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異世界帰還事業、今日も稼働中。  作者: ウタゲ
Case:005 沼人転写
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001/008 「相手はオレンジだ」

「神谷さん、準備良いですか?」

「問題ありません。」

「了解、佐伯さんはどうですか?」

「も、問題ないっス!」

「オーライ、現在時刻十時十二分、天候は晴れ気温は二十八度、到着地の天気、気温、危険度は不明です!

 いつも通りの追跡です、頼みます!」


 聞いている人の心までも軽くするような元気な声に、神谷はアクリル板越しに親指を立てる。

 飄々とした神谷の姿と、それに応えて親指を立てるオペレーターの姿。

 その二つの間を何度か往復して見ていた佐伯も慌てて親指を立てる。


「ベルトは有りませんので、しっかり立ってて下さい。

 では、神谷さん、佐伯さん。

 いつも通り、Bon voyage(いってらっしゃい)!」


 わざとらしいミサイルスイッチをいくつかと、赤と黄色で隈取られた丸ボタンを押しこんだままキーを回す。

 同時に光の粒が神谷たちの立つ部屋の床から滲み出し、円形に回転。

 回転の高速化と粒子の増加、光量の増加が極点に達したと思われた瞬間、光と音が弾けた。

 それが治った後には、誰もいないアクリル板越しの部屋。

 神谷も佐伯も消えた部屋と、全てのコンディションがグリーンになっているディスプレイにオペレーターは笑みを浮かべる。


「はいはい、みんな急ぐぞ! 相手はオレンジだ、直ぐに……」

「連絡来ました、神谷さんです!」


 チーム内の通信担当が声を上げる。

 緊急ではない通信ランプ、それにほっとしながら通信用ディスプレイを開き、ヘッドセットをつける。

 オペレーターは表情を笑みのまま、口を開いた。


「お疲れ神谷さん、さっきぶり!」



□□□□



 召喚の追跡における着地地点は実は結構大事である。

 基本的に移動座標に何かが存在してしまうような自体は起こり得ないように設定されている。

 つまり、人と蝿が混ざってハエ人間になるような古典SFのような事例は起こらない。

 移動者の体積に当たる範囲を押し除けて、異世界へ転移、到着する。

 その押し除けに可能な力はごく小さな物と規定されており、大抵の場合は空気で満たされた場所に移動するようになっている。

 幾重にも実験され、改良され、帰れなかった人たちのために、帰りたいと願う人たちのために。

 帰る場所で待つ人たちが血と汗と涙で作り上げた珠玉のシステム。

 それは、今日も神谷たちを助けを依頼された人たちの元へと完璧に送り届けた。


「ふむ。」

『おやまあ。』

「うお、頭が……ってウオォぉぉ!?」


 召喚酔いと呼ばれる三半規管への軽いダメージに頭を振る佐伯だったが、突きつけられた剣の鋒に後退りし、尻餅をついた。

 顎に手をやり、その動作をニヤニヤとした表情で眺める神谷。

 地面に座り込みながら後ずさる佐伯が下がりすぎないようにとりあえず佐伯に突きつけられ続ける剣の前に神谷は割り込んだ。


「せ、センパァイ……」

『悠真、ある程度の損傷は即座に治癒ができますし、驚きすぎては次の行動に支障が出ます。

 心拍数の上昇が異常です、鎮静剤を使いますか。』

「あ、いや、それはいいよ。」


 バクバクと跳ねる心臓を落ち着けるように深呼吸をする佐伯に、佐伯付きのノアが鎮静剤の使用可否を尋ねて来る。

 佐伯はそれを拒否し、深呼吸でなんとか心拍数を下げようとする。

 二度の呼吸、それを以てやっと佐伯も自分がどこに、どんな状況でいるのかが把握できた。

 それと共に、自身の後ろに同じように地面に座り込む男子中学生に気づくと、照れを隠すように笑って見せた。


「あ、あは、えっと。」

『鹿野。』

「鹿野、友樹君だよね。」

「はい。」


 一般にイケメンと言われるだろう鹿野の顔には困惑の色がありありと見て取れ、佐伯と辺りの光景を混乱しながら見回した。

 その姿は召喚時点から大して時間が経っておらず、神谷たちの到着は想定通りに被害者とほとんど差異なく到着できたことを示していた。


「えっと、貴方は?」

「あ、どうも、友樹くんの加入してる保険の実働隊の、クロネコ運輸って言います。

 エスコーターって、聞いたことある?」

「はい、この前うちの学校に公演でリアンスの人が来てて。」

「佐伯。

 救助者に神経注ぐのは加点だけど、周りを見ないのは減点だぞ。」

「え? センパ……いいぃぃ!?」


 一人目、剣を佐伯に突きつけていた美麗な青い長髪の騎士は剣を神谷に掴まれたまま跪き。

 二人目、鎧をまとった警備兵は神谷の左足に関節を極められながら踏みつけられている。

 音もなく制圧をしてのけていた神谷に半分引きながら、自分が思いっきり意識を周辺から外していたことに気づき、佐伯の顔が強張る。


「ハリス様、三人の内、どれが本物ですか?」

「さて、今のところはっきりと見える印は……

 強いて言えば薄い色の髪の男以外だとは思いたいのですが。」


 ハリス、と呼ばれた灰色の髪をオールバックに撫でつけた老紳士といった出で立ちの男がひげを撫でつけながらそう言う。

 佐伯、神谷、鹿野と比べるように視線を回し、何処かに「印」が無いかを観察する。

 じろりと擬音がつくような真剣な視線は老体自身が醸し出す老練さと合わせ、視線を感じた佐伯の背筋に微かな寒気を与えてきた。


「何めんどくせえこと言ってんだ? 御爺様方よお。」


 金色の髪を纏め上げ、如何にもな強面と二の腕のタトゥーを腕まくりで見せびらかしている。

 端的に言ってチンピラのような男が神谷たちの周りに築かれていた人垣から歩み出て来た。

 長髪の男と違い、剣を抜いていないのは弁えているからというよりも、それが許されていないからだろう。

 実際、男の腰に履いた剣はベルトのようなものでスロートを硬く縛られている。


「いきなり三人出てきて、俺たちに反抗だぜ?

 末路は決まってんだろぉ?」


 手袋を嵌めながら、ニヤニヤと嬉しそうに神谷に向けて歩み寄る。

 金の髪に映える黒い薄革の手袋。

 しかしそのところどころが不自然に角ばっているのは、儀礼用というよりも殴り合いの際に有利になるような仕込みのされているものなのだろう。


「佐伯、方針を決めるのはお前だ。

 さて、どうする?」

「え、えと、先輩のいつもの方法で……とか?」

「却下、お前の脳に汗をかかせろ。」

『ちょっと焦りが酷いですね。

 そっちの私、二例くらいに絞った案を出してあげてください。』

『了解。

 悠真、反撃か、退避か。

 大まかに分ければ二通りです。

 どちらを選びますか。』

「え、っと。」


 神谷の意識は完全に佐伯に向いているように見せている。

 鹿野は少しばかり佐伯に頼りなさを覚えながらも、神谷の変な頼り甲斐に心を落ち着け始めていた。

 最も意識を向けられている佐伯は残念ながら現状の把握と対処法をどれにするかに一杯一杯のようだ。

 三人の日本人の辺りを気にしていないその素振りに、金髪の男の額に血管が浮く。

 注目されること、持て囃されることが当たり前だった男にとって、何の意識もされていないということは侮辱に等しいことだった。


「てめえら、舐めてんじゃっ!!」

「落ち着いて選べよ佐伯。

 というか、意地悪してやるなよノア。

 今の佐伯には類似例からのメリットデメリットのまとめの方が良いってのわかってるだろう。」

『てへぺろ。』

「佐伯のノア、こうはならないように。」

『承知いたしました。』

「あ、あの、その人大丈夫ですか?」


 神谷の言葉に混乱を極める佐伯の表情が少しだけ落ち着いてくる。

 それとともに、AIってこんなに人を揶揄ったりするものだろうかと、鹿野の脳裏に疑問が過ぎる。

 ただ、その疑問も口に出す前に目の前の光景に対するツッコミの方が優先された。

 チンピラのような金髪の男が神谷に殴りかかり、防御のために翳された左手に触れたとその瞬間。

 周りの人間からしてみれば勝手にぐるりと男は回転し、地面に横たわる兵士と共に神谷の左足にまとめて拘束された。

 踏みしめるような動作で二人分の男に間接を極め、四肢の一本で二人を制圧してのけた。

 その姿に、鹿野はちょっとした憧れのようなものを抱いてしまった。


「痛ダダダだっ! 何だこれ! 動けねえじゃねえか!

 おい衛兵、お前退け! 鎧が硬ぇんだよ!」

「五月蠅いぞライナルト、貴様のがなり声はスラムと戦場以外に存在を許されていないのだ。

 とっととその口を閉じろ。」

「ゲルトハルトぉ……てめえこそ何やってんだぁ?

 いきなり出てきた平てえ顔の没個性野郎に跪きやがって、テメエを呼び出した魔嬢(まじょ)様を早速裏切る気かぁ……?」

「ほざけ、私の剣は一眼お会いした時よりセラフィナ様に捧げている、膝など、ついてはいない!」


 神谷の前に跪く形になっている青い長髪の騎士、ゲルトハルトと呼ばれる青年。

 彼は地面に頬をくっつけているライナルトと呼ばれたチンピラを睨みながら自身の状態を必死に把握しようとしていた。

 剣を握り込んだ手がうまく動かず、なぜか離そうとする動きすらまともに効かない。

 合気とも少し違う、力の向きを反射で制御する技術、それを剣越しにされている事はゲルトハルトにはおおよそ理解の範疇外の事例だった。


 チラリと改めて神谷はあたりを見回す。

 召喚時点と比べ、二名、人員が減っている。

 着飾った女性と、それとついになる様な白い制服を着た色とりどりの髪をした男たち。

 部屋そのものは装飾品のようなものこそ少ないが綺麗に整えられている。

 高い天井には自ら発行するプリズムのようなものが浮遊しており、大きな窓から入ってくる太陽光に合わせ、室内を明るく照らしている。

 また、壁に関しても絵画などはないが模様は実に均一に、センスよく配置されてはいた。

 破れや汚れのない環境に、神谷は事態をある程度のテンプレートに合わせ、脳内で事態を分類し終えていた。


 微かな舌打ちの符牒で腕時計状態のノアに命令を出し、状況の把握を詳細に行わせる。

 今自分たちのいる場所がグランドフロアに当たる、地上と同階層に当たること。

 七名の衛兵が二名の男性に導かれ、およそ七秒後にドアを開けてくること。

 少なくとも現在神谷たちのいる部屋に、監視用の穴や奇襲用のドアがないこと。

 それらを整理し、ついでに理解ができない機構や魔力的な存在がないかも評価。

 神谷はとりあえず、自身たちを本格的に脅かせる存在はないことを確信した。


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