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浮島編12

 それに前後して、文学賞の落選も知った。以前は文学誌に結果が掲載されたが、業界が斜陽であるためか、書籍でなく電子媒体により発表された。


 当選者はなく、最終選考に残った作品の選評が、編集者の対談形式で紹介されていた。二、三回見直しても、やはり自分の作品は見当たらず、箸にも棒にもかからなかった事実を目の当たりにした。


 二浪目の二十歳の冬、受験前日に、なぜかついて来た母と品川プリンスホテルに宿泊した。私は勉強道具を持ちながら部屋を出、ホテル周辺を一人見て回った。


 敷地内に手頃なカフェを見つけると、青二才が厚かましくもその扉を開いた。夕食後だったのだろうか、客は一人もおらず(店員の姿さえ記憶にない)、参考書を広げても文句は言われなかった。


 名も知らないピアノの曲がかかっていた。今ならアプリで曲名を検索できるが、その曲が何だったか、もう永久に知ることはできない。


 胸をそっと撫でていく旋律とともに、あのとき過ごした時間がかすかに思い起こされることがある。勉強がはかどるほどの頼れる精神など、そのときまだ持ち合わせてはいなかった。持ち合わせてはいなかったが、翌年には自分の気持ちはすっかり晴れる、という根拠のない自信だけはあった。


 どれだけ実力のない学生でも、その後の人生の全てにおいて良い思いとは無縁、と考えはしないだろう。あの頃の自分に、「これから四十近くになっても、バイトと派遣仕事するだけで、大したことは起きない」と言ったら、どんな顔をしただろう。


 母はその後も、東京に出るときは必ず、宿泊先として品川プリンスホテルを選んだ。品川駅前で屹立(きつりつ)するあのビルを大都会の象徴のように思っているのかもしれないが、その理由を訊いたことはない。

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