007/016 「私もまだ若いねえ」
滲む目を抑えるためか、獣が襲う前のようなしかめ面をしながら、ゲルテンは神谷の杯に酒を注いだ。
視界の端、かすかに星巫女が頭を下げるのが見えた。
それに瞼を閉じ、かすかな会釈で返す神谷。
年長組による三人の車座がいつの間にか出来上がっていた。
そこからは、女子会の騒がしさをBGMに三人の大人の話が始まった。
召喚被害を前提とした社会の話、ゲルテン達と似たような文化がどのような作物を作っていたのか。
政治システム、医療システム、薬草の栽培の効率化。
話すネタには事欠かず、漏らしてはいけないものに関しては強めにノアにチェックを入れてもらいながら神谷は目の前の二人と話を弾ませた。
そうして話を続け、ふと神谷は星巫女に目をやった。
宴が始まって一時間も経っていない。
その状態にしては、やはり顔色が良くない。
ノアの機能を借り、神谷は遠隔で、かつ隠密に優れたスキャンを実施する。
結果はすぐに出た。
星巫女の器、その中に蓄えられるべき生命、そしてエネルギーはすでに枯渇の域まで減らされていた。
老いによるものではあり得ない、力の使いすぎによるものにしては外殻に当たる部分に傷がない。
神谷の経験にはこの症状にピタリと合致するものが一つあった。
生命力の、あるいは生命そのものの譲渡。
星巫女がそれをする相手、それは論理的に考えれば一人、いや、一つだけだった。
「その腕輪、使われている石は黒曜石ですか?」
「ん、そうだね。
武器に使われたりもするんだが、時折生まれる角のない丸い石をつなげたものさ。
私の前の前の前の…ずっと前から繋がってきた腕環だよ。」
カリ、と音を立てて光を黒く返す石の腕環。
決して貴重な石ではないが、なかなかにお目にかかれないほどに綺麗に磨かれた石は、貴重素材ではないからこそ逆に伝えられてきたのだろう。
「見せていただいても?」
「あぁ。」
「では、すみませんがお手を。」
そう言って、神谷は手を差し出す。
そこに星巫女は腕輪を通した手を乗せた。
柔らかさを感じにくい、しわだらけの冷たい手。
実際に触れて、神谷はその状態に奥歯を噛みそうになった。
「ノア、これは…」
『わかってますよ、しばらくは記録圧縮のために断続的な記録になります、というか、『なってました』。』
「よし。」
『そっちこそ、分かってますよね?
私は、通常通りです。』
「わかってら。」
神谷とノアのやりとり。早口なそれにゲルテンが疑問を呈するまもなく魔力が静かに奔る。
同時にぴくりと、星巫女が身体をこわばらせた。
驚くような彼女の視線が神谷の手に乗せた自身の手に向き、次いで神谷の顔に移る。
その往復を二度した後、唇の端を震わせ、星巫女は目を伏せ、小さく、しかし、しっかりと、神谷に頭を下げた。
(大したものだよな、本当に。)
神谷が心の中で、そう呟く。
このような女傑が先導をした部族であるから、ゲルテンのような誇り高き戦士が生まれたのだろう、神谷はそう敬意を新たにした。
神谷とノアが感じたのは、寝たきりにも関わらず頑丈に見える身体に比した生命力の欠如。
それは、星巫女自身がその生命を緩やかに、星に奉納していたことを示していた。
もちろん、人一人のエネルギーと奪われていく星の力、比べることもできない、大河の流れを小石一つで緩めようとしているようなものだ。
それでも、彼女はその命を削っていたのだろう。
甲斐はなく、効果も見えない。
日々段々と色褪せていく世界を見ながら、それでもそれを感じられる自身だけでできることをし続けていたのだ。
(だからこそ。)
シワだらけの冷たい手。
手の甲を、もう片方の左手で撫でると同時に、神谷は自身の体内の魔力を漏らすことなく賦活させた。
その状態を維持、一度通した経路を通し、星巫女と触れ合うその微かな面積からじんわりと「魔法を」浸潤させる。
火を出したり氷を出したり。
空を飛んだり体を丈夫にしたり。
傷を癒やし、あるいは世界を縮めたり。
まさに夢想を現実にするような多種多様な魔法、その中の一つ、生命力の譲渡を、神谷は実に精緻に、かつスムーズに行なった。
魔法の行使はサポートAIに監視され、その一切を報告することになっている。
努力義務と言われてはいるが、その暗黙の了解の圧力たるや、いっそ法で規制されていた方がマシなほどだ。
未だ交流の行なわれていない現地勢力への魔力的な干渉は基本的に監視が行われ、その行使にも規定に沿うものであるかの判定が後々行われる。
そこに瑕疵があれば神谷といえど説教は避けられないだろう。
故に、黙ってやる。
ノアのおざなりな、それでいて規定通りの感知をすり抜けるように完璧に制御された魔力は神谷の望む現象を引き起こし、じんわりと星巫女の体にその暖かさを染み込ませていく。
「ふふ。」
「どうか、しましたか? 」
「いえねえ、私もまだ若いねえ。
男の子に手を握ってもらうだけで、若くなった気分だよ。」
クシャリと目尻の笑い皺を深め、星巫女はそう言った。
年の功という物だろう、神谷の行為をそういうふうに言って見せた。
釣られて神谷の目も柔らかく、ほんの少しだけ笑みの形に溶け、ノアは早苗の膝の上で両前足を上げ、星巫女の行為を称えた。
「それで、この手の甲の鳥なのですが。」
「あぁ、これは吠え走るもの(エルミネア)と呼ばれる、年に二度だけ朝方に山の上空を地平線まで飛ぶ鳥でね。」
星巫女の手に描かれた鳥の紋様に関して聞く神谷、それに応える声にみなぎる力がほんの少し強くなったことに側女の数人が気づき、小さく語り合う声が響く。
神谷への説明を、他の皆んなにも聞かせるような星巫女は優しく、それでいて通る声を出してみせるその姿を涙を滲ませながら側女達は見つめていた。
穏やかに、そして賑やかな宴は太陽が傾き、山向こうに沈みそうになって陽光を赤く変えるまで続くのだった。




