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異世界帰還事業、今日も稼働中。  作者: ウタゲ
Case:003 修好規約
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013/016 「気を付けて」

 星巫女の館、その中で神谷、早苗、ゲルテンに星巫女と、側女最年長であるハツケが居た。

 報告の内容は、先ほど神谷が地球と行った交渉について。

 政治形態も文化習熟度も違う二つの世界、その間を考えずに説明は難しいだろう。

 故に、神谷から伝えることは端的な真実のみ。

 助ける許可が出た。

 まかせろ。

 それだけだ。


 館の外に待機してもらっていた大人たちには居住区に走ってもらい、おそらく起こるであろう異変に対して皆を安心させてほしいとゲルテンからの願いにより、各々任せろとばかりに散らばった、

 しばらくすれば部族に伝令が行き渡り、そして側女達も集まってくるだろう。

 そんな彼らを見送り、儀式の場に向けて移動しようとする神谷にゲルテンが声をかける。


「本当に、一人でやってしまうのか?」

「あぁ、その気持ちもわかるし、俺としても申し訳ないとは思う。

 それでも、今回の都合上一人の方がいいんだ。」

「お前がそういうのならそうなのだろう、しかし……」


 悔しそうに顔を歪めるゲルテンの言葉を止めるようにその肩を、神谷が強めに叩く。

 痛さではなく、押されるような圧力。

 自らよりも小さなものに軽々と押し除けられたその感触に、ゲルテンの顔が驚きに彩られる。


「分担だ。

 俺は見えないものをなんとかする。

 その後、部落の人たちを頼む。

 善きにしろ悪きにしろ、この部落は変わっていくことを強いられる。」


 そっちの方が辛いかもしれないけどな、と、神谷は小さく呟く。

 渉外担当や異世界開発のチームには経験はあるし、対象異世界に沿うたレベルの技術支援や生活向上を行うことに定評はある。

 それでもやはり文化・文明の祖を異とする者同士の交流だ。

 折衝と衝突、妥協といった交渉の山場は神谷の手を離れた後の方が辛いだろう。


「殴って終わらせる俺の方が楽さ。

 これからも部族を背負い続けるお前の方が辛いんだ。

 ここは任せておけ。」

「……俺は、殴る方が得意だ。

 だが、お前しか殴れないのだな。」

 

 大きくため息を吐くゲルテン、低く響く息はため息というよりはバリトンボイスでのヴォカリーズのそれに思える響きだった。

 苦笑する神谷に微かに笑って見せた後、ゲルテンは腕を組み、背筋を伸ばした。

 気持ちの切り替えと、自らの矜持を新たにした姿だった。

 

「苦手などと言っておれん、俺は酋長なのだからな。

 だから、カミヤ。

 頼んだ。」

「任せろ。」

 

 神谷が差し出した拳に、ゲルテンが拳を合わせる。

 いつの間にか神谷が教えていた仕草で、男同士がわかり合っていた。

 それを少しばかり羨ましそうに、そして申し訳なさそうに星巫女が見つめている。

 その視線に気づいた神谷は向き直り、一礼。

 言葉は交わさず、それだけで済ますと神谷は改めてぐるりと見回した。

 側女の人たちに、幾人かの大人。

 宴で話し、杯を交わし、神谷に、あるいは早苗にその笑顔を残した人たち。

 前日夜の宴とは違い、その人たちのためにも動くことができる。

 その事実が神谷の表情を柔らかい笑顔に変えた。

 最後に、ノアを抱く早苗に視線が止まる。

 

「それじゃあ、ノア。

 型出して。」

『はい、どうぞ。』

 

 神谷の目の前に藁人形が現れる。

 重力に引かれ落下するそれを空中にある間に掴み取ると、触った感じの変化などがないことを確認する。

 確認する神谷の目には異常は見受けられなかったのか、一つ頷くと今度は宙に手を差し出すと、その掌の上に石の何かが置かれた。

 手のひらよりも長い幅のそれを握り、横に振るう。

 宙から抜かれたそれは、全長にして60cmもないような石のオブジェ。

 よくみれば剣の形をしているように思えるだけの細長い石にすぎないそれを、神谷は何度か握り直し、その感触を確認する。

 通信で許可された縁切りの代行、その証のようなものである。

 

『毎回のことながら、気をつけてくださいよ。

 どっちも運ぶのも大変なやつなんですから。』

「わかってる。」

 

 感触に納得が行ったのか、神谷はノアの言葉におざなりに応えて腰のホルダーに石剣を嵌めた。

 ノアの言う通り、希少度はそれなりの石だが、そこに込められた想いだけは変えがきかない。

 他の資材と違い、量子化などを行わない生のままの運搬をされるほどに特別扱いを受けているのだ。

 ずしりと感じる重さが、これから神谷が行う行動の重さに感じられ、その意思を新たにさせた。

 

「あの、神谷さん。」

「ん? 」

 

 ノアから目線を上げる神谷と早苗の視線がぶつかる。

 何をするのか、どれだけの難度なのかは分からない。

 ただの女子高生の言葉にどれだけの意味があるのか、自身の言葉のせいであるということすら思い上がりに当たるだろうと知りながら、早苗は少しだけでも神谷の肩にかかる重さを払いたかった。

 故に、意識していつも通りの、友達からは緩いと言われる笑顔で、いつも父に言う言葉を口にした。

 

「いってらっしゃい、気を付けて。」 

 

 その言葉に神谷は軽く頷き、地面を蹴った。

 ふわりと風もなく浮き上がり、空へと落ちていく。

 あっという間に黒い点に変わった神谷を、皆が口を開けて見つめていた。

 

 飛行時間は三十分ほど。

 星巫女たちの部落の存在する大陸、そこに存在するとある地点が目的地だった。

 ノアとの星全体の簡易走査により見つけたそこを、神谷たちは仮名として「灰色の荒野」と名付けた。

 

 大陸中央部から少し西に。

 山々に囲まれた広大な盆地、ながら、生命の香りが何もない場所。

 雑草すら生えていない、寂しいという言葉すら孤独死をしてしまうような、そんな場所。

 その不思議なサークルの真ん中、そこに神谷は降り立った。

 着地の足音が乾いた音を立てた後に音はなく、匂いもない。

 風ですら避けて通るような、死んだ場所。死にゆく場所。

 ひょっとしたら、酸素すらないのかもしれない。

 

 そんな場所で、神谷はゆっくりと息を吐き、息を吸う。

 腕時計型デバイスを操作し、寝台ほどの面積の布を広げ、そこにわら人形を配置する。

 その上に人型になるようにあたりの土をかけ、指先に傷をつけ、二、三滴の血を落とす。

 準備は、これだけ。

 呼吸を落ち着け、石の剣を天にかざす。 その腹に中指と人差し指を添え、空を睨んだ。


「始めるぞ、クソ野郎。」

 

 視線は空に向き、居ないはずの敵を見据えて反吐になりかけた言葉を吐き捨てた。

 

「まずはその、くっせえ口からだ。」


 それは儀式の口上でも、荘厳な祈りでもなかった。

 抑えていた苛立ちを、神谷はノアのいない今、思う存分叩きつける。

 縁切り代行、その開始を罵声が告げた。



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