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16.

「水無瀬さん、そろそろ着くよ」


 肩をゆすられ、香澄が目を覚ました。


 窓の外を見ると、古風な温泉街が目に飛び込んでくる。


 新しいビルと古い建物が混在した観光地だ。


 高台にある線路から見下ろす相模湾は、遠くて広い。


 独特の潮の香りが強く鼻を刺激する。


「熱海、来ちゃったんですねぇ」


 周囲がクスリと笑みを漏らし、荷物を手に取り始めた。


 電車はゆっくりと減速し、熱海駅へと到着した。



 草薙を先頭に十一人が熱海駅に降り立つ。


「ここから少し歩く。ついておいで」


 周囲の景色を楽しみながら、宿へに向かって歩いて行った。





****


 駅から二十分ほど歩いた古いホテル。


 そこに草薙は入っていった。


 残る十人も後に続き、ホテルに入っていく。


 外観に比べると小綺麗なエントランスを抜け、チェックインを済ませた草薙が告げる。


「男女で部屋が分かれている。

 まずは荷物を置こう」


 うなずいた一行は、エレベーターに乗って上階へと向かった。



 八階で降りた草薙から、烏頭目(うずめ)が鍵を受け取った。


 草薙たち男性陣と分かれて香澄たちも部屋に入る。


 中は十畳くらいありそうな座敷だった。


 それぞれが床の間付近に荷物を置いて行く。


 香澄は窓辺に行き、潮騒に耳を傾けた。


 氷雨が楽しそうに香澄に告げる。


「ここからじゃ海の音は聞こえないわよー?」


「いいんです、気分なんで」


 青川が全員分の緑茶を入れて告げる。


「一息つきましょう。

 折角の旅行でせかせかと行動したくないわ」


 うなずいた女性陣が、座卓に集まってお茶を口に含む。


 香澄がおずおずと告げる。


「そういえば、みなさんも『あやかし』なんでしたっけ?」


 氷雨がクスリと笑みをこぼす。


「そうよー?

 前も言ったけど、私が『雪女』混じりねー」


 烏頭目(うずめ)がフフンと胸を張った。


「私と湖八音(こやね)は『神混じり』なので、『あやかし』とは少し格が違うのです!」


 香澄がきょとんとした顔で小首をかしげた。


「神様なんですか?」


 湖八音(こやね)が真顔でうなずいた。


「私たちは古い神の系譜。

 祖先に神の分霊がいたと伝えられています。

 『アメノウズメ』とか、『アメノコヤネ』を聞いたことはありますか」


 香澄は素直に首を横に振った。


 烏頭目(うずめ)ががっくりと肩を落としながら告げる。


「天孫降臨で『ニニギノミコト』と一緒に地上に降りてきた神様なのです。

 一応、有名なんですけどねぇ?」


 言われてみれば、小学生辺りで習ったような覚えがあった。


 だが細かい神の名前までは覚えがない。


「その『分霊』ってなんですか?」


 青川がふぅ、と小さく息をついて応える。


「神様には『分け御霊(みたま)』というものがあるのよ。

 本体から分かれた分身、みたいなものね。

 私や黄原は、竜神の分霊――その子孫よ」


 花連が元気に告げる。


「そして私は『猫又』! 分霊じゃないよ!」


 香澄が戸惑いながら尋ねる。


「分身みたいなものって、どういうことなんです?」


 湖八音(こやね)がお茶を飲み干して応える。


「各地の神社には、本社と同じ神様を祀る分社が多く存在します。

 それぞれ本社と同じ神を祀りますが、祀っているのは分霊です。

 簡単に言えば、『自我のある分身』が分霊です」


「つまり、マスターの分身が自我を持ったら分霊になる……ってことですか?」


 湖八音(こやね)が黙ってうなずいた。


 烏頭目(うずめ)がお茶を飲み干して立ち上がる。


「あまりのんびりしすぎると怒られちゃうのです!

 そろそろお昼御飯ですし、行きましょうなのです!」


 香澄たちもうなずき、立ち上がって部屋を出た。





****


 廊下で待っていた男性陣に烏頭目(うずめ)が告げる。


「お待たせなのです!」


 草薙がにこやかに応える。


「構わんよ。慰安旅行も兼ねている。

 昼は逃げんから、のんびり行こうじゃないか」


 歩きだした草薙に続いて、十人が歩いて行く。


 香澄が晴臣に尋ねる。


「どこに行くんですか?」


「一階にある展望レストランだよ。

 ここは高い所にあるから、海が良く見えるそうだよ」


 『海』と聞いて、香澄のテンションが上がった。


 花連も楽しげに鼻歌を歌っている。


 全員でエレベーターに乗りこみ、一階のレストランへ向かった。





****


 ビュッフェタイムのレストランで席に着くと、それぞれが料理を取りに立ち上がる。


 香澄は取り皿に山盛りのローストビーフやサラダ、シーフードを持って席に戻った。


 パンを頬張りながら料理を口に運ぶ香澄を、晴臣が温かく見守っていた。


「美味しいかい?」


「ええ、とっても!

 やっぱり海の幸が新鮮ですねー」


 氷雨も刺身を口にしながら告げる。


「そりゃあ獲れたてだものー。

 漁港が近いんだから、市場も近いわよー」


 花連は静かにお茶だけを飲んでいた。


 香澄が花連に尋ねる。


「花連ちゃん、食べないの?」


「前も言ったでしょ。

 純粋な『あやかし』は食べる物がちょっと違うの。

 お茶を飲む真似くらいはできるけどね」


 良く見れば、晴臣も何も食べていない。


 眉をひそめた香澄が、寂しそうに告げる。


「同じ味を楽しめないって、もったいないですね」


 晴臣がクスリと笑った。


「そんなことはないさ。

 みんなが美味しそうに食べてる姿を楽しんでるよ。

 君たちが美味しいと思う心が、僕らの食事なんだ」


「そんなものですか……」


 やはり、人間と『あやかし』は大きく違うらしい。


 残念に思いながらも、香澄は海の幸を楽しんでいった。



 昼食が終わるとロビーに集まり、草薙が告げる。


「夕食は大座敷で和食を取ることになっている。

 それまではのんびり、温泉でも楽しもう」


 うなずいた全員がエレベーターに乗り、宿泊する部屋に戻っていった。





****


 部屋で温泉浴衣に着替え、羽織を着る。


 入浴セットを手に持ち、女子だけでエレベーターに向かう。


 指示板の通りに別館に辿り着くと、大浴場に行きついた。


 香澄たちは女湯側に移動し、脱衣所に向かった。


 棚の上の藤かごに荷物を置き、服を脱いでいく。


 すでに脱衣所の中にまで、温泉の匂いが届いていた。


 花連が「いっちばーん!」と声を上げながら浴場に入っていく。


 香澄はタオルを手に、花連を追いかけるように浴場に入った。



 檜の浴槽から窓の外を眺められる浴場は解放感に満ちていた。


 他の客は少なく、『マヨヒガ』の女子たちは固まって外を眺める。


「すごいですねぇ……きちゃったんですねぇ、熱海」


 烏頭目(うずめ)が楽しげに声を上げる。


「熱海と言えば温泉!

 温泉と言えば熱燗!

 夕食が楽しみなのです!」


 花連は湯船につかりながら、にょっきりと二本のしっぽが突き出ている。


 その様子に、周囲は気が付いている様子もない。


「本当に誰も花連ちゃんを気にしないんですね」


 青川がくつろぎながら応える。


「『誰かが居る』とは思うらしいの。

 でも『誰が居るのか』が気にならないらしいわ。

 記憶にも残らないし、映像にも残らないんですって。

 不思議な存在よね、『あやかし』って」


 香澄がふと氷雨を見ると、顔を真っ赤にして頑張ってるようだった。


「――あ、『雪女』なんでしたっけ?」


「そうなのー。熱いのは苦手なのよねー」


 湖八音(こやね)が真顔で告げる。


「あちらに水風呂があります。

 無理せず、移動した方がいいかと」


「そうするわー」


 氷雨は湯船から上がり、水風呂の方に移動していた。


 香澄がぽつりと告げる。


「やっぱり、『あやかし』混じりも大変なんですね」


 烏頭目(うずめ)が元気いっぱいに応える。


「それでも『マヨヒガ』がサポートしてくれるおかげで、かなり暮らしやすいのです!

 孤立している『あやかし』混じりは、もっと大変だと思うのです!」


 香澄が湯船を見つめてつぶやく。


「そんな場所に、人間の私が居ていいんでしょうか」


 青川が香澄の肩を抱いて告げる。


「良いに決まってるでしょ?

 あなたが『居たい』と思ったら、いつまででも居ていいの。

 それが『マヨヒガ』よ」


 香澄は黙ってうなずき、お湯で顔を洗った。


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