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第6話 不埒なチェリーピッカー

 ニーデラーナ学園の魔法科の生徒たちは、揃いも揃って胡散臭い連中だった。

 その中でも一際怪しい輝きを放っていたのがリズワン・ホーガンロチェスターという男で、今では立派な会社経営者という肩書を引っ提げている。

 彼は学生時代から裏で情報屋まがいのことをしていて、「法に触れない範囲なら、どんな取引でも成功させる」と噂されるほどのやり手だった。


 珠子は直接依頼したことはないので詳しいことは知らないが、報酬は交渉次第。ほとんどは指定された品物か現金を要求されるらしい。


(便利屋だなんて言ってたけど、高利貸しの取り立て屋って言われた方がしっくりくるわ)


 学園が直営していたのは売店、食堂、購買部といった日本でもお馴染みの施設ばかり。個人でなにかしらのビジネスをしていたのはリズワンくらいだったはずだ。


(デリク先輩はリズワン先輩のことを「腐れ縁」なんて笑ってたけど)


 デリクは学生時代からリズワンの右腕的存在で、今は秘書のような仕事をしていると言っていた。本人は掃除メインの雑用だと笑っていたが、言葉の通りに捉えていいわけがない。絶対にそんな単純な話であるはずがないからだ。


『先日は久しぶりに大がかりな掃除で疲れました。でも、おかげでタマコさんにお会いできましたので、結果オーライですね』

『……大変なんですね』


 怪しい空気を感じたら「関せず、存じず」を貫くのが吉だと過去の経験から学んでいる。


 リズワンの会社は今やニーデラーナでも名の知れた存在で、簡単に調べられるほど有名だ。




 リズワンの目には今の珠子が金塊のように映っているに違いない。満面の笑みは商売人のそれ、芝居がかった再会の挨拶は役者のそれだ。


「懸賞首よりも目撃情報が少ないと噂のタマコさん自らご連絡いただけるなんて! 今日は素晴らしい記念日になりました。きっと天変地異の前触れですよ」


 ひどい言われようだ。どこかで聞いたような台詞だが、聞き飽きるほどではなかったかもしれない。


「はあ」

「なんですかその顔は」

「親からもらった顔ですけど」

「そういうことを言っているんじゃありません」


 洒落たレストランの個室。

 デリクの数倍は面倒な男を前に、珠子は営業スマイルを貼りつけて仕切り直した。


「大変心苦しいですが、リズワン先輩にお願いしたいことがありまして」

「おやおや。久方ぶりに姿を現したと思ったら……僕と取引ですか」

「大変不本意ですが、そうなんですよ。ええ。まだやってます? えっと、探偵業?」

「便利屋ですが」


 何年経ってもリズワンと話すのは気が抜けない。

 実績も経験も十分な今の彼の目は学生時代より穏やかになったはずなのに、どこか鋭く本質を突いてくる。

 珠子が今まで連絡を絶っていた理由。驚くほどあっけない再会。そして、取引の裏に隠された真意。

 見透かすように細められた目は蛇のようだ。


 厄介だと思う反面、それこそがリズワンらしさだとも思う。

 もし珠子が彼の立場だとしたら、そもそも約束の場に行かない選択をするはずだ。投資か詐欺かカルトの勧誘を真っ先に疑うはずだから。

 とはいえ、リズワンであれば話は別だ。この状況を商機と捉え、逆に主導権を握ってなにかを売りつけるくらいはしそうだ。


「普段から壺とか健康サプリとかを売りつけてたりして」

「誰が詐欺師ですって?」

「誰も先輩のことを詐欺師だなんて言っていませんよ」


 地獄耳は今も健在だ。

 本題の前にがみがみと説教が始まりそうだったので、珠子はパンッと手を叩いてひりついた空気を飛散させた。


「回りくどいのは面倒なので、持ってきました」

「は?」

「手付金はこれで手を打ちませんか?」


 珠子がテーブルに置いたのは年代物の酒だ。リズワンが驚いたように目を見開いたが、すぐに訝しげな視線に変わってしまう。


ルクス・エクリプス(幻の酒)。本物ですよ」

「……なぜ、僕にこれを?」

「風の噂ってやつです」


 リズワンに接触した理由はシンプルだ。珠子が働く店のオーナー、ルーシッド・スヴェルヴの情報を得るため。

 探偵を雇う選択肢もあったが、珠子はあえてリズワンを選んだ。彼は狡猾で手段を選ばないが、報酬さえ出せば期待以上の仕事をしてくれる。自分の情報を売られる前に、恩を売っておきたかったというのも理由のひとつだ。


「どうしてあなたがこれを?」

「市場に出回らないって聞いて。偶然うちにあったので持ってきました」

「どうやって手に入れたか聞いても?」

「知人がくれたんです。まあ、わたしの()()()()()()()()がいて」

「ファン?」


 リズワンが一瞬、露骨に顔をしかめた。




 数日前、珠子がデリクに「最近、取引で人気の品ってなんですか?」と軽く持ちかけたところ、教えられたのがこの酒だった。


『デリク先輩も探しているんですか?』

『僕というよりは、我が社ではありますが』

『なるほどねぇ』

『情報料はいただきませんので、ご安心ください』

『……ありがたくて涙が出そうです』


 ルクス・エクリプスは愛酒家でも滅多にお目にかかれないレア物らしい。しかし、運は珠子に味方してくれたようだ。

 珠子は上がった口角を隠しもせず、好戦的な顔でデリクに宣言した。


『どうにかなるかもしれません』

『……僕は用済みですか?』

『先輩は一応わたしの客なので、そういう認識はないですね』

『リズワンを頼るつもりですか?』

『うちの客であるデリク先輩が嗅ぎ回ったら怪しすぎますよ。外部委託の方が動きやすいこともあるじゃないですか』

『同席もダメですか?』

『当然です。それに――』


 しょぼくれたデリクは「待て」を命じられた犬のようだ。学生時代の彼であれば珠子を言いくるめたに違いない。可愛いとはちっとも思わないが、昔に比べればずいぶんと丸くなったなと珠子はしみじみ眺めた。


『蛇の道は蛇っていうことわざがあるんですよ。わたしの国には』


 デリクも似たようなものだが、とは口に出さなかった。




 話は冒頭に戻る。


 リズワンに電話をかけたときの素っ頓狂な声は忘れられない。「生きていたんですか!」と、悲鳴とも感嘆ともつかない叫びが飛び込んできた。驚くのも無理はない。あれだけ疎遠だった珠子からの突然の連絡だったのだから。


 本人かどうかを疑われたので、学生時代の話を振ってみた。リズワンが唯一苦手としていた浮遊術の授業。初めて地面から浮いた日、カレンダーの日付に花丸をつけているところを目撃した話をすれば、「なぜ知っている⁉」と大慌てだった。

 どうでもいい情報のはずだったのに、人生の役に立つ日が来るとは思わなかった。


 貸し借りなしで後腐れのない取引をするにはリズワンは都合がよかった。味方とは言い切れないけれど、敵に回したくはない。勝手に情報を売られるくらいなら恩を売っておくのが賢明だ。


「なぜ、僕がこれを探していると?」

「久しぶりにお会いするので、手土産があった方がいいかと。リズワン先輩は有名な経営者なので、噂なんてそこら中から転がり込んできます」


 自分で言っておきながら怪しさ満点である。

 珠子がルクス・エクリプスを所持していた理由は単純だ。収集家の客からの「忠誠の証」というもので、ありがた迷惑な献上品だっただけ。飲んでもいいし売ってもいいと言われたので、ありがたく使わせてもらうことにした。

 女王様業が役に立つこともあるものだ。


「……とりあえず、依頼内容をお伺いしましょうか」

「その前に、今日のことは一切口外しないという契約を結んでください。ついでに、わたしと会ったことも黙っていてほしいんです」

「構いませんよ。ルクス・エクリプスにはそれだけの価値がある」

「リズワン先輩はがめついですけど、契約は守る人です。ですよね?」

「一言余計です」


 皮肉っぽく口元を歪めたリズワンから、珠子は目をそらさない。


「ルーシッド・スヴェルヴという人物を調べていただきたいんです」

「差し支えなければ、どのようなご関係で?」

「わたしが働く店のオーナーです」

「調べるということは、なにか不審な点でも?」

「とある筋から指摘を受けまして、怪しいらしいんですよ。だから、なにか裏があるんじゃないかなって」

「らしいんですよ、って。あなたね……」


 呆れ顔で苛立ちを隠さないリズワンの視線はごもっともだ。自分のことなのに、珠子の話し方は世間話のような軽さで危機感がまるでない。


「引き受けてもらえます?」

「いいですよ。これは本業ではないので、とりあえず一週間お待ちください」

「オッケーです」

「どうせ、面倒ごとに巻き込まれたか、自分から怪しいことに首を突っ込んでいるんでしょう」


 小馬鹿にした物言いは当時のままだ。むしろ磨きがかかっているかもしれない。


「まあ、否定はしません」

「お代はこの酒で十分すぎるくらいですが、もし追加があれば信用払いで構いません」

「わお、優しい。相変わらず契約を守れない輩には制裁を下しているんですか?」

「誤解を招く言い方はやめてください。もっと穏やかな表現があるでしょう」

「愛の鞭をお見舞いしているんですか?」

「だから、誤解を招く言い方はやめろ」


 リズワンは盛大にため息をつきながら言った。


「とりあえず、今までのことを根掘り葉掘り聞くつもりはありません。手付金分の仕事はきっちりやります。もちろん、部下にも口外いたしません。これでよろしいですか?」

「話が早くて助かります」

「ただし、依頼が片付いたらきちんと説明してください」

「依頼が終わったらトンズラすると思いました?」

「まさか。あなたは存外筋の通った女性ですよ」

「卑怯は先輩の専売特許ですもんね」

「お黙りなさい」


 用意された契約書を、珠子は舐めるように読んだ。リズワンを敵に回したくない理由が紙の端々に滲み出ている。


「依頼は、ルーシッド・スヴェルヴ氏の身元調査でよろしいですか」

「はい。危険だったらすぐに手を引いてください。怪しいってことだけ分かれば十分なので」

「そのつもりですよ」


 正直なところ、珠子はルーシッドがどこの誰であろうがどうでもよかった。しかし、もし彼が闇組織の一員だとしたら、珠子はすでにその片棒を担がされていることになる。

 幸いなことにと言うべきか、今のところ臓器売買を勧められたことも、怪しい薬を飲まされたこともない。

 フォローするつもりはないが、SM女王様になったのは自分の意思だ。衣食住を提供してくれたルーシッドに感謝こそすれ、文句を言うつもりはなかった。

 ただ、デリクのお節介を笑い飛ばしたかっただけかもしれない。


「ま、関係ないか」

「なにがです?」

「なんでもないです。ところで、ここのお茶代って経費で落ちます?」

「ずいぶんと図太くなりましたね」

「先輩ほどではないですよ」

「お黙りなさい」


 今度のリズワンは顔をしかめなかった。代わりに浮かべた呆れ笑いは、学生時代のどこかの風景と重なった。






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