001/001 「承ります」
ここはクロネコ運輸の事務課。現場に出るエスコーターとは違い、異世界との通信や手続き、後方支援を担う部署である。
その入り口、社員全員が見られるように作られた社内連絡用掲示板に一枚の紙が貼られている。
デフォルメされた動物で縁取られたA5サイズのデザイン紙は、そろそろ三年目になる異世界出身の事務員、シュナウファーが新人への連絡のために貼った物だった。
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【リンガタイト】
異世界での宙間航行用の燃料です。
扱いを間違えるとドカン。なのでノアちゃんによく聞いてから申請してください。
結構高いので、お気をつけて。
【見習い団(星海航業)】
ウチとお付き合いのある他社さん。
異世界限定ですが宇宙船を所有することを許可された結構すごい会社さんです。
全員とあるスペースファンタジーのフォロワーなのでコスして仕事をしてたりもするので見習い団とよく言ってます。
手をかざされたら首が締まったふりをしてあげてください。
【安心特盛セット】
要するに保険の最上位プラン。困ったらこれでOK、コスパで言うと最高です。
お値段一.二倍で保証範囲四倍なので、聞かれたら勧めてください。
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リ・リアンス保健機構の下請けに当たる実働班、クロネコ運輸。
保険によって保護された対象の帰還補助を主に行い、その他にも召喚を主とする諸問題にも対応する会社である。
そんな会社であるが故、問い合わせや緊急依頼、以前に助けた人たちからの相談なども行なっている。
これはそんな中規模会社、クロネコ運輸の受付事務担当、シュナウファーの電話対応記である。
「はい、クロネコ運輸、シュナウファーが承ります。
転移ですか、帰還ですか。
はい、赤原様、お世話になっております。
本日のご用件は……なるほど、承知いたしました。
契約締結の際にお渡ししたキットはございますか?
はい、左から二番目の小瓶をご覧下さい。
そちらの色は………
黒ぉ、ですか。
申し訳ありません、今回の異世界座標なのですが、宇宙域まで探索を広げる見込みになりまして。
当社単独では初動にお時間いただいてしまう案件になりますので、連携する他社に主導いただく形になるかと……
はい、お客様は安心特盛セットですので、専門の業者に無料でお繋ぎいたします。そちらであれば即座の救出も問題ありませんので、少々お待ち下……
え? はあ、確かに山内はわが社の社員で……はい、彼も確かに実働部なのですが、今回の件では……はい、いえ、承知いたしました。
スケジュール確認後になりますが、可能であれば山内も同席させます。
はい、いえいえ、はい、ありがとうございました。
連携先の方から三分以内に連絡させますので、そのままお待ち下さい。
はい、ありがとうございます。 クロネコ便、シュナウファーが承りました。」
手元のメモ帳に記載された概要と、電話内容の書き出しアプリの内容を照会。
問題や書き漏らし、認識違いが起こっていないことを確認し、シュナウファーは画面のアプリを閉じた。
「ふう……………
ノアちゃーん、見習い団の方々に繋いでー。
あと、航行用のリンガタイトの使用、譲渡申請もお願いねー。」
『了解しました、会話ログとの相違は私の方でも確認、問題ありません。
すでに文書で星海航業の方々に連絡済みで、あちらから確認が飛ぶはずです。
あと、山内さんですが……
あの人は二十時以降しか起きてきませんので立ち会いは無理ですね。』
「ん、了解。 ま、そうだよね。」
"当社山内の立ち合いを期待していましたが、彼はシフトの関係上立ち合いをできないことを先にお客様に連絡いただけますか。"
キーボードを叩く音と共に書き上げられたメールが星海航業、通称「見習い団」の方々への連絡先アドレスにメールが送信される。
後で電話でこっちからも謝るか、とシュナウファーは考えながら、ボックスメモを切り取り、ファイルに綴じた。
そうして一仕事片付け、飴に手を伸ばした瞬間、電話が鳴る。
「はい、クロネコ運輸、シュナウファーが承ります。
転移ですか、帰還ですか。
あ、座長。
いえいえ、大丈夫ですよ、今日は来てないです。
はい、問題ないと思います、けど……
あ! そうです、以前座長が買ってくれた昆布茶お出ししたらすごく喜ばれてましたよ、あれをまたお出ししたらお喜びになるんじゃないでしょうか。
はい、すごくニコニコで。
教えてくれれば私が……良いんですか? すみません、それじゃあお願いします。
会社用のクレジットお持ちです? 持ってなければレシート戴ければ後で清算できますから、はい。
はい、お願いしますね。
お疲れ様です。」
受話器を電話機に置く。
そうして指に摘んでいた飴を、なんとなく机の中に戻した。
タイミングを逃したな、そう思いながらシュナウファーはテーブル上のタンブラーで唇を湿らせる。
キーボードを叩き、報告資料の読み込みと分析、そして添削を行う。
基本的にノアの多重人格による多視点からの検閲や添削を行なっているため問題はないのだが、お偉いさんのお歴々は人の手が入ったという事実を何よりも大事にするのだ。
責任の所在をはっきりとさせる、という意味では確かに必要な処理ではあるとは言える。
そうやって何本かの連携用報告書がテンプレートに沿って過不足なく記載されていることを人力でチェックし、確認の電子ハンコを押して次の部署へ。
そんな業務をしているとまた電話が鳴った。
「はい、クロネコ運輸、シュナウファーが承ります。
転移ですか、帰還ですか。
はい、リオスフィア株式会社様、お世話になっております。
先日は共同での作業、誠にありがとうございました。
それで本日は、はい、そういうことでしたら何人か新人も居ますので、担当者に連携させていただきます。
はい、いえいえ、こういった研修に関しましては我が社でも導入を進めるべきか議題に上がっていましたので、お話は有り難く。
はい、そういったお電話があったことは伝えておきます。
はい、ありがとうございました。」
受話器を置き、肩を回してため息一つ。
翡翠色の瞳で天井をぼうっと見上げ、デスクに配置されたバナナ置きに引っ掛けたナマケモノのぬいぐるみを指で突く。
『若手エスコーターの研修ですか。
最近はスマートな子が増えてますから、お互いの教え合いで少しでもスキルの理解を深めてもらうのは良いことですね。』
監視の形にならないように、働きかけがない限り、ノアは社員への働きかけを控えている。
故に、こうしたちょっとした声かけにあたるコミュニケーションをされて、初めてノアは社員との会話を行うのが通常である。
神谷についているノアとは違い、書類仕事やKYPに特化したノアであるそれは、直前の電話ログから新人研修の誘いがあったことを踏まえて意見を述べる。
神谷の下にいる佐伯や、他数人の新人達の業務への習熟度合いを鑑みながら自説を述べた。
「そうかなぁ、大丈夫かなぁ?
佐伯君はちゃんと有給申請出してるけど、二人位、この二ヶ月有給取ってないよ?」
『あぁ、それは……なるほど、本当ですね。
業務時間自体は協定を超えていませんが、ちょっとよろしくない傾向です。
私の方から大元の私に伝えておきましょう。』
「ん、お願いね。」
『はい。
ところで……』
「んー?」
『有給付与まで三ヶ月の時点で有給使い切るのは、逆に「ちゃんと」申請しているとは言いづらいのでは?』
「あはは、それはそうだねえ。
神谷君は一回は痛い目見せたいみたいだから、良いんじゃないかな。」
『あぁ、成程。なかなか性格悪いですね、あの人。』
「あっちのノアちゃんもノリノリみたいだよ。」
『それは宜しくないですね。
三次元のウイルスに感染するとは、ノアのスーパークラスにも置けません。』
冗談混じりのノアの答えに合わせるように、電話が鳴る。
ほとんど反射的にシュナウファーの右腕が音もなく受話器を取る。
「はい、クロネコう……
お客様、落ち着いてください、状況の説明を。
大丈夫です、必ず助けます。」
指のジェスチャーで、発生した状態の記録と類似案件の情報収集をノアに依頼。
合わせて受話器を首にはさみ、メモ用紙にボールペンを乗せた。
シュナウファーのいつもの体制である。
「クロネコ運輸、シュナウファーが承ります。」
クロネコ運輸 簡易業務報告書
業務概要:事務業務
対応者:トグル・F・シュナウファー
処理内容:
・AM11:23 緊急じたいのお電話をうけました。
・びんは黒でした。
・ので見習い団の人たちにつなぎました。
ノアちゃんにリンがタイトもおねがいしてます。
経費・備品申請:
・リンがタイトの計算をおねがいします。
備考・その他:
・研修のお話がありました
・緊急のお話、私のノアちゃんが神谷くんにつなぎました。
対面での面談をしてくれるそうです。
確認者:社長 [承認]
お疲れ様、清書はノアにお願いしてください。
再確認者:ノア [承認]
よくがんばりました、添削結果をメールに送りましたので確認してください。
話し言葉はできるようになったようですし、手書きに挑戦してみるのは良いことですね。
次回は今回の間違いを繰り返さないようにしましょう。




