14.
それから二週間近く、香澄は参考書と格闘しながらキャラクターモデリングを勉強していった。
またゼロからモデルをこね始め、全身を作り、服を追加していく。
リギングもさわりだけ覚え、なんとか簡素なボーン構造でキャラクターを動かせるところまでできた。
烏頭目が感心しながら画面を見つめている。
「ほんの二週間でここまでできるのは、本当にすごいのです!」
香澄が照れながら応える。
「いえ、そんな……烏頭目さんが丁寧に教えてくれるおかげです」
烏頭目が胸ポケットからUSBメモリを取り出し、ニヤリと微笑んだ。
「このモデルに『命』が吹き込まれるところ、見て見たくありませんですか?」
香澄は胸がときめくのを感じながら、おずおずとうなずいた。
烏頭目がUSBメモリをセットし、モデリングアプリに拡張機能を追加した。
拡張機能でモデルデータを形式変換していく。
USBメモリからアプリケーションを開き、それにモデルデータを読み込ませた。
さらに別のデータをUSBメモリから読み込ませると、モデルの姿勢が変わった。
香澄がきょとんとした顔で尋ねる。
「今のは、何のデータなんですか?」
「弊社で作成した、ダンスモーションのデータです!
このアプリはリアルタイムレンダリングなので、すぐに結果が見れますのです!
――心の準備は、いいですか?」
よくわからないが、すぐに結果が見られる。
香澄は弾む胸を押さえながら、静かにうなずいた。
烏頭目が再生ボタンを押すと、香澄が作ったモデルが踊り始めた。
モニタ全体に画面を広げると、モニターの中をモデルが駆け回る。
――こんな世界、あったんだ?!
まだ稚拙で、リギングも最小限。
ポリゴンのスカートを足が貫通し、不自然さはぬぐえない。
それでも『香澄がデザインし、作り上げたCGモデルが目の前で踊っている』という事実。
まるで自分の分身か子供が、モニターの中にいるかのようだ。
あまりの感動に、香澄は言葉を失っていた。
ダンスモーションが最後まで行くと、キャラクターが最初の姿勢をとった。
烏頭目がにこやかに告げる。
「せっかくなので、音楽もつけるのです!」
USBメモリから音声ファイルを読み込ませ、再び再生ボタンを押す。
今度は軽快なリズムと女性の歌声と共に、香澄の作ったキャラクターが活き活きと踊り始めた。
「本当に、生きて歌ってるみたい……」
「これがっ! キャラクターモデリングのだいご味なのです!」
涙ぐんでモニターを見つめる香澄を、烏頭目は嬉しそうに見守っていた。
****
烏頭目がアプリケーションを操作しながら告げる。
「せっかくなので、レンダリングもしておくのです!
動画ファイルにしてしまえば、いつでも見られるのです!」
あっという間にレンダリングが終わり、動画ファイルが作成された。
そのファイルサイズを見て、香澄は目を見開いて驚いた。
「たった三分で、三十ギガバイト以上になるんですか?!」
「今回は未圧縮でしたからねぇ……。
普通は可逆圧縮形式でもう少し小さくなりますです!
だいたい十ギガ以下になりますです!」
また烏頭目がUSBメモリからアプリを開き、それに動画ファイルを読み込ませる。
「とりあえず一般的な動画形式に変換しておきますですよ。
これでスマホに入れることもできますです」
烏頭目が変換処理を開始すると、ノートPCのファンがうなりを上げた。
熱風がノートPCから噴き出していく。
「……これ、壊れませんよね?」
「簡単には壊れませんですよ?」
一分待ち、五分待っても変換が終わらない。
「いつ変換が終わるんですか?」
「あと十分くらいですかね?
レンダリングや変換処理というのは時間がかかるものなのです。
このアプリは、爆速と言っていいくらいレンダリングが速いのです。
他のアプリだと、場合によっては三分に一晩かかるとかもあり得ますですよ?」
「一晩って……そんなに?」
烏頭目がニヤリと笑って告げる。
「業界標準解像度の動画なら、数日かかることもありますです!
まぁ普通は専用のレンダリングサーバーを用意するので、そこまで時間はかかりませんですが。
このノートPC程度の性能だと、それぐらいかかるです!」
「え?! このノートPC、ハイエンドですよね?!」
「CG製作はいくら性能があっても足りないのです!
数百万から数千万クラスのシステムを組んで、普通はレンダリングをしますです!
水無瀬さんや花連が見ているような毎週のアニメは、そうやって作られてるですよ?」
香澄はスローモーションで動いて行く自分のキャラモデルを見ながら呆然としていた。
何気なく見ていた映像の裏側に、そんな事情があるなど知らなかった。
「……映画はどれくらいかかるんですか?」
「ん~ピンキリですが、ハリウッド映画なら三か月以上、とかは聞きますですね」
頭がくらくらする長さだ。
数か月の間、ただ映像を表示し続けるだけ。
「その間、映像制作ってどうなるんですか?」
「できることは先に進めますですが、レンダリングが終わるまではその先ができませんですね。
なので細かくシーンで分けて処理してるんじゃないですか?」
映画の製作期間が長いのは、そのせいなのだろうか。
香澄はまだ見ぬ映像制作の世界に想いを馳せながら、じっとモニターを見つめて待った。
****
烏頭目が香澄のスマホに変換した動画ファイルをコピーしてくれた。
「これで旅行中でも自分のモデルを見れるのです!」
「旅行……あっ?!」
烏頭目がニヤリと笑った。
「さては、明日からの旅行を忘れてましたですね?
寝不足なのもよくありませんですよ?
今日はしっかり寝て、明日に備えるです!」
「はい……」
烏頭目が元気に手を振り、部屋から出ていった。
香澄はノートPCを閉じ、時間を確認する――午後九時前。
食事は済ませたが、入浴がまだだ。
「花連ちゃん、お風呂入ろうか」
「はーい!」
花連と一緒にバスルームに入り、香澄はひと時の安らぎを楽しんだ。
バスルームから出て髪を乾かすと、明日の準備を始めていった。
一泊二日、小さな旅行鞄で間に合うだろう。
――旅行中にモデリングの勉強できるかな。
一瞬、ノートPCに目をやってから頭を振った。
――あんな高いもの、持っていって壊したら怒られちゃう!
小さく息をついた香澄は荷物を玄関に置くと、花連と一緒にベッドに入った。
ベッドの中で香澄が尋ねる。
「花連ちゃん、いつまで一緒に居てくれるの?」
「んー、香澄が再就職するまでかな?
そろそろ、この部屋で暮らすのも慣れてきたでしょ?」
香澄が花連を抱きしめながら告げる。
「えー、寂しいよー。
もう少し長く居られない?」
花連が明るい声で笑った。
「香澄は甘えん坊だなぁ。
メッセージをくれたら、いつでも来てあげるって。
大丈夫、烏頭目より早く来てあげるから」
「ほんとに~?」
「ん~、ちょっと自信がないかな?」
明るい声で笑いあった二人は、静かに目を閉じ、寝息を立てた。