009/016 「助けてあげてください」
「神谷さん。」
「ん? 」
「この星、大変なんですよね。」
「そうだな。」
「その、思ってたよりも、って、感じですか? 」
「あぁ、まぁな。
想定してた深刻度よりは、ずいぶん上だ。」
神谷の返答に、そうですか、と、小さく早苗がまた答える。
しんと、二人の間に夜が満ちた。
鈴虫のような虫の声はなく、動物達の声もない。
遠くから流れてくる風の音だけが二人の耳に響いた。
「その、星巫女さんの言葉に、ってことは。
覚えるだけ覚えて、すぐ帰る、ってこと、ですよね。」
膝の上に揃えた早苗の両手が握り拳の形になる。
「私をすぐに帰せないっていうのも、この星をなんとかしたいってこと、だったんですよね? 」
「それも、あったな。
どうも思った以上に時間も深刻度もやばそうではあるが。」
「あの、何日かくらいなら我慢します。
いえ、ノアちゃんがしてくれる今日みたいな状態なら、喜んで待てます。
だから、その、私からもお願いできませんか。」
自分の言っている言葉の重さをわかっていながら、震える唇を押さえ、恥ずかしさに蓋をして、早苗は神谷を見上げ、彼の目と自身の目をしっかりと合わせた。
その必死で、覚悟を決めたような姿に、神谷はつい微笑みそうになる頬と唇に力を入れる。
真面目に聞いていると、そう伝えるため、逆に厳しい表情を深めて見せた。
「おばあちゃんを、助けてあげてください。」
立って並んだら肩よりも低い位置、そんな身長差は、ノアが取り出したスツールのようなものに座った今ではさらに高低差を増している。
威圧感のようなものは間違い無くあっただろう。
それでも、早苗は神谷を見上げ、言ってのけた。
その言葉に、神谷は一度ゆっくりと目を閉じ、開いてから応えた。
「そういうのは、聞けない。」
「……」
「召喚による拉致。 それに対する処置は、保険制度に則って、必ず履行する。
結果として戻せないことはあったとしても、それは絶対の規則だ。
この規則があるから、俺たちは国の頸木を半分離れたこういう世界への追跡が許されている。」
召喚被害者の保護とその意見の尊重は、確かに大切だ。
しかし、それも無事な帰還を前提としたものでしかない。
何より、日本という国にとってはどのような世界であれ、日本人一人の帰還と引き換えにできるものではないのだから。
「だから、君には絶対に無事に、できるだけ帰ってもらう。
召喚被害者である君の言葉で、世界をどうこうなんて、できないんだ。」
穏やかに、しかし強い音が早苗の耳に響いた。
わかってはいた。
それでも、もしかしたらと、少しだけ都合のいいことを考えてしまったのだ。
自身がただの召喚被害者で、知識もなく、神谷のような実務者にすがるしかないことが、早苗にはとても悔しく思えた。
『何シリアスぶってるんですか無課金勢が。』
「おい。」
静まりかえり、重い沈黙が蓋をしそうになったその瞬間、ノアの声がした。
この半日で聞き慣れた、少し低めでそれでいて女性と分かるその声の発信源、神谷の腕に早苗の視線が向いた。
『安心してください、湊さん。
最初に言ったでしょう、緊急事態にあたるかも、って。
思ったよりも事態が深刻なだけで、この男ならなんとかできる程度です。』
「おいって。」
『こう見えてダダ甘い上に任侠ものとか大好きな男ですからね。
大丈夫です、きちんと言い訳つけて、なんとかしますよ。』
「本当? 」
『えぇ、言ったでしょう? 』
ぽん、と白い煙を立てて、早苗の膝の上にすでにおなじみになってしまったキツネのぬいぐるみが動き出す。
それは右前脚を掲げ、神谷を指さした。
『ヤバい人だって。』
「お前。」
嫌そうな、疲れたような、そんな表現しにくい顔をしてみせた神谷は大仰にため息をつき、天を仰いだ。
一本取られたと、そう言いたげなその仕草は、ノアの言葉を返事以上に肯定しているように早苗には見えた。
『どちらにせよ、今回の事案は簡易的なフローチャートでも緊急避難に当たるものになっています。
一度アンカーを設置して、天秤組と通信した方が良いでしょう。』
「あぁ、まぁそうだな。
俺とノアの連名なら、そうそう無碍にはされんだろう。」
腰に手を当て、空を見ていた神谷が早苗に歩み寄ると、そのまま腰を抱え、飛び上がった。
ふわりと飛び上がった後、衝撃もない倉庫の屋根への着地。
そこに立ってみれば、丘の上から麓の集落を見下ろせた。
電灯はない、所々に焚かれた松明と薪、文明社会では見ないような、揺らめく明かりがポツポツと人々の暮らしを示していた。
星空に比べ、余りに弱く、しかし暖かな光たちに、早苗は思わず声を漏らした。
「その説得のためにも、材料集めしないといけなくてな。
それもひと段落した。 だから明日、きちんとその辺りの話をするよ。
安心しろ、湊さん。」
座り込んだ屋根の感触に感心するまもなく、かけられたその言葉に、早苗は神谷を見上げた。
三つの月の一つが逆光になりながら、神谷の表情は残りの二つの月が優しく照らしてくれていた。
「大丈夫だ。」
『セクハラは大丈夫じゃないですけどね。
湊さん、帰ったらこう言うのに強い弁護士紹介しますよ。』
「なんでうちのAIはロボット三原則に沿ってくれないかなあ!? 」




