016/016 「末永く紡がれますように」
日本、学校。
当たり前にスマホのアンテナが立ち、自分で充電しなければならない日常に戻った早苗は、何も置かれていない膝の上に寂しさを感じながらプリントにシャープペンを走らせていた。
欠席日数は公欠として扱われ、宿題を出していた科目も二科目だけだったため、必須の提出物は既に消化し、教官室へ提出済みだった。
故に、放課後に教室に残ってまでやっていたのは、未だ締め切りに遠い提出物。
高校生という年代に避けては通れない一つの大きな指針。
色々と考えてはいた。
それでも、大学になんとなく進み、そのモラトリアムで自身の行く末を決めればいいだろうというよくある考えも、早苗の中にはあった。
第一志望、大学進学。
その順位は変わらない。
ただし、2位以降、それを書こうとすると早苗の指は動きを止めた。
思い出すのは召喚事故というには切実な思いの結果、出会うことができたたくさんの人達。
難しいのは分かっているが、それでもあの人のように別の世界をつなぐ手伝いをしてみたい。
早苗の中に芽吹いた小さな欲、夢とも呼べないものが胸の中で熱を持っていた。
「早苗〜、おっ待たせ〜!」
「ごめんねコイツが。」
「ううん、私も用事あったから。」
異世界で届いたメッセージの前半に何度も声をかけてくれていた親友二人、その用事を待つ事に、早苗は苦労など感じていなかった。
帰ってきて、顔を合わせて、なんとなく照れくさくなって一緒に行ったフードコートでも最初の十分はお互いに探り探りだった。
頭によぎる思い出に、つい先日の真っ青な空が重なる。
気づけば早苗の唇は、友人二人に向けて言葉をかけていた。
「ねえ、二人はさ。」
自分に向く視線、それがいつも通りであることに感謝したくなりながら、早苗が問う。
「友達が増えるのって、どう思う?」
脈絡はない、早苗自身もよく考えての言葉ではない。
そんないきなりな言葉に、二人は顔を見合わせる。
「増える、って早苗の時みたいな?」
「うん。
それもだけど、もっといろんな意味でさ。」
少しだけ困ったような早苗の表情に、二人は左右に分かれ、両側から早苗の方を組んだ。
爽やかな石鹸のかおりと、甘やかで鼻につかないフルーツの香り。
友人の香りに、何故かあの高い空が早苗の視界に浮かんだ。
「最高。」
「こいつの言うほどいいことだけじゃないけど、やっぱり嬉しいもんよ。」
左右の耳から別々に聞こえる声に、早苗は友人からの暖かさを確かに感じた。
繋がらない空の下、会うことがないはずの人たちと同じように、入学式で勇気を出さなければこんなに温かさをもらえなかったと、そう思った。
「そっか。」
「ほら、行こうよ。
クーポン今日までだって。」
「でもさー、割引渋くない?」
「それな!」
騒がしく歩き出す二人、その背を追い、早苗も歩き出す。
第二志望、異世界帰還事業関連
ファイルに挟んだ一枚の紙、未来を宣言するそのプリントにそう記載しようと決めたその足は、驚くほどに軽やかに早苗を前へと運んでいった。
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「お、出ましたよセンパイ。」
「おう……プッ、ハハハハハ!!
ゲ、ゲルテンが囲まれて、ぶはっははははは!!!」
『笑いすぎですよ、全く。』
壁面に張られたディスプレイにニュース映像が映る。
その中心は、一躍時の人となったゲルテンその人だ、
彼の半歩後ろにはキルヤが側女を代表して佇んでいる。
さすがに上半身裸は難しいということで、彼の身の丈にあう絹製の貫頭着を着ているが、引き締まった筋肉と彼自身が育んだ重みは画面と服越しでもよく分かった。
「でも凄いっすね、純粋な人型の異世界人との修好条約はかなり久しぶりなんじゃないっすか?」
「まぁなぁ。
ホントに運が良かった、って所かな。
これからは大変だぞ。」
『そうですね、技術提携もレベルを制限したもので、あの星の世界というものもまだ開拓されきってはいません。
これからあの星自体で戦争や紛争も続くでしょう。
その際に直接的な支援は無理ですから。』
「どうしても、って貴重な資源も今んとこ見つかってないっていうしな。」
「うーん、観光、くらいっすか?」
「それもまだ無理だな。
アイツラの部族以外には俺らも知られてないだろうし。
ま、それこそうん十年後にやっと大手を振って、ってとこだろ。」
一歩にも満たない半歩、しかし確かに地球はその友好のための範囲を広げた。
途上国にするような支援と、現地の土地を借りた実験農場の開設や高山地帯で生きる動物の飼育。
できることは増えた、しかしそれも性急に行われることはない。
話し合える理性的な種族との共存、その貴重さは金でできている惑星を見つけるよりもよっぽど貴重なものだ。
『でも、別種族ではない人間種との交友、これはやはり政治家たちにとっては特別ですね。』
「まあ、見た目がなあ。」
「っすね。
でも見てくださいよ、このネットの反応。
あの酋長さんとか女の人に超すげー反応してますよ。」
「どれどれ?」
『「ゴツくてカッコいい」「男前」「目力強い」「日本語を話そうとする姿勢が素敵」「素朴な服が逆に素材の良さを立ててる」「美人な上に性格良さそう」「時々驚く顔が可愛い」
おおむねゲルテンさんもキルヤさんも、好意的に受け取られてますね。』
「まあ、いいことだぁね。」
「ッスね。」
政治家としても絶好のパフォーマンスの機会、それに加えて日本国内の世論も降って湧いた幸運と、新たな客人を温かく、一部では熱烈な温度で迎えていた。
何にせよ、上手く始まった。
大切なのはこれからだろう、そう改めて胸の内で呟き、神谷はテレビ向こうの友人にエールを送った。
『神谷さん、そろそろ。』
「あぁ、そうか。
そんじゃ、先上がるぞ。」
「お疲れっす!」
終業のベルを待たず、早引けの許可をもらった神谷は首を回しながら社屋を出た。
業務後にも関わらず、ノアを腕時計型デバイスに宿しながら、神谷は町中を歩く。
向かう先はとある神社、そこへの経路にあたる駅中の土産物屋で二点、狙いのものを買って電車に乗って目的地へ向かった。
『神谷さん、報告の前に、神社に表から行きましょう。』
「ん?
いいけど、何かあったっけか?」
今からするのは報告だ。
特に人目に付く参道を歩いていく必要もないだろう、との疑問にノアは数秒の沈黙の後に答えた。
『いいえ、何もありません、ただ、お参りをしたくなっただけですよ。』
時々こうやって人のやるような、そんな非効率的な行動をノアは取る。
神谷以外の専属のノアはそんなことはしないようなのだが、どうも神谷専属のノアは趣味人らしい。
神谷をからかったり、動物トリビアを仕入れたりと、業務にも関係ないことに手を伸ばす。
社内の人間によっては、自身に与えられたノアよりも神谷のノアに挨拶される方が多かったりするようだ。
そんな相棒の言葉に、神谷の口が柔らかく緩む。
「へえ、何て?
って、これはマナー違反か。」
『良いですよ、私と貴方の仲です。』
「へいへい、サンキュな。
で、何を願うんだ?」
ふふ、と、笑い声。
そして、機械の作った合成音が、神谷の耳に響いた。
『どうかこの縁が、末永く紡がれますようにと。』
ふっと笑い、神谷は腕時計のガラス面についた埃を撫でとった。
「そうだな、お前さんがやってやれ。」
『えぇ、えぇ。
神頼みはしない人ですものね、貴方。
その分報告はしてもらいますよ。』
「わかったわかった。
それじゃ、正門側に行くか。」
日が暮れ始めた真っ赤な街並みを、神谷とノアはお土産袋を揺らしながら、ゆっくりと歩いていた。
クロネコ運輸 簡易業務報告書
業務概要:帰還業務・保険適応・特異事例
対応者:係長(実働部員)神谷 隼
処理内容:
・現地にて要救助者を確認。召喚形式および現地住人の行動に倫理違反を感じず、神谷の感知した魔力流の色に調査の必要を感じた。
・召喚者は現地語で『山歩き』と自称する部族、被召喚者は東京都在住、湊氏と確認。
・現地の人達との接触と観測により、他世界間での収奪にあたる事態と確信(詳細はリ・リアンスへの報告書と付記に)。
処理内容(詳細):
・現地との交通路を構築できず、通信による対処の検討と決定を受諾。
・現地国家における召喚理由は「緊急事態への助力、若しくは現地勢力に関する記憶の継承」目的
・文明レベルとしては有機農業が根付いた頃で、風車などは存在しない。
・縁切り代行におけるイレギュラーは無し。
経費・備品申請:
・化粧品トライアルセットを二セット(夜・朝)
・交渉用トウモロコシ粉五kg
・緊急時身代わり用形代一体
・赤福(8個入り)
・白赤福(8個入り)
備考・その他:
・お行儀良くしてました、変な魔法も使ってません。
・ノアに提出したとおりです。
・業務後になりますが、神宮の方の本社殿に直接お礼を言いに行きますので、ご機嫌伺いのお菓子も計上しています。
確認者:社長 [承認] お疲れ様、本社から金一封が出ましたのでシフト外社員も集めて焼肉をします。
再確認者:ノア [承認] お疲れ様でした。




