005/016 「美味しいです」
寝台の上では話しづらいし、どうせなら楽しく話がしたい。
星巫女のその言葉に、反論を言いながらも準備は粛々と行われた。
寝台の置かれた星巫女の館、そこの裏庭に当たる場所に葦のような植物の敷物が敷かれ、木製の器に盛られた食事が並んでいた。
神谷と早苗の鼻に届く温かな食物の匂いは、それなりに歩いてきていた二人にとって食欲をそそる物だった。
焼けた小麦の香り、肉の油の匂い、香辛料の複雑な香り。
贅を尽くした、とは日本人からしてみれば言いづらいにしても、確かに手が込み、心が尽くされた温かな会食だった。
キョロキョロと辺りを見回し、車座に座る他の人を見ながらついつい焦りを隠すように膝の上に抱くノアを撫で回しながら早苗は隣のゲルテンに声をかけた。
「あの、酋長さん。その、私たちってただ呼ばれただけで…その、ご馳走いただくようなことは何も。」
「だからこそ、だ。
星巫女様が言っていたろう。そなたらは、我々の請いを聞いてくれたのだ。
それだけで持て成すに余りある。」
「でもでも、星が弱ってるんなら、ご飯だって…」
「みくびるな、ミナト。
星も我らも滅びてはいない。
ならば、新たな客を、友を、もてなせぬわけもない。」
筋肉に包まれた巨体にそぐわぬ静かな声と、体躯に違わぬ強い目で、ゲルテンは早苗の言葉に応えた。
「大丈夫だよ、湊さん。
まだ余裕があるというのは本当だ。」
「……ほんと、なんですね? 」
「あぁ。」
星の力が尽きて滅びる時に、食料が「少ない」なんて、思う暇はない。
神谷はその言葉を口に出すことなく、笑みの形で口を噤んだ。
そんな神谷に思うところがあるのか、ノアは驚くほどに神谷の言葉に反応をしなかった。
「一応簡単な走査は俺とノアで分けてやってみて、問題はなさそうだ。」
『そうですね、大気の素性に原子核やスピンに重力など、面白みがないくらいに共通点の多い世界です。
問題なく炭水化物とビタミンとして補給できますよ、ほら、これなんかどうです。』
早苗の膝から降りる事なく、ノアがフォークのようなものを浮かせて早苗に生地に包まれた肉のようなものを差し出す。
持ち手のいない「あーん」は早苗にとって初めての経験だったが、差し出されたそれの匂いとテカテカとした肉の見た目が美味しそうで、促されるままに口にした。
香辛料と、肉の油と、柔らかに包み込むとうもろこしの生地の味と食感。
現代日本ではそれ用の店に行かないと味わえないような、素朴な味が早苗の舌に広がった。
ぴくんと跳ねるように身を震わせ、口に入った物を必死に咀嚼してのみこむと、口を手で隠しながら堪えられないように星巫女に目をやりながら、早苗が感動を口にした。
「美味しいです! おばあちゃん! 」
思わずといったその言葉に、神谷とゲルテンは苦笑、側女の一人は嬉しそうに、それ以外は半分が呆れ、半分が目尻に力を入れるように怒りのかけらを見せた。
一瞬でヒビの入った空気と多種多様な視線にさらされるという事態に、早苗の動きが止まる。
やってしまったか、そう早苗が自分の行動を悔やむ。
一拍、空気が止まる。
その止まった空気を動かしたのは星巫女だった。
「ふふ、ふくふふふ……
そうかい、美味しかったかい? 」
「は、はい!
ピリッとくる感じとお肉のはごたえと、後この生地と!
美味しかったです! 」
星巫女が早苗の方に顔を向けた。
その瞳には、どこか懐かしさを抱いたような、優しい色が宿っている。
まるで孫を見るおばあちゃんのそれのような温もりに、早苗は少しだけ背筋を伸ばした。
「素直な子だねぇ。嬉しいよ。
私達の料理を、そんなふうに言ってくれるなんて。」
空気を動かしてくれた星巫女の切っ掛けに全力で乗る。
早苗は勢いに任せて自分の感情を語った。
「えー……はい! そんで、えっとやっぱりソースのとろみもすごく良くてですね! 」
「うふふ、そうかいそうかい。
らしいよ、キルヤ。」
早苗言葉に、星巫女が側女の一人に水を向ける。
キルヤ、と小さく呼びかけると、側女の一人が頬を染めながらも、照れたように会釈した。
「今日の料理はこの子が包丁でね。
ずいぶん張り切ってたんだよ。ねえ、キルヤ?」
「は、はい……ありがとうございます」
まるで早苗を宴の真ん中に押し上げるように、星巫女は声を重ねていく。
「少しお話しておいで。
たまには同じくらいの年の子だったり、お客人の感想を聞くのも、いいだろう?」
星巫女の勧めに、キルヤは推されるように座る場所を変える。
早苗の誉め言葉にキルヤが応え、二人とも料理には造詣があるのか話が弾む。
そこからキルヤの紹介で早苗の制服にちらちらと視線をやっていた別の子が紹介され、次の子へ、また次の子へとつながりが生まれていく。
気づけば、神谷とゲルテンの座る位置のほうが星巫女の近くに追いやられ、異世界交流の女子会がにわかに立ち上がっていた。
「すごいねえ。」
『えぇ、助けられちゃいましたね。』
「あぁ、大した才能だよ。」
『スカウトします? 』
「おい。」
『失礼。』
袖を握られ、そこについているボタンホールとボタンについて質問されたり、笑いながら何かの話をしたり。
合間合間に食事をつまみ、神谷の目には随分と早苗がリラックスしているように見えた。
膝の上に置かれた狐のノアぐるみもつつかれたり触られたりと忙しそうだ。
そんな光景に安心して一つ息を吐く神谷。
その視界に、杯が映る。
「カミヤ。」
「あぁ、ありがたく。」
ずいと差し出された陶製の杯はカラフルな顔料と多種多様な動物が精緻に、抽象的に描かれていた。
匂いは強め、単純な発酵酒だろう。
神谷が舌に乗せると、香りとともに味が広がった。
素朴で、単純で、雑味が多い。
草の匂いと穀物の匂い、土の匂い。
強く優しい酒だった。
「美味い酒だ。」
「あぁ、そうだろう。
われらの部族と共に生きてきた酒だ、そうでなくてはな。」
厳つい顔にほんの少しの誇らしげな笑みを浮かべるゲルテン、
ぐいと神谷のそれより大ぶりな杯をあおり、喉を鳴らして飲み干した。
その姿に、神谷もつい笑みを浮かべてしまう。
隣に置いた壷から二杯目を注いだゲルテンに、神谷が杯を向ける。
杯の中には酒が満ちていて、まだ神谷は飲み切っていないことから注ぐことを欲しているわけではないことに気づくが、だとすれば何を、と、ゲルテンの中で疑問が浮かぶ。
「俺のところでの儀礼だよ。
杯を軽く、合わせてくれ。」
神谷のその言葉に、戸惑いながら掲げられた杯に自分のそれをぶつけるゲルテン。
焼き締めた陶器の杯は土の素肌をさらしている部分も多いため、地球でよくあるようなコップ同士を合わせるような音ではない、しかし確かな硬質な音がした。
その音に合わせて口元に杯を戻し、二人は同時に杯を干した。
「美味いな、これは。」
神谷以上の量を一気に神谷とほぼ同時に飲み干したゲルテンがさきに言葉をこぼす。
「あぁ、そうだろう。」
神谷の返しに、ゲルテンは厳ついその顔をまた少し緩めた。
「本当に、仲良くなったんだねえ。」
男二人の間に、神谷の隣から声がかかる。
しわだらけの顔は驚くような形に開かれた目で二人を見た。
「あんたがこんなに穏やかに話すなんて、子供のころから碌に見たこと無かった気がするねえ。」
「星巫女様、そんなことはない。
俺はトゥパクの奴とは部族の統制についても話すし、外部の商人とも俺が一番に話す。」
「その人たちは、今のあんたの顔を見たことはなかったろうねえ。」
やれやれと首を振り、木の椀に注がれたお茶に口をつける星巫女。
薬草茶に近いそれを啜る姿に強い反論ができないのか、ゲルテンはバツが悪そうに杯をあおる。
酋長という実務的な長と、星巫女という祭事に関する長。
二人はやはり長い間の付き合いがあるのだろう、神谷は二人の間柄をそう予想を立てた。
実際、召喚から宴までの間、星巫女の召喚の結果である神谷と早苗に対する礼儀を失することはなかった。
ゲルテンにとって星巫女とは、腕力ではどうしようもないことをつかさどってくれる、自分が殴れない場所に手を伸ばし、纏めてくれる先達でもあったのだ。
仲のいい先輩に窘められる管理者、そのような感じだろうか。
笑うでもなく、和やかに神谷は自分をはさんだ二人の話を見つめた。
「それで、あなたは誰なんだい?」
にこやかな目の中にしっかりとした芯を置きながら、星巫女は神谷を改めてのぞき込む。
「召喚の時、私はここで夢を見ていた。
あの子が私たちの星に引っ張られた、それは見た。」
ちらと早苗を見ながら星巫女は話をつづけた。
一度話始めれば堰を切ったように、女の子たちは思い思いの話を続けていく。
星が呼んでくれた一人の女の子は救いの手か、あるいは何かの思い出を持って帰ってくれるのか。
その心配は、早苗の善性が答えとなってくれた。
早苗自身にはそこまでの力は感じない、しかし、あの優しい少女はきっと我々の事を覚えてくれるだろう、その確信が星巫女にはあった。
だからこそ、神谷という人間に対し、疑問を持たざるを得なかった。
星の言葉の端々から、力あるものを呼ぶことはできないこと、複数の救いの手を引っ張ることができないことは理解させられた。
そのはずだったのだ。
「なんであんたは、ここに居る?」




