魔法使い
"魔法使いに心無し"
遥か昔から語り継がれていた言葉。
魔法使いはおよそ千年前に誕生した、特異的な力を行使する人物である。
だが、そんな存在の大半には『心が無い』と言われている。
その所以は──。
ある日の夜。
「……たす……け……っ……」
私は声を上げようと口を動かすが、苦しさのあまりそれが叶わない。
私の周りには、赤い炎が煌々と燃え盛っていた。
数分前までは人々の暮らす集落だったものが、今では大きな火だるまと化している。
数十人いたの村人も、私以外物言わね骸となっている。
その元凶となった"奴"が、私の目の前に立っている。
神父の様な黒い服装をした、血色の悪い男だ。
彼はとても不気味に微笑むと、私の下にゆっくりと近づく。
倒れている私の傍でかがみ込むと、優しい声で言う。
「……可哀想な少女です。他の無垢なる民は天寿を全うし、天の光によって浄化されたのに……貴方は生き延びてしまうとは……」
どこか憐れむような微笑みを、私に向けてきた。
私は終始、この男の言う言葉が理解出来なかった。
天の光?浄化?
一体何を言っているんだ?
この男にとってこの大量焼殺行為は、村人達の救済とでも言いたいのだろうか?
そんなことが……救いだと言うのだろうか?
「……かっ……くるしっ……い……」
自分の心臓が激しく鼓動し、息がとても苦しい。
私は幼い頃から心臓が人よりも弱く、このような空気の悪い空間や激しい運動をすると、すぐに鼓動が狂ってしまうのだ。
こうなってしまっては、最早体を動かす事すら叶わない。呼吸をするのがやっとだ。
「あぁ。可哀想に。そんなに苦しいのならば、今楽にして差し上げましょう」
男は慈愛に満ちた顔で、私に右手をかざす。
手のひらに赤色の炎が灯る。
体が言う事を聞いてくれない。
私は諦めて目を閉じる。
その直後、私は体に急激な浮遊感を覚える。
ふと目を開けると、地面から少し離れた空中に私は浮いていた。
いや、浮いているのでは無く、誰かに抱き抱えられている。
私はその正体を目の当たりにする。
私と同じ、白銀色の髪をした黒いローブを身につけた青年だった。
背はそこまで高くない、私と同じで150から160センチくらいだろう。
顔を見た瞬間、私は数秒だけ呼吸を忘れていた。
白銀の髪とは対象的に、黄金の瞳にとても整った顔つきをしている。
はっきり言って……凄くかっこいい。
「おやおや。あまり合間みえたくないお相手ですね」
神父服の男性が先程の場所から微笑む。
その男の目の前には、高温で燃えたであろう黒く焦げた地面があった。
先程まで私が倒れていた場所だ。
私は黒ローブの男性に視線を向けると、その黄金の瞳と目が合った。
するとその男性はニコリと柔らかく微笑んで。
「君、大丈夫?」
と、低いが柔らかみのある声で尋ねる。
私の心臓が大きく跳ねる。
発作なのか否か、私には判断できない。
ゆっくりと私は首を縦に動かす。
「立てる?」と尋ねられ、私は地面に足をつける。
するとその男性は、神父服に視線を移す。
「お前がこんな事をしたのか?」
「……ええ。その少女以外全員、天の光で浄化されましたよ」
「……どうしてそんな非道な真似を……?」
青年が尋ねると、神父服は微笑みながら首を傾げる。
「非道?何をおっしゃるのかと思えばそんな事ですか。私は導いてあげたのです、今よりも幸福な道へと」
「……どういう意味だ」
「この村は調べたところ、とても貧困に悩まされていた場所みたいですね?働ける若者も病気で大半が死に絶え、老人までもが働いている現実。そんなもの、誰も喜ぶはずがありません。だから私は導いたのです、苦しむ事無く全員で救われる道へと」
神父服は当たり前の様に言っている。
説明を聞いた上でも、私はこの男の言葉が理解出来なかった。
「……そうか。お前が噂に聞いていた《執行人》か」
「まぁ。巷ではそう呼ばれていますね……なら互いに自己紹介といきましょう。私はレジィと申します。貴方は?」
神父服のレジィが、黒ローブの青年に尋ねる。
青年は少し間を置いて答える。
「僕はディンゲル。ただの《魔法使い》だ」
「……やはりそうですか」
レジィは急に「ふふふ」と笑い出す。
「まだ貴方はそんな偽善者を気取っているのですね。あぁ、なんとも滑稽で、美しい」
「偽善?僕はそんなつもりなんて微塵も無い。全部僕の意思だ」
「……貴方がどう思おうが勝手ですが……所詮そんな虚勢、すぐに瓦解しますよ?」
と心の底からバカにしたような口調で、レジィは言う。
私はなんの事なのかさっぱり分からなかった。
「いやはや。久しぶりにここまで笑わせて貰いました。さて、このまま戦ったところで、私には勝ち目はありませんからね。ここらで帰らせてもらいます」
そう言ったレジィは、右手の指をパチンと鳴らす。
すると彼の周りに、赤い炎の柱が現れる。
「ではまた会う時は……是非ともお話したい」
そう言ってレジィは、炎の柱に飲まれる様に消えた。
周りが火の燃えるパチパチ音に包まれた時、ディンゲルさんが私に声をかける。
「……とりあえず、ここから離れよう。君以外に生存者は?」
「……多分、いないです」
私は咳き込みながら言った。
ディンゲルさんは「そっか」と少し悲しそうに呟く。
「分かった……ならこの火を消してから行こうか」
「はい……でも……この規模だと……」
目に見える限りでも、炎はかなり広範囲で燃え盛っている。
しかも周りが森である事も相まって、延焼してしまう可能性もある。
そう直ぐに消せるとは思えなかった。
「大丈夫だよ。僕に任せて」
ディンゲルさんが私に微笑みかけると、数歩前に出る。
彼は突然パァンと両手を勢いよく合わせる。
すると、ディンゲルさんの体がふわふわと宙に浮かび始める。
私は息を飲んでしまう。
木のてっぺんとほとんど同じ高さまで浮かんだディンゲルさんは、合わせていた両手を離してそれを火に向ける。
その手のひらから、サッカーボール程の大きさの水球が現れる。
私は何がなんだか分からなかったが、さっきディンゲルさんの言っていた《魔法使い》という言葉を思い出す。
「……凄い」
私がほとんど無意識に呟く中、ディンゲルさんの手に浮かぶ水球が、水色に輝き始めた。
輝く水球が破裂し、広い範囲で雨が絶え間無く降り注いだ。
あっという間に、燃え広がっていた炎が鎮火して行く。
地面に降りてきたディンゲルさんに、私は歩み寄る。
「す、凄いです!ディンゲルさん!」
思わず声を上げて褒めちぎってしまった。
目を丸くしてこちらを見るディンゲルさんに、私は少し不安になってしまう。
ちょっと無骨すぎただろうか?
しかしディンゲルさんはニッコリと笑ってくれた。
「ありがとう……君は《魔法使い》を怖がらないのかい?」
「え?」
「親か座学で習わなかった?"魔法使いに心無し"ってさ」
ディンゲルさんは不思議そうに尋ねる。
確かに私は、親にその言葉は教わっている。
"魔法使いに心無し"
人生における最低限のマナーと同じくらい当たり前の様に教わっている言葉だ。
でも私は、何故《魔法使い》がそんな風に呼ばれているのかが、いまいち分かっていなかった。
確かに特異的な力を持った人は、悪用する事も多いだろう。
だけど、そうじゃない人だって勿論いるはずなんだ。
「……ディンゲルさんは私を助けてくれました……ただそれだけです」
「……そっか。ありがとうね」
ディンゲルさんはまた笑う。
私も釣られて笑い、彼と一緒に安全な場所へと移動しようと……。
「…………うっ……」
移動しようと足を動かすが、途端に苦しくなって胸を抑える。
心臓の発作が再びおとずれてしまったのだ。
私は気分の悪さが加速し、反射的に口元を抑えて咳き込む。
抑えた手のひらを見ると、どす黒くて鉄臭い液体が染み出していた。
同時に目眩にも襲われ、私はバランス感覚を失って倒れる。
だが、倒れる最中にディンゲルさんが私を受け止める。
「大丈夫?どうしたの?」
あくまでも冷静に、ディンゲルさんは尋ねる。
私は辛うじて口を動かす。
「……小さい時から……心臓が……」
「分かった。無理はしないでね」
ディンゲルさんはそう言うと、私を再び抱き抱える。
その体がふわりと浮遊する。
「揺れが酷かったら言ってね」
優しく私に語りかけてくれる。
苦しさのあまり、呼吸がしずらくなってくる。
ディンゲルさんがそんな私に気づくと、私の額に指を添える。
「少し眠ってて」
ディンゲルさんがそう言った直後、私の脳内でキンッと短い音が鳴る。
同時に酷い睡魔に襲われ、目を閉じてしまう。
「絶対助けるからね」
意識が完全に消える前に、ディンゲルさんの声が聞こえた。
続く。
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