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女王ドミナ・レヴェルサの上客を名乗る者たち  作者: 世良かけり
第3章 張り子の虎のひと噛み
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第22話 今さら権兵衛を名乗れない

『ハーレム体験はどうだった』

「豪勢だったよ。食事も、部屋も」

『もてなしを受けたようでなによりだ』

「本気で言ってる?」


 電話越しに聞こえてきたラスロの声は、なんとなくだが機嫌がよさそうだ。それが珠子の無事を喜んでのものか、あるいは単なるいつもの調子だったのかは珠子には判別できない。でも、ラスロなりに心配してくれていたのだろう。


 リズワンから連絡を受けたラスロは、珠子からの「ハーレム危機」という、彼にしか理解できないであろう回りくどいメッセージを即座に察してくれたらしい。すぐさまアンリに連絡を取り、それがヴェスルにも伝わったというわけだ。

 もっとも、マカロック家を相手にできることはほとんどなく、防犯ブザーが作動するのを待つしかなかったそうだが。


『マカロック家の敷地内で魔法陣が展開できるとは、タマコはなかなかの迷子札を持たされているな』

「防犯ブザーだってば」


 ラスロの声は、すっかりいつもの冷静な語調に戻っていた。


「そういえば、リズワン先輩はなんか言ってた?」


 今さら知らなくてもいいことだが、珠子は興味本位で聞いてみることにした。ラスロとの雑談を終わらせるのは惜しいような気がして。


『まず、失踪していたタマコ・シモノソノを覚えているか、と聞かれたな』

「そうか。そこからか」

『当然、覚えていると答えた』

「役者だねぇ」


 かつて、珠子は失踪したことになっていた。

 ラスロは当時の事情を知るうちの一人だが、情報通であるはずのリズワンはまだその真相にたどり着いていないようだ。いまだに調べ続けているのかも分からないけれど。


『そのタマコ・シモノソノがマカロック家の者に追われている、と。珍しく焦った様子だったな』

「わたし、誰に追われてるかまでは言わなかったんだけどな」

『騒ぎがあれば、彼の耳には真っ先に入る。街には()()()()()()が何匹もいるだろうからな』


 珠子はすっかり忘れていたが、リズワンはただの敏腕経営者ではない。彼の会社は表向きこそ中規模企業だが、実態は限りなく組織に近かった。

 何人もの部下を抱えているはずなのに、側近のデリク以外は多くが素性不明のまま動いている。理由は単純で、立場を隠した方が好都合だからだ。


 ニーデラーナという国には、珠子が思うよりも多くの役者が潜んでいる。カフェの店員も、配達員も、あるいは国の役人までも。リズワンの息がかかっていても不思議ではなかった。


 こんな男を敵に回したら厄介に決まっているが、そんなリズワンの追跡をことごとくかわしてきたアンリのすごさも、また際立つというものだ。


「わたしも有名人の仲間入りかなぁ」


 冗談めかして言った珠子に、ラスロは珍しく「はは」と笑い声を漏らした。


『なにを言う。君はもう、それなりに名の知れた存在だと思うが』

「それって、どこの界隈で?」


 ラスロは少し間を置いたあと、『賞金稼ぎ界隈じゃないか?』と言った。

 珠子は笑うしかなかった。かつては「懸賞首よりも探すのが困難」と言われた自分だが、ついに同じ土俵に上がってしまったような気がして。なにも悪いことはしていないというのに。


「ちなみに、いくら?」

『自首はおすすめしないが』

「適切なアドバイスをありがとう」

『あのディロン・マカロックが、そう簡単に諦めるとは思えない。タマコ・シモノソノの名はもちろん、ドミナ・レヴェルサを名乗るのも控えることをすすめる。用心するに越したことはない』

「……しばらくは、名無しの権兵衛(ジェーン・ドウ)として生きるわ」


 直後、珠子の大きすぎるため息は音割れを引き起こした。




 ラスロがなにかを言う前に、珠子は少し前の出来事を思い出していた。

 この日、最初に電話をかけたのはラスロではない――。


『タマコさん⁉』


 ずらりと並んだ着信履歴を見すぎたせいで、もはや番号だけで相手の顔が思い浮かぶようになってしまった。

 ほとんどワンコールも鳴らないうちに電話に出たその人物は、深夜にも関わらず顔に唾を飛ばす勢いで声を張り上げている。


「あ、お疲れさまです。こんな時間まで残業ですか? ちゃんと寝ないとお肌に悪いですよ」

『あなたに振り回され続けている僕に、労りの言葉でもかけたらどうですか?』

「いやあ、ご迷惑おかけしてすみません。今さっき帰ってきたばかりで」


 本来であれば、真っ先に連絡すべき相手だった。でも、珠子の指は自然と別の番号を選んでいたのだ。このようなお小言を後回しにするために。


『……無事ならいいんですよ。さすがに、僕はマカロック家に表立って抗議はできませんから』

「いえ、ラスロくんに連絡してもらえて助かりました。お礼は、後日」

『あなたが、僕に、お礼?』


 見えもしないのに、リズワンの目がきらりと光った気がして、珠子は「余計なことを言わなければよかったな」とソファの上で姿勢を崩した。


「なんですかその反応は。わたしだってね、お礼くらいしますよ」

『タマコさんはご存知ないと思っておりましたよ。礼儀というものを』

「はは、お礼するのやめよっかな」

『ちょっと! 迷惑料はきちんといただきますよ!』


 相手はリズワン一人だというのに、電話の向こうはかしましい。珠子は「元気だな」と感心しながら茶をすすった。


 怒涛の一日がようやく終わろうとしていた。

 寝る前に聞くのは穏やかな声がいい。それをリズワンに言わなかった珠子は、空気の読める女だろう。




 ――そんな愚痴を胸の内で呟きながら、珠子は意識を現実へと戻した。


「――というわけで、明日はリズワン先輩が贔屓にしてるレストランで食事です」

『リズワン・ホーガンロチェスターは美食家だ。期待していいだろう』

「支払うのはわたしだけどね」

『彼がそれを許すものか』

「え、だってお礼だし」

『そんなの、君と会うための口実だろう』


 言い切るような調子で、ラスロは淡々と述べた。


「リズワン先輩が、そんなに回りくどいことをするかな」

『会ったときに聞いてみるといい』


 まるで確信でもあるような声音だった。珠子は少しだけからかいたくなって、普段とは違う調子で聞いてみることにした。


「ラスロくんも、そうやって女の人を食事に誘うの?」

『さあ。どうだろう』


 一拍置いて、少しだけ声色が変わる。


『――まあ、ボクであれば、君がより喜ぶプランを提案するがね』

「リズワン先輩より?」

『当然だ』


 ラスロの声には、どこか年季のようなものがにじんでいた。長命種である彼は、酸いも甘いも噛み分けてきたに違いない。女性の扱いにも、たぶん事欠かないのだろう。

 それにしても、ラスロはリズワンのことを珠子以上に子ども扱いしている気がする。本人が聞いたら、きっと怒るだろうけれど。

 それを思うと、ちょっとだけおかしかった。笑いを堪えながら、珠子は小さく息をつく。


「さて。じゃあ、そろそろ寝支度でもしようかな」

『今宵は、安らかに眠れるといいが』

「それはもう、爆睡確定」


 今日という一日を思えば、心も体もすでにぐったりだ。


『夢の中で追いかけられぬように。では、おやすみ』

「うん。おやすみ、ラスロくん」


 通話が切れたあと、珠子は魔力通信機をソファの隅に放り投げて、仰向けに寝転んだ。


(懸賞首扱い、か)


 まだまだ穏やかな日常には、ほど遠いのかもしれない。それでも、今日くらいは静かな夜であってほしい。珠子はそう願いながら目を閉じた。






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