細い体のどこから出てきたのか疑問になるほど堂々とした声で事態を固めて見せた。
一方、渦中の人物の意識の向き先であるはずの神谷と警備隊長はしんと静まり返る部屋の空気も気にせずにお互いの視線をぶつけ合っていた。
ギラギラと目に見えない炎を讃えるような警備隊長の目と、穏やかに凪いだ神谷の目。
双方ともいかにも噛み合わない雰囲気ながら、ここでくしゃみでもすれば即座に殺し合いが再開されそうだ、と、佐伯は不躾ながら思ってしまった。
「シグムント=ドランヴェル!
この私、クラリッサ=エストリーヌ=ド=モンテヴィルの命です!
下がりなさい!」
令嬢の強い声に、実に口惜しそうに警備隊長は構えを解いてみせた。
そうして両手を下げ、鼻息を一つ、しかし、目線を逸らさない神谷に逆にシグムントは笑みの色を暗く深める。
神谷が合わせて緊張を解けば、その瞬間に殴りつけるつもりだったのだ。
「惜しいなぁ、黒いの。」
思いっきりやってみたかったぜ、と、唇の動きだけで言って見せて、シグムントは下がる。
同時に、部屋に散っていた衛兵達もシグムントの後ろに並んだ。
そうして生まれた神谷達と人垣の間の空白に、銀の令嬢が進み出てきた。
神谷達の目の前に立ち止まり、カーテシー。
中世ヨーロッパによく似た世界であるからか、礼儀にも地球のそれに似たものがある世界のようだった。
「初めまして、異界の方。
先ずはその、我が|同胞≪はらから≫の解放をお願いできますか?」
穏やかなその声に、神谷は佐伯を見る。
とりあえず制圧はしたが、その後の行動に関しては佐伯に任せるのが神谷の今回の方針だった。
締められた喉の咳も治ったのか、神谷からの視線に頷く佐伯。
それを受け、神谷は右手と左足を使って拘束していた三人を解放した。
「グゥぅ……っ!
この、クソがっ!」
「よくもセラフィナ様の御前で!」
ライナルトの下敷きになり、一番雑に拘束されていた鎧の衛兵は拘束から解放された肘関節を擦り、兜の下で安堵のため息を吐いていた。
一方で、解放と同時にいきりたつ金の髪のライナルトと、青い長髪のゲルトハルト。
二人の怒りが行動に変換されようとした瞬間、杖の石突で地面を叩く音がした。
「お二人とも、先ずはお下がりを。
此度の件については後日、モンテヴィル家としてお二人の主家にお伺いさせていただきます。」
毅然としたその姿に、神谷に殺意を隠さない視線を飛ばしながら二人の美男子は人垣へと下がる。
それぞれ、主とされる女性に駆け寄られ、その無事を確認されていた。
被害と言えるのはライナルトの頬についた鎧の縁の痣くらいなものだった。
「それで、お客様。」
神谷達に体を向けた令嬢の言葉に辺りがざわついた。
召喚によって呼ばれる対象は、見目麗しい男子たち。
魔法を使い、国の発展を助ける役目を負った女性達にとって、彼らは身を守る防具であり、必要ならば相手に振りかざす凶器でもある。
故に、何をどうやっても客として寓じる相手ではない、そのはずだった。
「互いに、確認したいこともありましょう。
席を用意します、参加してくださいますね?」
にこりと放たれた、華の咲くような笑みに佐伯の顔が赤くなり、神谷の目線が真剣になり、鹿野の思考が今日の朝食に向いた。
ざわざわと部屋の中に生まれ始める賑わいを背に、神谷とノアだけは面倒臭いことになりそうだとため息をつきたくなった。




