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異世界帰還事業、今日も稼働中。  作者: ウタゲ
Case:003 修好規約
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010/016 「快適すぎて」

 朝日と共に起きる。

 久しぶりにそんな起き方をしたと。しっとりとしつつも柔らかな寝具の快適さを背中に感じながら早苗はそんなことを考えた。

 コンドルのような声、なのだろうか。

 笛のような高く長い声が空から響く。

 上体を起こし、窓を見た。

 ガラスはないが、虫は入らないし外からも見えないようにしてあるというノアの言葉を信じるのなら、太陽の光を取り込むこの倉庫の窓は一体どれだけの人が欲しがるのだろうか。


「ん……あれ?」


 抱きしめて寝たはずのきつねが無い。

 早苗はすでにそばにあることが当たり前になっていることに気づくと共に、家に似たようなぬいぐるみはあったかと寝ぼけた頭で考える。

 なんとなく手持ち無沙汰で枕元に置いたスマホを見る。

 時間は朝六時。

 大体いつも起きた時間だが、アラームは止められていたようだった。


『おや、起きてしまったんですね。

 もうしばらくは寝てても大丈夫だったんですが。』


 煙と音、それに合わせてきつねのぬいぐるみが早苗のそばに現れた。

 窓から差し込む日差しを反射する黄金色の毛並みはあいも変わらずにツヤツヤでふかふかだ、と、そう考えながら早苗の手は自然に頭を撫でる。

 

『はい、こちら洗顔用のぬるま湯と冷水です。

 化粧水などはこの箱から取ってくださいね。』

「ふぁい……」


 促されるまま、ノアの魔力操作によって宙に浮く水球に顔を突っ込み、そのままぬるま湯洗い。

 水球から顔を出したところに洗顔フォームで顔を洗う。

 Tゾーンに泡を乗せたりと、色々とやって冷水の水球でそれらを流し、化粧品のターン。

 洗顔を済ませ、差し出されたタオルと櫛で髪を整えた。

 気づけば早苗は洗面台でやるべき作業を布団の上で完了できていた。

 

(やばい。快適すぎてうちに帰ったら洗顔が面倒くさくなりそう。)

 

 ノアのサポートが快適すぎることに眠気の覚めた脳で危機感を覚えながらも、宙に浮いた顔を反射の形で見せてくれるディスプレイで髪を直し、うん、と一つ頷く。

 人間、楽に適応するのは本当に早いものである。

 朝の支度が終わり、貫頭衣を脱ぎ、畳まれていた制服に袖を通すと、まるでクリーニングに出した後のように綺麗になっていた。

 下着も制服もいっそいつもより完璧なそれに、早苗の目がノアに向く。

 どうにかうちで飼えないか、などと思ってしまうのも仕方のない話だろう。

 そうして準備が完了し、いまだに顔を出さないもう一人の同郷人に意識が向く。

 

「あの、神谷さんは?」

『彼なら、星巫女さんの治癒と食料を渡しに行ってます。』

「食料、?」


 早苗の思い出す神谷の姿はとても何かを持っているようには見えなかった。

 もらったお菓子とほうじ茶に関しても、どこからとも無く取り出してはいたが彼の身に纏うコートに仕舞えないほどのものではなかったはずだ。

 そう考え、やはり食料と言えるほどの体積のものは持っていなかったと改めて早苗は自分の考えを肯定する。


「神谷さん、何も持ってなかったよね。

 あれかな? 小説とかでよくあるような、狩りに行ってたり?」

『いえ、そういうことをする場合もありますが、今回はもう少し簡単に済ませてますね。』

「簡単に?」

『はい、とうもろこしの粉を5kgほど提供しに行きました。』

 

 自分の何も持っていなかった、という確信を否定されたことで早苗の脳が一瞬、ハテナで埋まる。

 5kgと聞いて思い浮かぶのは、母と一緒に近所の米屋さんで見た米袋。

 粉だからもっと小さいとしても、自分が見たあの袋は半分でも結構な体積だろうと疑問が浮かぶ。

 

「神谷さん、そんなに大きなもの持ってた?」

『はい、交渉用として、飼料用のとうもろこし粉なども神谷さんは持ち歩いています。

 こんなことできるのも彼のような甲級エスコーターの特権ですね。

 等級が下がれば、保持できる材料なんかも中々増やせませんから。』

「へー……って、飼料用? 

 だ、大丈夫なの? 」

『品種改良もまだまだな社会ですからね、日本の食用とうもろこしは糖度や栄養価が高すぎます。

 むしろ、飼料用ですら上物になりますよ。

 こういうやりとりの実例も交渉の材料になるんですね。』

「ほええ。神谷さんもノアちゃんも、色々考えてるんだねえ。」

『えぇ、私はともかく、神谷さんもそれなりにものは考えてるんですよ。』

 

 ツッコミを入れられる神谷は近くにおらず、ただ早苗は、偉いねえ、と膝の上に抱き上げたノアを撫でる。

 別にノア自身は他人との触れ合いを求めているわけではないが、早苗のような年代の女の子にとって手持ち無沙汰を続けさせることは精神的なストレスを積むことになる。

 それを回避するためであるならば、ノアとしては他人が勝手に触ってくることくらいは許容できた。

 そうやって早苗のメンタルの測定と穏便化を図り続けていると、神谷が戻ってきた。

 

「あ、お帰りなさい、神谷さん。」

「あぁ、ただいま。

 ノア、食材は渡してきた。

 食事まで少しある、準備をしようか。」

『了解です。』

「準備?」

「あぁ、夜に言ったろう?」


 にこりと微笑み、神谷はノアをつまみ上げた。


「説得の時間だ。」


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