011/016 「申し訳ありませんでした」
チカチカとノアの目が光る。
それに合わせ。神谷がポケットから古銭を取り出した。
和同開珎と呼ばれるそれは当時使われていたものではなく、神谷が改めて銅で鋳造ったものだ。
アンカーと呼ばれる、異世界探査のための要石のようなもの。
その設置を行うことが許可される乙級以上のエスコーターそれぞれが指定し、保持を許されるアイテム。
神谷の場合はこの古銭がそれに当たる。
通常の銅銭に見えるそれはリ・リアンス保健機構内における技術部の独自技術を用い、神谷のDNA情報と867層に及ぶ魔術結界を焼き込んだ逸品で、換金することすら不可能なほどの労力を込められている。
宙に浮き、くるくると不規則な軌道で回転を続けるそれは数秒の後、ピタリと動きを止めた。
「固着は完了。
ノア、確認後通信と回線調査を。」
『了解しました。』
かすかにモスキート音に似た音を立て、空中にディスプレイが投影される。
公共の場だけで利用を許されるはずのそれは、早苗にとっては学校の授業や朝会などでよく利用される身近なものだった。
黒一色の画面に通信中の文字が表示され、アニメーションで待機状態であることが示された。
『準備完了、神谷さん、お願いします。』
「了解。」
胡座をかいた状態の神谷が目を閉じる。
同時に、神谷の身体から微かな光の粒が漏れてきた。
早苗がよく目を凝らすと、本当にうっすらと宙に浮く銅銭と神谷にラインが引かれていて、それに沿って光の粒が出たり消えたりをくりかえす。
アンカーによる異世界位置情報の固着と、神谷たちの世界との相対距離での把握。
そして感知した異世界間をリンクさせる簡易的な経路の確保。
世界間に悪影響を与えないための、慎重にして繊細なその行為はAIによる簡易化は未だ至っておらず、エスコーター個人個人の感覚によるもので運用されていた。
「よし、見つけた。
繋ぐぞ。」
『お願いします。』
通信中の文字が呼び出し中、に書き換わり、待機状態のアニメーションが変わる。
あまりにも日本での日常で見るその画面。
早苗はつい単なる外国にでもいるのかと思ってしまうほどにあっさりと繋がったようだ。
しかし、目を開いた神谷は訝しむように眉を寄せていた。
「できた、んだが、ノア? そっちはどうだ?」
『通信はできそうですが、どうも帯域構築が抵抗ありますね。
アンカーの効果は、えぇ、問題ありません。とすると……あぁ、なるほど。』
早苗に撫でられていたノアの毛皮が逆立ち、何枚かのディスプレイが空中に新たに投影される。
その中に表示されるのは早苗では何をしているのかよく分からない数式とバラバラと入れ替わる写真たち。
何かあったのかなとぼうっと見つめる早苗に対し、神谷の目は複数枚のディスプレイの間を行ったり来たりしながらその情報を脳内に整理しているようだった。
『ありました、三年ほど前の事例、これはリング社の事例ですね。』
「随分と少ない症例だな。でもノアが気づかなかったってことは、別件だよな?」
『はい、世の中似たようなこと考える奴はいるものですね。』
ノアの膨大な知識の中には、利用者の提出依頼を受けて初めて閲覧することができる情報に加え、縁切りを行なった世界の痕跡があれば自動的に警告を発するようになっているものもある。
今回召喚追跡によりこの星に降り立った際にその警告が出なかったことは、以前の事例で縁切りをされた別世界とはまた別の世界が自己の利益のために他世界を搾取している、という証明だった。
『独占するためには、他の干渉は邪魔ですものね。
以前もそうだったようですが、アンカーを利用するような正式な異世界通信・経路は許せない、というわけですか。』
「ふむ、無理やりは、流石に危ないよな?」
『あまり推奨はできませんね。
流石に100%の安心は保証できかねます。』
「と、すると、か。」
『そうですね。
お、あっちも対応空いたみたいですよ。』
ノアの声と同時に呼び出し中と出ていたディスプレイに人が映し出された。
スーツ姿にヘッドセットをつけた、清潔感のある男性。
カスタマーセンター、という言葉が早苗の脳裏に浮かんだ。
「神谷さん、お疲れ様です。」
「菅井さん、お疲れ様。
先に電文で送ったけど、鳴宮さんは呼べそうですか?」
「はい、こちらに参加してくれるようにお願いしています。
それで、頂いた情報なんですが、ちょっと精査したいとのことで今「上」が緊急で会議してるみたいです。」
「はい、ありがとうございます。」
「ところで、そちらの子が?」
どことなく壁があるようなビジネス会話のやり取りに緊張をしていた早苗に、画面向こうから意識が向けられる。
イケメン度で言えば神谷以上のその端正な顔に、申し訳なさそうな表情で見つめられて早苗の頬はほんの少し赤くなった。
『はい、こちら被召喚者の湊早苗さんです。
時間のずれはほぼゼロでこちらも到着できていますので、帰還の際の処置はマニュアル通りで問題ないかと。
変異や改造はありません、特典の除去だけで十分です。』
「ありがとうございます。
ノアさんのチェックでそれならこちらも通常通りで問題なさそうですね。
それで、湊さん。」
「は、はい!」
じっと、熱の籠った視線が画面越しに早苗に改めて向けられる。
そういうものではないと知っていても、少しドギマギする程度には早苗は乙女だった。
「今回は本当に、申し訳ありませんでした!」
机に頭を叩きつけるのではないかと思うほどに勢いよく頭が下げられる。
綺麗に整えられた頭は整髪料で照明を反射しており、几帳面なのだろう菅井の性格を表しているようだった。
「異世界交流事例における修好規約に則り、現地エスコーターには調査と報告を依頼しなければならないため、今回のように湊さんのような被召喚者の方に帰還をお待ちいただくことになりました。
誠に申し訳ありませんでした。
調査結果が出ていない状況での通信も許可されないため、神谷さんしか同郷者がいないままでの時間を過ごしていただいたこと、誠に申し訳なく思います。」
一言一言が聞きやすくて、それでいて丁寧だな、アナウンサーの資格とか持ってるんだろうか、などと思いながら早苗は画面内で頭を下げ続ける菅井を見つめていた。
「いえ、こっちはその、むしろ快適に過ごさせてもらって、したことない海外旅行したみたいというか……」
「そう、ですか。
楽しかったですか?」
気遣うような相手の視線を受け、ちらりと神谷とノアを見る早苗。
一日にも満たない間、どれだけのワクワクと楽しさをもらったのかを思い返してみれば、勝手に口が開いた。
「はい、とっても!」
キラキラとした目と、声から伝わってくる喜びの感情。
画面一枚、世界いくつかを挟んだ通信の向こうでもそれは受け取れたようで、菅井の表情が柔らかなものに変わった。
「ありがとうございます、神谷さんのことだから学生相手でも容赦なくスプラッター映画に放り込むような体験させてたんじゃないかと思いましたが。」
「おい。」
『この人はともかく私が見せるわけないでしょう。』
「おい。」
「あ、そうですね、ノアさんがいましたっけ。」
「おいってば。」
「湊さん。」
「はい。」
神谷の言葉を無視しつつ、また菅井が早苗に向き直る。
神谷はすごい人だとは思っているのだが、怖がられてはいないのか。と早苗の中で神谷につけられるタグが一つ増えた。
「これから私と神谷さんとでこれからの話の詰めを行いますが、その間こちらの通信経路だけは開きっぱなしになります。
ですので、もしお持ちであれば、湊さんのスマホ、ご家族との連絡が取れるようになりますよ。」
「え?」




