第2話「似合うって誰が決めるの?」
「俺は智春。お前を魔法少女にしてやるよ」
智晴と名乗ったそのおじさんは、どう見ても怪しかった。魔法少女が描かれたピンクのシャツは薄汚れていて、半ズボンから出た足はすね毛がボーボーに生えている。足元はサンダルで、お洒落な魔法少女とは縁がなさそうだ。
私が返事をしないでいると、我慢できなくなったのか、智春さんは汚れたビニール袋からビール缶を取り出して、一気に飲み干した。
……これはダメだ。関わらない方がいい。
「もしもし、警察ですか?」
「通報すんな、通報すんな! ほら、お前、魔法少女になりたいんだろ? どうすれば魔法が使えるか、教えてやるよ」
通報しかけた手を止める。怪しさ全開だけど、魔法の使い方は知りたい。
「どうすればいいの?」
「好きな服を着ればいいらしいぞ」
智春さんはドヤ顔で胸を張った。
「……それだけ?」
思わず聞き返す。魔法少女にしてやると言うわりにはあまりにもあっさりしている。
智春さんは「ああ」とうなずき、ゲップをした。
「好きな服を着る。そんで空を飛べたら、魔法少女になれる」
「好きな服でも似合わなきゃ魔法は使えないじゃん」
今日のコーデは完璧だった。でも、魔法は使えなかった。門下生たちには「似合わねぇ」って笑われた。似合わないなら魔法は使えない。魔法が使えなきゃ空なんて飛べるはずがない。
「もっと絶対おしゃれになれるコーデとか、誰でも可愛くなれる服とか、そういうの教えてよ」
「そんなもん、ねえよ」
智春さんは笑いながら言った。
「お前、可愛いものが好きなんだろ? それをもっと信じてみろよ。魔法ってのは、そういうもんだ。それとも、お前の“好き”って、その程度か?」
「違う!」
即答した。そんなわけはない。
髪を伸ばしているのも、スカートを履くのも、全ては魔法少女になりたいからだ。可愛いものを好きという気持ちは誰にも負けない。
私の目を見つめて、智春さんは大きく頷いた。
「じゃあ、誰でも可愛くなれるような、独自性のねえもんに頼るな。自分をもっと研究して、自信持てるもんを着てみろ。……飛ぶぞ」
悔しいけど、何も言い返せなかった。
「あの、智春さん」
その時、何故怪しさだらけのおじさんにそれを聞こうと思ったのかは分からない。
でも、この人なら、茶化さずに答えてくれる気がした。
「男でも魔法少女になれますか?」
路地裏を風がすっと通った。周囲の声が止む。
「なれる」
智春さんの大きな声が私の心に届いた。
「世間じゃ“美少女じゃなきゃ魔法少女にはなれない”なんて言われてるが、それは嘘だ。自分の服に自信持って、“可愛い”って思えたら、ばばあでも、男でも、魔法少女になれんだよ」
――男でも、魔法少女になれる。
そんなふうに言われたのは、初めてだった。
「お前は、ヒーローなんかより魔法少女になりたいんだろ? だったらその気持ち、大事にしろ。世界にお前は一人しかいねぇ。似合うかどうかは、他人が決めるんじゃない。お前の心が決めるんだよ。……ほら」
智春さんはビニール袋に手を突っ込もうとして、持っていたビール缶を傾けてしまった。中身が飛びそうになって、私は慌てて一歩下がる。
「うぉっ、すまん」
「ちょっと、酔いすぎじゃない?」
スカートを確認する。ビールはかかっていなかった。ほっとする。
「酔ってねえよ」
そう言いながら、智春さんはふらついて、ビール缶を傾ける。
「危ないっ!」
智春さんが転びかけたので、慌てて支える。そのとき、ビニール袋の中に「魔法少女学校」の文字が透けて見えた。
(魔法少女学校?)
そんな学校、聞いたこともない。でも、もしかしてどこかにあるのだろうか? 気になったけれど、ビールが服にこぼれそうで、それどころではなかった。
「智春さん、しっかりしてよ」
「ああ、すまんすまん……」
智春さんは私から離れ、ふらつく足でゴミ袋の山に突っ込んでいった。恐る恐るゴミ山を覗くと智春さんはいびきをかいて寝てしまっていた。
「やっぱ、こっちじゃねえのか?」
門下生たちの声が聞こえた。魔法少女学校のことは気になるが、捕まるわけにはいかない。
「空を飛べば……魔法少女学校に……」
智春さんがぽつりと呟いた。
魔法少女学校が空にある、ということだろうか?
聞きたいことは山ほどある。けれど今は、ここを離れるしかなかった。