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浮島編6

 何日かの空白後、次に伊勢原駅から徒歩十分ほどの貨物集積所を指定された。


 駅前の道路を一本渡ると、やはりそこに、人を見つける方が難しい物静かな風景が広がった。空き地を囲う網状フェンスに沿い路地を進むと、喧騒(けんそう)は遠ざかり、代わりに職務の責任をまとう無音が体にまとわりついてくる。

 胸を丸ごとくり抜かれたような焦燥と、あまりにものどかに(たたず)む周囲の家々が、何とも皮肉な対比に思えた。


 集積所のトラック発着場は厚木のそれと似ていたが、外部にあるため、前回体験したある種の密閉感は一掃された。末端作業者のためのロッカーはなく、事務所の隅に鞄を放置すると、そのまま一人で作業場へ向かわされた。


 一メートルほど高く敷かれた打ち放しコンクリートの奥側に、業務用貨物がぎっしりと並んでいた。リーダーらしい中年の男が、フォークリフトに乗りながら、中国人と思われる若い男に細かく指示を出している。新参である私は最初、空気ほどにも扱われることなく、中央に置かれたパイプ椅子にぽつんと鎮座し続けた。


 やがて、後部ドアを開けたトラックがバックで付けると、いよいよ動かざるを得ない気配が一気に場を満たした。私は言われるままハンドリフトを手に取ると、荷列の手前からパレットの穴に差し込み、そのまま大きく開いた荷台まで運んだ。


 厚木で初めてその使用方法を拝見したハンドリフトだが、慣れないうちは、免許が要るのではと思うくらい持て余した。L字型底部の爪を、荷物を載せたパレットに差し、そして、爪と垂直のハンドルを、くみ上げ式ポンプの要領で何度も前後に振る。すると内部の油圧ポンプにより荷物全体が浮き、その後車輪により人力で引くことが可能になる。


 引くだけならよいが、荷物を前にして押し進めるときが案外難しい。数百キロの荷物の重心に対し力を伝えなければならないので、少しずれるだけで、進む方向が右へ左へと揺れる。開始二、三回は、手から落ちるティッシュのように進路を定められず、意思に反しそこらを右往左往した。


 (から)のトラックはその間も、ひっきりなしに到着した。

 指定された列の荷物を全て、適切なトラックの荷台まで運び入れるのだが、続々と来る車に作業スピードが追いつかない。明らかに未経験者の不格好な千鳥足(ちどりあし)を見て、ドライバーの一人は、「貸して。俺がやる」とハンドリフトを取り上げた。


 この世のあらゆる仕事に波が存在するわけで、さばき切れないと思われたトラックがやがて去ると、再び一息つける空隙(くうげき)が訪れた。巨大生物が横切った後のように放心していると、フォークリフトの上からリーダーが、「具合悪いの?」と声をかけてきた。初日であるという言い訳すら思いつかず、私はまた「大丈夫です」とレコーダーのように言い、それからハンドリフトの練習を進んで志願した。


 トラックが来ないうち、荷物を出したりしまったりしていると、さすがにコツらしきものをつかむことができた。慣れだしたときが人間本当に危ういのだが、できると錯覚しだした私は愚かにも、F1のドーナツスピンのような動きさえするようになった。


 とはいえ、次の波を軽くいなすほど、確実に腕は上がっていた。

「あのトラックは岐阜行きだからK列、次の愛知行きは奥のQ列ね」


 私はスムーズな物流を止めないよう、指示に基づき、順序立てながらせっせと貨物を積み込んだ。新人である私に無茶な叱責は与えられず、「ハンドリフトも楽しいものだ」と、それとは知らず調子づき始めていた。


 昼休憩時、事務所に戻った私は、ともにいた中国人男性に「楽勝ですね」と言い放った。男性は言葉を返せず困惑したように、また、デスクの責任者らしい男性は何かに留意するようにして、私を見た。

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