浮島編4
分厚い扉の先、硬いビニール幕を手で払うと、そこは思ったほど寒くはなかった。転職サイト担当者からは事前に、「この倉庫で出来れば、どの現場でも通用する」と伝えられていた。よって、数秒で凍死寸前に追い込まれる氷点下の世界を覚悟していたが、その気構えも、冷房が効き過ぎている程度の巨大な空間で、古い漆喰のように崩れていった。
ここで任された肝心の作業には、今でも疑問符がつきまとう。ほぼ足の向くまま通された一角で、いくつものローラーコンベアがうなりをあげながら、冷凍食品を吐き出していた。すでに経験を積んでいるらしい気立ての良さそうな男性が、プラスチックの箱に手際よくそれらを放り込んでいた。
手順も何もわからないままコンベアの先に立った私の前にも、「じゃあ、これお願い」というふうに、凍った食品のパックががらがらとまき散らされる。
これらをただ箱に詰めればいいのだろうか。
他にもいる先輩作業者を眺めると、どうもそこまで単純ではないらしい。冷凍ハンバーグ、調味料、野菜をそれなりの規則に基づいて選別している、ように見える。
もちろん、要領を得ないまま適当にやるわけにはいかない。私は質問も整理できないうちに、最初の優しそうな派遣の男性に尋ねた。
「あの、どれをどう詰めればいいでしょうか」
男性は顔を上げ、何本かのラインを指しながら、二言三言説明を与えてくれた。しかし、ひと時もやまないローラーの轟音が、その形のない貴重な手引きを、容赦なく打ち砕いた。
試しに、見よう見まねで、手近の箱に食品を詰めてみる。いっぱいになった箱を後ろに流すが、文句を言ってくる者は一人もない。
本当にこれでいいのか。いや、いいはずがない。仕事一日目の私が独自に選別し詰めた箱の中身など、ネットを独り歩きする陰謀論くらいデタラメに決まっている。私はもう一度、赤いキャップをかぶった社員らしい男性に、同じような質問を試みた。
男性はそこを通行する片手間に、それこそ広辞苑も度肝を抜く、明快で論理的な解説を投げた。しかしながら、またしても倉庫を渦巻く鳴動により、それは意味を持たない空気の振動として、私の鼓膜手前で惜しくもかき消えてしまった。
じゃあ、これでいいんだな。知らんけど、こっちは出てきたもの適当に詰めるぞ。
ハンバーグ、野菜、エビ。いや、カニか。わからない、どっちでもいい。周りを見れば、やはり箱詰めのルールは存在するらしい。私には永久に触れることのできない、極めて高尚で秩序立ったルールが。
食品で詰まった箱を後ろへパスするが、やはり具体的な指示はない。そのうち、プラスチックの箱を組み立てる業務へ回される。その理由が、正しい食品の選別が出来ていないからなのか、それさえもはっきりとしない。
肌にうっすらと汗がにじむ頃、赤いキャップの別の社員が怒鳴るように何かを言ってきた。聞き漏らしてはならないと思い、耳に手を当て、遠くのその赤帽子に再度言葉を請う。
「そ!れ!終!わ!っ!た!ら!きゅ!う!け!い!聞こえた?」
私はOKと手で示すと、残りの箱を組み立てながら、時間が過ぎるのを待った。




