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17.

 相模湾を楽しみながらの入浴を終え、大浴場から部屋へ戻っていく。


 部屋に戻ると、烏頭目(うずめ)が液晶テレビにケーブルでスマホを接続していた。


 香澄がきょとんとした顔で尋ねる。


「なにをしてるんですか?」


 烏頭目(うずめ)が振り返ってスマホを掲げた。


「『おだてタイム』は終了なのです!

 これより~っ! 添削タイムの始まりなのです!」


 ――添削?!


 さっそく烏頭目(うずめ)が動画を再生し、顔のアップで一時停止した。


 湖八音(こやね)が画面を指さしながら告げる。


「顔の比率が甘いですね。

 『目の幅は横幅の五分の一』、それは『美術解剖学』的には正しいです。

 ですがキャラクターデザインとしてはパンチが弱くなります」


 青川がうなずいて告げる。


「よく言うでしょ?

 『目は口程に物を言う』のよ。

 キャラクターデザインで、目はとっても大事なの。

 ここでキャラクターの印象が決まると言っても過言じゃないわ」



 それからも細かいダメ出しが続いて行く。


 デザイナーの青川とモデラーの湖八音(こやね)により、香澄は滅多切りにされていった。


 香澄が涙目になったころ、烏頭目(うずめ)がスロー再生を開始する。


 湖八音(こやね)がまたしても告げる。


「肘のウェイトも、これだとゴム人形のようです。

 ここはモデラーの癖が出やすい部分ですが、基本的なテクニックがあります。

 カッチリと曲げて、肘を尖らせるウェイトの乗せ方があるんです」


 さらに動画が進んでいき、湖八音(こやね)がモニターを指さした。


「膝も同じです。

 『膝小僧』にも定番の作り方がいくつかあります。

 膝の裏やふくらはぎ、それぞれウェイトの乗せ方があるんです。

 これは……手塗りですね。いびつなウェイトになってます。

 帰ったら、効率的なウェイトの塗り方を教えてあげましょう」


 くるぶしや肩、首に至るまで、あちこちを指摘されて行く。


 すっかり意気消沈した香澄の肩に、烏頭目(うずめ)が手を置いた。


「ですが、添削がこの程度というのは『とんでもなくすごいこと』なのです!

 初心者が二週間でここまでできた、それだけでも立派なのです!

 そこは変わらず、胸を張って良いのですよ?」


 香澄が涙目で烏頭目(うずめ)を見上げて告げる。


「ほんとーですか~?」


 烏頭目(うずめ)が会心の笑顔で応える。


「嘘なんて言いませんです!

 普通、数か月はかかるレベルですよ?

 これから伸びれば、あっという間に一人前なのです!」


烏頭目(うずめ)さ~ん!」


 香澄は烏頭目(うずめ)のお腹に抱き着いて涙を流していた。





****


 『参考資料』として、烏頭目(うずめ)湖八音(こやね)たちが作ったモデルの動画も表示していく。


 そのミュージックビデオを見ながら、香澄があることに気が付いた。


「なんか、どのキャラも肩回りがすっきりしてますね」


 青川がニコリと微笑んで告げる。


「良いところに目を付けたわね。

 腕は一番大きく動く部位なの。

 だからデザインする時、腕の動きを邪魔しないような服にするのよ」


 湖八音(こやね)がため息をついて告げる。


「もっとも、依頼されるデザインの場合、クライアントがそれを理解してないことも多いです。

 なんとか肩回りの干渉を回避しながらモデリングやリギングを行います。

 ――最悪、『割り切り』ということもありますが」


 香澄が小首をかしげて尋ねる。


「割り切っちゃうんですか?」


「アバターモデルであれば、気にされることは少ないです。

 リアルタイム性が求められるモデルの場合、細かいこともできません。

 映像作品なら、『手つけ』で逃げることもあります」


 香澄がさらに小首をかしげた。


「なんですか、その『手つけ』って」


「干渉する部位を、可動式にしておくんです。

 手が突き抜けたら、その部分は衣装を動かして干渉しないようにします。

 『IK』で済ませられれば、リギングで回避策も取れますけどね」


 またしても謎の言葉に、香澄が頭を抱えた。


 烏頭目(うずめ)がクスリと笑って告げる。


「IK――『インバース・キネマティクス』の略ですね!

 通常はFK――『フォワード・キネマティクス』で動きを決めますです!

 腕を動かし、肘を動かし、手首を動かし、指を動かす――これがFKの考え方です!

 IKはその逆、指先の位置から、逆順で肩までの姿勢を計算しますです!

 使える環境は多くありませんが、使えれば便利なのです!」


 香澄の抱えた頭が、プスプスと白煙を上げ始めた。


 青川がフッと笑って告げる。


「リギングの難しい話は、あまり向いてないのかもね。

 別に知らなくても、リガーが居るから大丈夫よ」


 香澄がバッと顔を上げて応える。


「いえ! 湖八音(こやね)さんが知ってるということは、モデラーにも必要なんじゃないんですか?!」


 湖八音(こやね)が真顔で応える。


「基礎知識として、覚えておいた方が良いことです。

 ですが知らなくても、リガーが何とかしてくれます。

 不向きなことは、向いてる人間に任せる――そのための分業です。

 苦手なことに労力を割くより、得意なことに力を注いでください」


 ――得意なことに、力を注ぐ。


 香澄は湖八音(こやね)の顔を見て、しっかりとうなずいた。





****


 ドアがノックされ、温泉浴衣姿の晴臣が姿を見せた。


「そろそろお座敷へ移動しよう。夕食だよ」


 烏頭目(うずめ)が晴臣に尋ねる。


「何時からですか?」


「午後六時からだよ。

 午後九時までの貸し切りだから、気をつけてね」


 晴臣が去ってドアが閉まると、花連が楽しげに告げる。


「どう~? 香澄~! 浴衣姿の晴臣は!」


 香澄があわてて応える。


「なんで私に聞くの?!」


 花連がニンマリと微笑んで告げる。


「え~? だって、ちょっとぼんやりして見てなかった?」


「見てないよ! 変なこと言わないで?!」


 烏頭目(うずめ)がふぅ、と小さく息をついた。


「まぁ晴臣さん、かっこいいですからねぇ。

 湯上りの色気とか、たまりませんよねぇ」


 青川がフッと笑って告げる。


「見た目だと年下なのよね。

 私、年下趣味がないからよくわからないけど」


 湖八音(こやね)が真顔で告げる。


「香澄さんが興味ないのであれば、私が狙っても――」


「わー、それはダメ!」


 思わず湖八音(こやね)にすがりついた香澄を、花連たちがニマニマと見つめていた。


 うっかり行動に出てしまった香澄は、恥ずかしさで湖八音(こやね)の体に顔を押し付けていた。





****


 大座敷では、男女が入り乱れて好きに座っていた。


 何故か香澄は晴臣の隣に座らされ、周囲からの視線に耐えていた。


 ――嬉しいけど、なんで?!


 うつむきながら、新鮮な刺身や焼き魚を口に運ぶ。


 座敷にあるカラオケ用モニターに、烏頭目(うずめ)がまたしてもスマホを接続した。


「さー、男性の諸君! みんなも添削タイム、始めますのです!」


 ――もう、煮るなり焼くなり好きにして。


 黄原や拓郎からも、細かく添削の指摘が飛んでいく。


 草薙や晴臣、力也は「よくできてるなぁ」と感心しきりだった。


 動画が終わると、黄原が香澄に告げる。


「初心者であること、勉強して二週間であること。

 この二つを考慮して、八十七点ってところかな」


 スタジオウズメのスタッフたちがどよめきの声を上げた。


「――えっ? そんなに高いんですか?

 あんなにダメ出ししてたのに」


 黄原がニヤリと微笑んで告げる。


「立派に動いて、大きな破綻がない。

 それだけでも充分すぎてお釣りがくる。

 君が入社してくれるなら、今後は生産ラインを一本増やせるね」


 烏頭目(うずめ)が驚いたように声を上げる。


「黄原は採点が厳しいんですよ?!

 それが九十点近い高得点なのです!

 これは私もびっくりなのです!

 一言でいえば、驚天動地なのです!」


 どうやら、辛口採点で高得点を得たらしい。


 そのことを理解した香澄の視界がにじんでいく。


「信じていいんですかぁ~?」


 黄原が「本当だよ」と告げると、香澄は声を上げて泣き出した。


 晴臣は優しく香澄の肩を叩き、「よかったね」と告げた。



 その後は酒が入り、宴会の様相を呈していった。


 香澄も初めての熱燗を飲み、すっかりほろ酔い気分を楽しんでいた。


 草薙が時計を見て告げる。


「そろそろ時間だ。部屋に引き上げよう」


 うなずいた『マヨヒガ』の一行は、立ち上がって大座敷をあとにした。


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