012/016 「さっきぶり」
「えっと、これ?」
『いえ、それはキツネが漢字ですから違います、その下、カタカナの……そう、それです。』
「むうう……なんでこんな無意味なポイントが…」
『なんか寂しいじゃないですか、後センスの問題ですよ。』
「センス、かなあ……
わ、着いた、ってうわ!」
ノアの指定したアクセスポイント、「きつね(ノア)」を選択した瞬間、メッセージアプリやDM通知が一気に早苗のスマホの通知欄に流れ込んできた。
無事を確認する声、心配するメッセージ。
沢山の繋がりが可視化されたようで、早苗は鼻の奥がじんと痛くなった。
「あ、そうだ、お母さん。
えっと、メール……」
『湊さん、こっち使いましょう。
元気な顔、見せてあげたほうがいいですよ。』
「ん、っと。 このアプリ?」
『はい、通信の滑らかさと、相手が入れる必要もないことで、結構いい感じに使われてます。』
ノアに勧められ、広告として表示されたアプリを押す。
あっという間にスマホ本体に落とされ、難しい設定もなく、電話帳のリンクを求められるとそれに許可。
画面はシンプルに。 それでいてわかりやすく通話先を選ぶ形だった。
電話帳から連携されたお母さん、と書かれたボタンが押される。
コール1回、それですぐに画面はついた。
「早苗!?
大丈夫なの!?!?」
元気いっぱいな叫び声。
あまりのうるささに両手を離して耳をふさいでしまうが、そんな早苗のスマホは重力に引かれることなく宙に浮く。
ノアのサポートにより、ちょうどいい位置に浮遊するスマホは鼓膜の痛みを堪える早苗を克明に画面向こうに伝えていた。
「早苗!どうしたの!痛いの!?
何処いるのあんた!すぐ行くからGPS付けなさい!」
「お母さんうるさい!」
「何よ!あんたのほうがうるさいわよ!」
「ノアちゃん!一回切って!
あ、ナッツはおいしかった!」
早苗の声に応えるように即座に画面が閉じられる。
いきなりの大音量とその消失に、早苗の耳の奥が耳鳴りのような金属音を立てている。
やめときゃ良かったかな、という考えと、言葉にしづらい嬉しさとが胸の中に浮かび、口角を上げてゆく。
「とりあえず、メッセで話しとこうか。」
『そうですね、まさかあそこまでとは。』
「ごめんね、ノアちゃん……ってあ、今の大声、神谷さん達に邪魔になってない?」
『大丈夫です、防音しておきましたから。』
ありがとねえ、と、狐を撫でながらメッセージアプリに次々と表示される文字を流しながら、メモ帳を開く。
何を書こうか、そう考えながら早苗はノアを膝の上に抱き上げた。
その場から少し離れた場所、防音の幕の向こうで神谷たちの話も佳境に迫ってきていた。
「で、菅井さん。
ぶっちゃけどんな感じ?」
「神谷さんの真面目な報告ですからね。
そちらの世界というよりも、そんな事をしでかす世界と早めに接触ができる方が上の人たちには大事みたいです。」
「ってことは、もしかして…」
「はい、久しぶりの友好世界の拡大と最近見つかった廃棄世界の余剰分でそっちの星に対する支援となるエネルギーの譲渡は問題ないかと。」
その菅井の言葉に、神谷は小さくため息をついた。
大丈夫だとは思っていた、しかしそれが確かなものとして目の前に現れたことを噛み締めていた。
「そうですか………そうかぁ。」
「まあ、上としても久しぶりの大きな功績になりますからね。
単なる交易路というだけでなく、救助も兼ねたとなれば、顰め面しながら腹の中では喜んでますよ。」
あ、これはオフレコで、とウインクしながら言う菅井に、こういう動作を誰彼構わずするようになってるのは職業病なんだろうなあと、少し悲しそうな目で神谷は返した。
そんな冷えた目に自分の行動を顧みたのか、咳払い一つをして空気を切り替え、菅井は言葉を続けた。
「とりあえず、いま途中経過で会議の流れをもらいましたが、ほぼ確定………あ、確定きました。
経路開通次第、我々の方でも通商と交流の措置を執る方向で進めます。
神谷さんは、そのための行動をお願いします。」
「了解しました。
それじゃあ宮司さんともこのまま話を?」
「そうですね、今つなぎ………ました。」
菅井が映るディスプレイの隣、そこにもう一枚のディスプレイが浮かぶ。
菅井のいる異世界発着場の中に分社として建立されている護国神社の神宮にあたる老人がディスプレイに表示された。
「おう、神谷君! さっきぶりだな!!
あいも変わらずトラブルだらけか!? うちの本社に厄払いなんかに来るんじゃないぞ! 何年かかったもんかわからんからな!!」
ガハハ、とでも表すしか出来ないような笑い声を吠えながら、神衣に包まれた肩を揺らす。
豪放磊落を地で行くような翁だが、異世界関連の対処や、色々と力を借りる神々との折衝など、マルチに働いてくれている、神谷にとってもなかなか頭が上がらない人である。
「話は聞いたぞ、実にけしからん!
うちの神様にも電話で聞いてみたが、「許す、やっちまえ!」とのことだ!
神谷くんに以前渡したアレは正しかったと笑っちょったぞ。」
獰猛な笑みを浮かべ、好々爺とした表情を脇に避ける。
宮司の老人は神谷の目が据わったことを確認し、襟を正した。
「異世界間における縁作りを司る護国神社宮司として、此度の件、祭神様へ奏上し奉り、その御言をここに汝へ伝える。」
朗々と歌い上げるように言葉が紡がれる。
望んだ言葉、ながら、自身にそれをやれると言うだけの信頼を於いてくれるという無形の重さが神谷の背筋を伸ばす。
「神谷隼。本事例における一時の縁切りを執行することを許し、その権能の行使を我らが祭神様の御言葉を以て保障する。
神のみを仰ぐにあらず、人の身の力にあらず。
神と人、共に歩むために授けられた務めなればこそーー
久方ぶりの新たな友のため、励み、尽くせとのことだ。」
「はい!」
畏まった宮司の画面、その姿が満足そうに頷くと通信が切られた。
「それでは。
神谷さん、ノア君、よろしくお願いします。」
「了解しました。」
『書類の準備、お願いしますね。』
早苗がいつの間にか神谷の後ろに立ち、抱きかかえられたままのノアが菅井の声に応えていた。
頼もしい言葉に、神谷は口の端に笑みを浮かべ、一つ深呼吸をし、通信を切った。
アンカーはそのまま、通信は早苗のメンタルを鑑みてそのままにされた。
これから数日もかかるようならともかく、やると決めれば成否に関わらず、五時間以内にはケリがつく。
わざわざアンカーを破棄し、時間のあいまいさを増す必要はなかった。
「それじゃあ、準備と説明を始めるか。」
『はい、湊さんのお母様の喉のためにも、さっさとこの星を救ってしまいましょう、』
「喉?」
「ノアちゃん! しーっ!!」




