006/016 「俺の仕事です」
一歩間違えれば無礼になるようなその問いかけに、神谷は浮かんでいた笑みを消した。
真面目を気取り、座を正すと星巫女に正対。
瞬間、神谷の腕時計がランプを点灯させた。
ノアからのアピールに神谷は苦笑しながら口を開く。
「俺たちの世界は、召喚の対象によく選ばれます。
この星の言い方を借りれば、よく呼ばれる星で、国なんです。」
神谷はできるだけ伝わりやすく、訳され易い言葉を選んだ。
経験上、細かなニュアンスを蔑ろにしたことで結果面倒な事態を起こしたこともあった。
ゆえに、できるだけこの星の人には正直に話したい。
その思いを胸に、ノアに万が一の場合の再翻訳を依頼しながらも神谷自身の言葉で話す。
「昔からなんの前触れもなく人がいなくなる事がありました。
突然連絡もなくいなくなって帰ってこない、痕跡すら見つからない。
そんな人たちの行き先の一つが異世界だったと言うのに気づいたのは、国の歴史から見てみればつい最近のことです。」
思い出すのは昔の話。
召喚事変と言われたきっかけの一つの事件、そして、神谷自身が体験したとある召喚拉致事件。
トラウマなどではない、もう乗り越えた話。
だが、思い返すことで感じる痛みと悲しさは薄れても消えはしない。
「召喚という現象、それ自体は神話に語られたり、魔法の一種として物語等にもなっていました。
しかし、あくまで空想でしか無かった。 俺たちの世界ではそんな前提となる魔法自体が発見されていなかった。
そんな社会です、召喚なんてものは災害以外の何者でもなかった。
ある日突然、友が、仲間が、家族がいなくなる。呼ばれてしまうんです。」
神谷は目を瞑り、思い返す。
ここ五年、本当に召喚被害は軽微なものになった。
大学の単位やライブ参加ができない、給料をもらい損ねた、その程度の笑い話程度に収められる被害で、これをさらに軽くしようとみんなで話し合う事ができるようになった。
たった五年。それだけかかったのだ。
「最初はそれに抗することもできませんでした。
奪われたのか、本当にいなくなったのか、何か事故に巻き込まれたのか。
わかることすらできませんでした。
しかし、とある幸運をきっかけに技術と知識と、時間が追いついた。
奪われたことを知ることと、追うこと、帰る事。
俺たちの国は、そのための術を手に入れたんです。」
ゆっくりと目を開き、神谷は側に座る星巫女を見ながら、視界の端で辺りも確認する。
低く、近くにだけ聞こえるように絞った声は早苗たち女子会チームの空気を壊すことはなかったようで姦しい会話はその明るさをあたりに撒き散らしている。
それに反比するように、星巫女とゲルテンの顔には険が走っている。
「だから、湊さんみたいな召喚を連れ戻すために、俺のような人間が派遣されるようになりました。」
ぎり、と星巫女の手から音が鳴る。
数珠のような腕飾り、それが握られたことにより、軋む音。
その音につい、神谷は感謝の言葉を述べそうになった。
「誰かが異なる世界に呼ばれた後、その足跡から座標を割り出し、後を追う。
必要であれば交渉し、保護し、帰還させる。
それが俺の仕事です。」
「カミヤ、それはまるで……」
ゲルテンの声に、神谷は指を一本立て、言葉を止めさせる。
否定を意味するジェスチャ、星巫女の館への道中に彼自身から神谷が教えてもらった動作だった。
「英雄じゃない。戦士でもない。
これはあくまで単なる仕事だ。 俺の仕事なんだ。
あの子を連れ帰る、その安全を第一に行動する、調整者だ。」
星巫女の口元が引き締められる。
神谷の語りは力を誇るものでも、地位を振りかざすものでもなかった。
知識と経験と、何より人の心、倫理を捨てずに積み上げた一つの社会、その結実だった。
「すまなかった。」
地面から響くような声がした。
筋肉と骨と、威厳で作られた岩のような体が、首を垂れ、喉から放った声だった。
それは純粋な謝意だった。
自分たちの行為が誇れるものではないということは知っていた、それでも、星の衰弱を感じる星巫女の言と、自身が肌で感じる感覚に焦っていたことで、本来は選んではいけない選択肢を選んだことをゲルテンは恥じていた。
「あの子を呼ぶ方法は、夢の中で教わったんだ。」
手元の椀を覗きながら、星巫女が言う。
「顔も見えない何かが、言葉にもならない感覚で、教えてくれたんだ。
語り手として、呼んで、帰せる。
それだけならできるかも、とね。」
ゆっくりと首を振る。
老人としての重さを感じる、悔いを滲ませたその仕草は神谷に見せつけるためのものではないのだろう。
だからこそ、神谷の目に映るその姿には悔いと恥が滲んで見えた。
「救ってほしいと、そう願った。
だけどね、それは無理だって返された。
そうだよねえ、虫がいい事だよ、我ながら。」
歯軋りが聞こえた。
地を睨むゲルテン、歯を食いしばり、真横に引き絞られたその口からの音だった。
悔しさを感じる感性を持ち得てしまうからこそのそれは、大人としての矜持を持つが故の、神谷から見れば誇るべき痛みだ。
「そんな私の元に、あんな素敵な子が来てくれた。
それが、どれだけ……」
目を閉じ、息を止める星巫女。
何度も幾つも頭の中で言葉が巡っているのだろう。
何を言うべきか、伝えるべきかと。
「子供を攫うようなものだ、そうだよねえ。
分かるのに、気づけたのに、それなのにねえ。」
かすかな空白の後、ふっと細く短く息を吐き、そう呟いた。
言葉の主、星巫女の姿がほんの少しだけ薄くなったように、神谷には見えた。
「ごめんなさい。
…………ありがとう。」
ゲルテンの大きな体で側女達から隠されるような位置。
その状態で、できるだけ深く、少しでも悔いと謝意を伝えられるように、身を縮め、星巫女は頭を下げた。
その二人の姿に深い感謝を抱き、神谷は口を開いた。
「俺が今ここにいる。」
あまりにもいつも通りな神谷の声、それは敷物に向けられていたゲルテンの視線を神谷自身に向けて見せた。
「あの場で湊さんを連れ帰らず、ゲルテンと話し、祭壇を辞し、俺はここまで自分の意思で来ました。
この部族は、貴方達は、素晴らしい人たちだ。」
視線が顔に向く、それを感じた神谷は二人の視線を順に見つめ返し、自分が隔意も悪意も抱いていないことを言外に伝えてみせた。
「苦悩も後悔も、痛いくらいに分かる。
だから、もうあなた達が謝る事なんかない。」
ずい、と杯をゲルテンに差し出す。
いつの間にやら座る位置をずらしていたゲルテンは神谷の杯を見つめた。
「一献、くれないか、異界の友よ。」




