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序2

「下手な投資より、よっぽどいいと思うけどなあ」


 そりゃあ、そのうまい話の通りにいけばな。だが、私は第一埠頭の同僚である「あの人」を思い出していた。


 あの人は社長と同い年のはず。あの人と同学年である社長の手助けをすれば、あの人との、ほんの少しの縁でも生まれるだろうか。言うまでもないが、その根拠などあるわけがない。あの人と社長を同一視するのは、どう考えても無理がある。だけど。


 考える間、社長はおなじみの押しの強さを発揮した。「班長の伊藤さんいるだろ」


 伊藤さん。我々事務メンバーのリーダーである鉄の女性。社長の三つ年下で、毎日の残業はアベレージで二時間半を越えてくる。しかも有給を取らない。


「伊藤さんにも話したらさ、二百貸してくれたんだよ。他の現場でも、出してくれた人がもう三人いる」


 私が口を開こうとしても、プレゼンのような社長の懇願は続く。「ゆくゆくは、りんかい実業の幹部職もつくってな、五人にはぜひそこに」


「わかりました。出しましょう」こう言ったとき頭に浮かんだのは、小さな派遣会社の役員に就いた自分ではなく、気を抜けば見とれてしまう、あの人の優美な姿だった。


「いくら出せる?」社長は再び訊いた。

「私も二百なら」「いつ出せる?」「株を現金化しないといけないんで、明後日には」「ありがとうございます。助かります」


 社長がささやかな安堵を見せると、私の胸にさらさらとした液体のような不安があふれた。


「この話、どうなるのか見てみましょう」私が言ったことで社長は顔をわずかに曇らせた。借金を返すつもりの社長にとって、私の一言は心外だったに違いない。


 車が発進するのを見届けると、それが早いか私は帰る方角へ足を向けた。いつもなら見送りながら軽く頭を下げるところ、そうはしなかった。出資側として尊大にするつもりはなかったが、ありったけの礼を尽くす気にもならなかった。トールワゴンから一回り小さい軽自動車に変わったことには、最後までふれなかった。



 2025年7月、この序章の執筆時点でも、金はまだ戻っていない。社長は東南アジアにでも高跳びするのか、それともいつか元金くらいは返すのか、知る者は誰もいない。


 いつか臨界点を越えた不安は弾け飛び、心の中でドット絵のような模様を描いた。それらの点一つ一つをなぞると、ひたすら滑稽(こっけい)で哀れながらも、有意な形が浮かび上がった。私は、それをストーリーと呼べるなら、労働街の記録としてひそかに書き残しておきたい。

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