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Case:001 通常業務

 異世界召喚。

 ラノベ、アニメではお馴染みで、現代日本人の感覚を持たせながら、日本以外の場所へと移動することで起きる各種ギャップを利用して話を進めたり、日本とのつながりが無いが故に好き勝手やることもできるという、一大ジャンルである。

 一般市民の目につくことはなくても、自家制作などの草の根活動においては細々と、しっかりと生き抜いていたジャンルであり、それだけ色々な人が触れてきた物語の骨子でもある。

 

 何の因果か、そんな異世界召喚が現実になってしまった、とある日本。

 その中で新たに生まれた業種、それが『帰還斡旋業者』である。

 

 望まぬ召喚で異世界に引っ張られてしまった人々を迅速に、そして可能な限り召喚時のままで帰還させる。

 

 これはそんな帰還事業を日常とする、少し変な日本での物語である。

 


~ Case:001 通常業務 ~

 


 水の天蓋、爽やかな風、耳に心地いい潮騒の音。

 バカンスに来た人間がいれば百点満点をつけるような最高のシチュエーションの中、名刺を差し出した男性とそれを見つめる女性の間に、沈黙が満ちていた。

 男性の差し出した名刺には、男性の所属会社と氏名、そして官公庁のマークの付いた元請け会社の名前がしっかりと印刷されていた。

 

──────────────────────

リ・リアンス保険機構下請

クロネコ運輸株式会社

異世界帰還事業部 実働課 係長


神谷 隼

Hayato Kamiya

──────────────────────

【資格】

 (甲)エスコーター / (橙)時空移動耐性

 MELIC:812(C1) / ILOG:G2


【認証】

 ISO 9001 / ISO 18091-ew / ISO 27001 / ISO 45001

──────────────────────

mail: h.kamiya@kuroneko-ew.jp

通話ID:NX-4379-HA

──────────────────────

 

 二度ほど受け取りを催促され、名刺を両手で取る加奈子。

 文字を読み、大学入学時の保険の話などで出てきた単語が書かれていることに気づき、質問のために口を開く。

 

「〇>>∂」

 

 加奈子としては言ったつもりのない言葉が自らの口から吐き出されることに、つい口を手で塞ぐ。

 その動作に、隼の顔がピクリと強張った。

 またも二人の間に満ちる沈黙と、潮騒。

 ヒクヒクと隼の目尻が怒りで痙攣をし始めている。

 

「すみません、戸田さん。

 自己紹介を、お願いできますか?」

「Åχ⇔\*」

「あぁ、いえ、もう結構です。

 大丈夫、不安なのも混乱しているのもわかります。

 どうか、どうか落ち着いてください。」

 

 自分の口から吐き出される言った覚えのない言葉に混乱して捲し立てようとする加奈子をゆっくりと制しながら、隼が落ち着くように示した。

 

「ノア、言語の分析は?」

『問題ありません、近似する言語は存在しています。

 地球上の言語ではありませんが、F-6系統の言語体系に酷似しているようです。

 会話をしながら別名で情報をまとめますか?』

「あぁ、頼んだ。」

 

 ふぅ、と息を吐き、神谷は意識を切り替える。

 ノアの言った系統世界の言葉は召喚被害を特によく発生させるため、一定以上の経験を踏んだエスコーターはある程度自然に言葉を聞くことはできる。

 

「戸田さん、自分の話した言葉が変な言葉に変わっていること、その言葉がなぜか日本語で理解できてしまうこと、とても気持ちの悪いことだと思います。

 ですが、こういった事態は初めての事態ではありません、私達はプロです、こういった事態にも対処できます。

 大丈夫です。」

 

 加奈子の両肩をしっかり掴み、目を見ながら神谷がそう告げる。

 穏やかで、しかししっかりと心に届く声だった。

 そういう声質を心がけての声かけはその効果を発揮したようで、混乱の色が見えていた加奈子の目がほんの少しだけ動きを緩めた。

 

「何か、話してみてもらえますか?」

「・・・あぶら味噌。」

「沖縄のやつですか?

 あれのおにぎり、美味しいですよね。」

 

 神谷の答えに、加奈子が目を見開く。

 自分ですら言葉自体は全然理解できないのに、目の前の男がそれを理解した上で答えを日本語で返したことに驚きを隠せなかったようだ。

 

「わ、わかるんですか?

 この変な言葉。」

「はい、ある程度は問題ないと思います。

 私達の業界の積んだ経験はすごいですから。」

 

 二度の返答、それで神谷が加奈子の口から出る言葉を理解できると判断できたのか、加奈子の目が俄かに潤む。

 召喚により訳の分からない場所にいきなり移動させられ、威圧的な男たちに囲まれた。

 無遠慮に伸ばされる手に捕まれそうになったところで横から出てきた目の前の男がその手を蹴り飛ばした。

 そこからは、何かのゲーム映像でもみているような気分だった。

 目で追えないような速度で動く、黒いコートをつけた男性が銀の鎧の男たちを手玉に取り、何が何だかわからないうちに光の輪が出てきて、気づけばバカンスでもしそうな白い砂浜だ。

 一介の大学生入学直後の女生徒に咀嚼できるような事態ではないだろう。

 

「わ、私、何もしてないんですよ?」

「はい、知ってます。」

「やっと田舎から出てきて、頑張って一浪した大学に入って。」

「はい。」

「入学式に来てたお母さんも帰って、一人暮らしになって。」

「はい。」

「どんな自由講座受けようかって、ゼミ見て、それで、それで・・・」

 

 正座した膝の上、握りしめた拳がプルプルと震えた。

 加奈子にとって、召喚という事態はニュースや噂で聞く、遠い場所の話だった。

 なんら特別なものを持っているわけではないと認識している、故に、ほとんどの一般人がそうであるように、実際に召喚被害には遭うことはないと思っていた。

 

「なんで、私が?

 あんな怖い目に遭って、あんな怖い人たちに囲まれて。

 なんで、なんで!?」

 

 ボロボロと、涙が落ちる。

 混乱が治りかけて来たことにより、加奈子の理解が追いついてきたが故の現状の理不尽さを把握してしまったのだろう。

 

「そうですよね、怖かったですよね。」

 

 その言葉と共に、神谷がタオルを差し出す。

 真っ白で柔らかなそれを受け取り、それに顔を埋め、加奈子は思いっきり泣き叫ぶ。

 タオルにより幾分か抑えられたその声は、意味を持たない叫びゆえか、加奈子のよく知る言葉のままだった。

 

 そうして暫く、吐き出すべきものを吐き出し、タオルから上げられた顔は涙のせいで瞼が赤く腫れぼったくなっていた。

 そこに、もう一枚の冷やされたタオルが差し出される。

 交換する形で受け取ったタオルで両目を冷やす加奈子の心は、この時点でいくらか日常へと回帰していた。

 

「・・・あの、すいません。いきなり、なんか。」

「いえ、大丈夫です。

 みなさんの日常にはなかなか起きないことですから。」

「そう、ですか?」

「はい、僕にいきなり殴りかかってこないだけ、戸田さんは理性的な方でしたよ。」

 

 気持ちいい温度に冷やされたタオルで下瞼を冷やしながら神谷をチラリと覗き見る加奈子。

 加奈子がジト目で見る神谷は柔らかい微笑みを浮かべていた。

 それに負けた気がして、加奈子はまたタオルで顔を拭う。

 そうやって数分が経過し、やっと気持ちの整理がつき始めてから加奈子はしっかりと顔を拭い、タオルを返そうとするが、神谷は目の前におらず、二足歩行の黒猫がそこにいた。

 

「・・・・・・え?」

『どうも、いただきます。

 それと、こちらをどうぞ。』


 タオルを受け取り、背後にたたみながら置いた猫が入れ替わりに差し出したのは両掌を合わせたくらいの小箱。

 もらったそれと猫の間に視線を往復させていると、猫が開けるジェスチャをした。

 

「あの、これ?」

『はい、開けてみてください。』

 

 促され、開けた中には一回分の小分けをされたライン使いの化粧品。

 いわゆる試供品セットといったところだが、その表面のマークは一般の元女子高生でしかない加奈子でもみたことのある、一流どころのものだった。

 

「え?・・・え、これ、使って・・・?」

『はい、どうぞ。

 これも保険代金に入ってますから。』

 

 肉球を見せながらどうぞ、と促すネコに勧められるまま、濡れタオルで拭った顔に化粧を施す。

 どこからともなくだした丸い鏡をむけてくれるネコにありがとうと言いながら毎朝やっているようなルーティンをこなし終えたところで覗き込んだ鏡の中の顔は、加奈子のよく知っている、いや、いつも以上にしっかりと保水と下地の整えられた顔だった。

 

「うわ、伸びすっご・・・」

『はい、来月販売予定の試供品です。

 こういった事態のために、うちの上司がお化粧屋さんと提携してるんですよ。』

「助かる・・・」

 

 思わず呟いた言葉に満足したのか、機嫌よさそうに尻尾を振る猫、加奈子はついつい手を伸ばし、その頭を撫でる。

 さらさらとした手触りに感じ入りながら続けていると、そこに声がかかった。

 

「そろそろ、お話進めていいですか?」

 

 見上げれば、どこかに消えていた神谷がまた加奈子の近くに立っていた。

 化粧を直す瞬間を見ないようにしていたのだろうか、ということに思い至ると、俄かに化粧を直したばかりの顔に紅がさした。

 

「あの、すいませんでした・・・」

「いえいえ、さっきも言いましたけど、こういうのもうちの仕事ですから。」

 

 そう言いながら、神谷はポケットから機械を取り出した。

 生体多元スキャン光線発生装置、と呼ばれるそれは、色々と高性能なのだが、見た目は明らかに安っぽく、正式名称ではなく。

 

「何ですか、そのレジでピッピする時のやつ。」


 レジのアレ、もしくはスキャナ、とだけ呼ばれていた。

 

「あぁ、大丈夫大丈夫。

 こう見えてかなり高性能でね、ちょっと戸田さんの体をピッピさせて貰えば変に変わっちゃった言葉とかそのほかとかも見えるすごくすごいやつなんだ。」

「やっぱりレジのやつなんですね。」

「うん、痛みとかはないし肌にも体にも影響はないからちょっとだけ動かないでね。」

 

 幾分か砕けた言葉でそう言いながら、神谷が機械をかざす。

 わざとらしいくらいにスーパーでよく聞くその音に、それ本物なんですよね、という加奈子の言葉をあしらいながら神谷はスキャンを続ける。

 その結果は、今は猫の姿を空間に投影したノアの内部に溜められていく。

 およそ十秒弱、何度かの電子音の後、神谷は機械をポケットにしまう。

 明らかにポケットの容量よりも大きいはずなのに、しまった後に膨れた形跡がないのはそれようの処置のされたコートであるが故なのだろう。

 

「どうだ、ノア。」

『大当たりですね。

 強制翻訳特典に、遅効性の常識改変、記憶想起の制御、濾過装置に魔力受容体の構築までされてます。』

「役満か。」

『はい、数えの方で。』

 

 目頭を抑え、大きく鼻息を吐く神谷に自分が何かしたのかと不安そうに目をやる加奈子。

 そんな加奈子の膝がてしてしと優しく突かれた。

 

『戸田さん、少々説明させていただいてもよろしいですか?』

「え、あ、はい。

 お願いします。」

『承りました。

 改めて、クロネコ便サポートAIのノアが、説明をさせていただきます。

 まず、戸田さん。

 お家へ帰すこと、それ自体は問題ありません。

 帰り用の道筋も見つけたようですし、外部からの妨害も、この位置ではあり得ないでしょう。』

 

 帰れる。

 改めてそれを断言され、加奈子の目がまた潤んだ。

 

『そこの男が理解もできないうちにがなり立てたように、時間に関しても数日ほど進んでしまいますが、我が社が請負をした時点への帰還が可能です。

 大学も、十分に講義の選択などもできたはず、なのですが・・・』

 

 はぁ、とわざとらしくため息を吐き、頬を掻く動作をする黒猫に、加奈子の精神は混乱と可愛いとの混ざる落ち着きを逆に与えてきた。

 

『魔術的な汚染、身体的な改造、また、本来存在しなかった器官の増築など、少々好き放題されていまして。

 帰還後、二週間ほどは病院に入ってもらうかもしれません。』

「に、週間・・・?」

 

 その言葉に、加奈子の脳がクロックを止める。

 先ほどのノアと宣ったクロネコの言葉によれば、加奈子は帰還するだけですでに数日を過ごしたこととなり、その上二週間もの拘束帰還が発生する。

 大学入学からの、半月以上のいきなりの空白。

 期間的にはなんとでも取り返しがつくとはいえ、入学すぐのボーナスステージとも言えるような友人作成の期間が無為にすぎることが確定したことに、思わず加奈子は思考を止めてしまう。

 

「場合によっちゃ弁護士も必要だな。

 特約の範囲内とはいえ、空いてる人居たっけ?」

『ご安心を、鬼塚さんの有休はまだ承認していませんので、帰り次第対応させます。』

「鬼か貴様。」

『AIです。』

 

 耳の奥に響く言葉に反応することもできず、脳内で妄想していた新入生歓迎の宴でチヤホヤされる自分が無惨にたち消えになってしまったことに絶望し始める加奈子を尻目に、話し合う神谷とノア。

 その二人の間に、五センチ角ほどのディスプレイが投影された。

 

「お、準備できたみたいだな。

 ノア、こっちは?」

『問題ありません、ついでに申請書も途中まで書いておきました。

 あちらに戻ってから、確認とサインをお願いします。』

「はいよ、それじゃ、戸田さん。」

「は、い?」

「帰ろうか。」

 

□□□□□ 

 

 帰還作業において障害となるものはなく、神谷の敷いたキラキラと光る円ー魔法陣ーの上に乗った次の瞬間、バカンスに最適な南の島からビルの中、空港の待ち受けロビーのような場所に加奈子は立っていた。

 そこからあれよあれよと流されるまま、気づけば加奈子は病院へと搬送、医者の問診を受け、個室の病室に通された。

 異世界の影響に関し、神谷たちの会社の親会社に指定された病院は完璧に対処をしてみせた。

 問題なく、加奈子は二週間ほどを個室で過ごし、連絡を受け駆けつけた家族と無事を祝いながら大学との調整をすることになるのだろう。

 

『と、いうことで、戸田さんのゼミも決まったし、大学としてもある程度の便宜は図ってくれるようですよ。』

「おぉ、さすがは鬼塚さん。

 渉外担当は優秀だねぇ。」

 

 元の生活に、しっかりと着地する。

 そこまでの情報をもらい、やっと一息ついた、と神谷は息を吐き、椅子に背中を預けた。

 いきなりの召喚、無許可での改造に付与。

 異世界規定の縁切り案件に思いっきり抵触、いや、ぶっちぎる事態、割と久しぶりのものだった。

 

「窒素が存在しない世界とか、久しぶりに行ったわ。」

『うまく世界を使えばまたブレイクスルーしたかもしれませんが、明らかに縁切り推奨世界ですものね、“ちょっとした”資材を頂いてあとは縁切り、ですか。』

「心置きなく切り捨てられる、って巫女さん喜んでたな。」

 

 パサリと、神谷が読んでいた雑誌を放り投げる。

 とある大学の広報誌、そこに正式にエスコーターへの就職を目指す学部が発足したと書かれていた。

 

「あれからはそこまでヤバいものもなし、平和も平和、ってことは・・・」

『今週末までに、何か緊急の事態でも起きそうですね。』

「だな。」

 

 腕時計として神谷の左腕に装着されたノアの声に、神谷がいやそうな表情を作り、机の上のコーヒーを飲む。

 

「ノア、本体の方はなんか言ってるか?」

『いえ、現在は最低限の機能を残して休暇中です。』

「そうか、とすると・・・」

 

 どばん、とドアを勢いよく開く音がした。

 中規模事務所をそのまま形にしたような事務所には、その音は過剰に響いた。

 外回りや会議、パチンコに魚釣りと社内から人が居ない今、神谷一人が事態に巻き込まれるのは確定だった。

 

「先パァぁぁぁぁぁい!!」

「うるせえなぁ。」

『うるさいですねぇ。』

 

 数秒前までののんびりとした空気を割き、いい年をした新人が男らしからぬ泣き顔で神谷を呼ぶ。

 クロネコ運輸、本日も騒がしく営業中である。

クロネコ便 簡易業務報告書


業務概要:奪還業務・保険適応


対応者:係長(実働部員)神谷 隼


処理内容:

     ・現地にて要救助者を確認。召喚形式および現地住人の行動により、倫理規定違反と認識。

     ・一時退避後、検証委員会へ規定確認依頼。

     →確認結果:黒。

     ・アンカーを使用せず即時退去を実施。

     ・召喚者はアルスデイル王国、被召喚者は埼玉県在住、戸田氏と確認。


処理内容(追加):

     ・縁切り申請。(現地活動者として強く推奨)

     ・大学校への召喚特例批准依頼。


経費・備品申請:

     ・雪芙蓉社からいただいたトライアルセットを1セット利用。(要補給)


備考:

     ・鬼塚さんが怒っています、

     ・ベルギーチョコを買いに行きたいのでベルギーまでの旅費をください。


確認者:社長  [差戻] さすがに自費で行ってきて

再確認者:ノア  [差戻] 本申請は業務外支出に該当します。あなたの有休申請は現在保留中です。


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