浮島編5
「いやあ、迷惑かけてばっかりで」
普段喫煙所で言葉などかけない私だが、あまりの不甲斐なさからか、気づくと、さらに別の赤キャップにそうこぼしていた。
やはり、正社員に赤い帽子を身につけさせることで、派遣と明確な線引きを行っているらしい。怒声交じりに休憩を促されたことを話すと、穏やかそうなその男性社員は、目尻にしわを寄せて苦笑した。
午後からは、持ち場がトラックヤードに変更された。この理由が、あの無秩序な箱詰めでなかったことは、翌日も冷凍庫に回されたことから、明らかではある。
シャッターが解放された搬入口にトラックの荷台が、隙間が見えないほどぴったりと後ろ付けされている。現地担当者からは「デバンニング」という作業名称以外、何も伝えられなかった。後でネットで、積み込み作業「バンニング」の反対、すなわち積み降ろしを意味する、ということを突き止めはした。
トラック荷室で目にしたのは、冷凍ポテトが入った千個のダンボールであった。ダンボール一つの重量は約十五キロ。荷室後方にパレットと呼ばれるプラスチック製の板が置かれ、それにダンボールを一つずつ載せていく。
やがてパレットにポテトが五十ほど積まれると、社員がハンドリフトというローラー付きの爪で板ごと持ち上げ、どこかへと引っ張っていく。これをニ十回繰り返す。
作業者は私を含め、計三名。いずれも男性で、一方は自分より若く、もう一方はやや年かさであった、気がする。単純計算で、一人当たり運ぶポテト箱は三百三十三個。時間は十三時から十七時までの約四時間。三百以上の箱を移しきるのが先か、四時間経過するのが先か、初めのうちは見当もつかない。やらない選択肢などもちろん与えられず、ウェアを脱いだ我々は一人ずつ順に、ポテトの箱へ手をかけた。
最初のうちは良い。頭を一切使わず、十五キロの箱を板に載せるだけである。数をこなしていくと、箱の山とパレットまでの距離が異様に長く感じる。授業しかしたことのない男の腕と腰に、疲労は着実に溜まっていく。社員不在時、他の作業者の「もっとパレットを近くに置いてくれよ」という不平に、無言でうなづいた。
中盤を過ぎると、たまに社員も手伝ってくれたが、作業は徐々に雑になった。最初宝石箱でも扱うようにしていたが、社員が乱暴に箱を落とすようにすると、我々もそれを真似し始めた。箱の一部が裂け、中身が露出しても社員は何も苦情を言わなかった。
翌日も、冷凍倉庫での謎の箱詰めのあと、デバンニングを任された。午後からまたトラックヤード、とは告げられていなかったため、食堂付近をさまよっていると、「西松さん、至急トラックヤードへお越しください」と館内放送で呼び出された。
前日の疲労を抱えたまま、今度はえんどう豆千箱をどう運んだのか記憶にはないが、最後はB級学園ドラマのような感動が待っていた。
荷物いっぱいのパレットがハンドリフトで引かれるとき、誰かが後ろから押すのだが、ラスト一個が積まれると、「最後は全員で」と三人で一緒に荷物を押し出した。前日とは違うメンバーだったが、厚木郊外で無名の三人の気持ちが一つになったこの一瞬は、光った途端消える小さい火の粉だった。
帰りのワゴンも機械的に労働者を駅前に戻した。暮れ始める空とは対照的に、明るく雑談を交わす人々もわずかながらいた。車を降りたとき我々は、コップの水に垂らしたインクのように、やがて人の群れに加わり区別がつかなくなった。最後、トラックの荷台でともに力を合わせた男性らは、多分同じ車に乗ってはいなかった。




