014/016 「説明を始めましょう」
『さて、それでは説明を始めましょうか。』
「よろしくお願いします。」
「頼む。」
神谷が出立した後の星巫女の館、その迎賓を司る建物で、昨日の集団から神谷を除いた全員が集まっていた。
神谷がこれから何をするのかを早苗が聞いてきたため、それに答えようとしたノアに、星巫女やその側女たちにも教えてやってほしいとゲルテンがノアに頼み、ノアもそれを受け入れ、説明をする場を設けた。
『まずは、この星が他の世界からの収奪を受けている、と言うことは皆さん薄々ながら気づいており、しかし確信までは行かない。
そんな状態だった、ということでよろしいですね。』
ノアの問いに、早苗以外の全員が思い思いに首を縦に振る。
首肯を確認したノアは前提である侵略行為を薄々感じていた、という事前提に説明を開始することにした。
『二世界間の収奪に関しては、物理的に鉱物資源や人的資源を奪ったり、逆にゴミ捨て場として利用したりと、様々な利用法があります。
今回は前者、それの中でも補填のし様がある物資収奪とは違い、星命力<せいめいりょく>と呼ばれる、マントルの圧力や温度ではない、先住生命体からの信仰による力などの目に見えないものを根こそぎ奪おうとする、最もタチが悪いタイプになります。』
空中に投影されたディスプレイを黒板のように扱い、二つの円を繋ぐ線を描き、そこに矢印などで動的に何かが動いていることを表現する。
星巫女と一部の者しか扱えない文字しか存在しないことで、ノアはできるだけわかりやすく図形と動きで説明を試みていた。
「その、せいめいりょく? とか言うのがなくなると言うのが星巫女様が感じた、という星が死ぬ状態になるのか?」
『そうですね、生命的エントロピーの増大、ええと、つまりあらゆる生命体が“何かしよう“という意志を失っていきます。
植物は種を実らせず、動物は旅をやめ、人は思考を現状維持のみに向け出します。
結果、生命の循環に支障をきたす、と言うのが私たちの世界での認識です。
これも完全に正しいとは言い切れないところではありますが……』
質問に応えたノアの言葉に、ゲルテンの思考が反応する。
肥料を撒いたのに実を付けなくなった麦の穂、小さく硬い実だけが実る香辛料の木。
簡単に採れるようになった獲物と、放置された複数の巣穴。
そういえば、木々の緑もまるで冬の前のように寒々しいものになっていたように思えた、と思い返した。
「ねぇ、ノアちゃん。
その人たちの宇宙に他の星とか、そういうのは無いの? 」
『すごく夢のないことなのですが、人類種が他星系と文明交流をする例は驚くほど少ないのです。
物理的な星間距離にあたる超長距離の問題をどうにかするよりは、縁を頼りに別世界と繋いでしまう方がよっぽどマシな世界というのが大多数なのですよ。
実際私たちの世界だって、やっと月基地を中心とした都市を作れるくらいでしょう? 』
「ん、確かに……
随分技術力が上がったって言われてるけど、まだ火星にも人いないもんね。」
「月に、人?」
「おやまぁ、早苗ちゃんたちの世界は、ずいぶん遠くまで行けるんだねえ。」
早苗の疑問にノアが応えるが、その前提である月基地とその付近の都市群の時点で星巫女やゲルテンには考えつかないほどの遠い話のようだった。
と、ここまで説明した時点で基礎的な知識の連携はできたと、ノアが空中に三次元の模型を映す。
宙に映る立方体型ディスプレイの中で、ボールに張り付くセミのデフォルメされた絵が表示された。
『これがとても抽象的に書いた今のこの星の現状です。
このセミ、これが他世界の収奪者で、今から神谷さんはこれをどうにかしようとしてるわけですね。』
「こ、こんなおっきな虫を? 」
「セミ、と言えるのかこれが。」
驚く反応をしたのはゲルテンと早苗のみ、他の星巫女と側女に関しては、外部との直接的な接触がないために蝉というものを知らず、嫌悪感だけを表に出した。
『いえ、これはわかりやすく書いてるだけです、実際にこれだけの大きさをしているわけではないんですよ。
むしろこれくらいデカくわかりやすければもっと簡単だったんですけどね。
とりあえず、このセミのいる場所が悪くて、こいつのいる場所を通らないと私たちの地球との連絡路を作れないのに、こいつがいるせいで通信が関の山、ってことですね。』
ノアは説明にリンクするようにディスプレイに表示された球以外にもう一つ球を写し、二つの球を繋ぐチューブのようなものを描写させる。
新しく描かれたチューブ、それは蝉の体を通らなければどうやってもチューブを配置することはできそうになかった。
「な、なるほど? 」
「ふむ、道をふさがれている、と言うことで良いのか? 」
『はい、そんな感じですね。
で、こいつにどいてもらうわけなんですが、まずは吻を切ります。』
画面が拡大され、ボールに差し込まれていたセミの吻が切り取られる。
『この際、神谷さんには少しめんどくさい術を組み込んでもらい、吻、この鋭い針みたいな口。
こいつと本体との接続を魔術的に断ち切ってもらい、その後、間髪入れずに蝉から力を吸っている世界と、この世界との縁切りを実行します。』
説明と同時に、蝉の尻部分に付いた細いホースのようなものが崩れ落ちた。
ノアの説明で言っていた、蝉が力を送っている世界との縁切りがなされた場合のシミュレーションと具象化のようなものなのだろう。
『そして第二段階、切り落とした吻を排除できるよう、「殴れる」ようにします。』
ディスプレイに投影された蝉の吻、それがぐにゃぐにゃと形を変え、人のような形になり、球の上に立った。
その説明に合わせるように、窓から差し込む日差しが変わる。
日光だけではありえないその不思議な光の色に、全員の意識が窓に向く。
「あ、れは…? 」
「オーロラ? 」
跳ねるように窓に駆け寄り、空を睨むゲルテン。
その傍から窓の外を眺める早苗の目には、言葉のとおりオーロラが映った。
日本から出たことがなく、写真でしか見たことのないそれに思わず見惚れる早苗。
それ以外の側女たちは守るように、すがるように星巫女に抱きつき、それぞれを抱きしめあっていた。
『これが、第二段階にあたります。
あちらで作っているであろう土人形、それに今頃、切り落とした吻にあたるものが取り付いているはずです。』
落ち着いたノアの説明が響き、改めて今自分たちがどんな状況の中にいるのか、早苗やゲルテンはぞくりと背筋が震えるような気がした。
▪️▪️▪️▪️
時間を少し戻し、神谷の開始の宣言。
告げ終えるにあわせ、天に向けて横一線に石の剣を振る。
その剣閃に合わせるように空が破れた。
真っ黒なウロのような何かが空に現れ、そこから無形の「何か」が切り落とされる。
切り落とされた物が世界の裏側から追い出されている間、世界が後押しするかのように色とりどりの光が空で揺らめいた。
オーロラと呼ばれる現象、それに酷似した事象は星が最後の力を振り絞った抵抗を飾るような儚い美しさだった。
ゆっくりと閉じるウロにあわせ、オーロラも薄くなっていく。
幻想的な美しさに反比例するように、神谷の足元に置かれた土人形から感じられる違和感と悍ましさが天井知らずに積み上げられていく。
温度のない目で見下ろす神谷は後ろに跳び、五歩ほどの距離を空けて動き出したそれを見つめる。
神谷の視線の先、ズルズルと音を立て、人の形をした土人形が立ち上がる。
大体一メートルほど、その程度の大きさだったはずのそれは、上体を起こし、立つような動作をしながら段々とその体長を伸ばしていた。
二足で立ち上がる頃には、気づけば神谷を見下ろすまでにその土人形は体積を増やし、パーツのない顔は神谷をのぞき込んだ。
神谷の形に合わせたのか、顔に当たる部分に穴が開く。
人で言えば目に当たるその部分、何もないその空洞が神谷を見た。
ぐつり、と、土人形の表面に泡が沸く。
一つ、二つと泡が増え、それが表面全体を覆い、破裂すると辺りに飛び散る泥、その中から肉色の洪水が溢れ出た。
ドロドロと噴出する肉の流れが止まるまでに数十秒。
神谷の目の前に聳え立つのは体長にして五m程の、芋虫のような下半身に人のような上半身、首から上に豚の頭を乗っけたような、控えめに言って醜悪な化け物だった。
貪欲と言う言葉を悪意を持って整形したような姿に、ため息と共に神谷がつぶやく。
「やっと固まったか。」
見上げながらも見下すような冷たい嘲りの視線が、神谷から豚の化け物へ放たれた。
土から生まれ、肉の衣を身にまとった、元魔力の塊。
生命を持っているのではと思うほどに圧倒的な存在感に、神谷は想定通りに事が運んだことを理解し、ほくそ笑んだ。
天に向かって吠える巨大な豚。
地面を揺らすビリビリとした振動に対し、神谷は笑みをそのままに、体内の魔力を廻し始めた。




